第3話 学校でもハプニング

 何とか間に合った!

 教室に着いて、息をつく。他のみんなは思い思いに話していてにぎやかだ。

 カバンを置いて、ふう……息を整えていると一人のクラスメイトがこっちにやって来た。


「結愛。はよ!」

「広樹。おはよう」


 やって来たのは、高柳たかやなぎ広樹ひろき

 クラスメイトで、幼馴染おさななじみ。家もすぐ隣で小さい頃からのお付き合い。

 だからよく私のことも気にかけてくれるんだよね。

 背が高くて野球のエースとして活躍してる広樹は学校でもなかなかの人気者だ。

 幼馴染じゃなきゃこうやって気軽に話せなかったかも……。

 そんな広樹は、キョロキョロと周りを気にしてから、私にこっそり囁いてきた。


「あの、さ……結愛。朝、家にいたの、誰?」

「ひぇ」


 み、見られてた⁉︎ レムのこと⁉︎


「結愛に兄貴なんていなかったろ?」

「う、うん」

「またおばさんもおじさんもいないんだろ? ……大丈夫なのか?」


 心配そうな顔。同い年なのに、広樹は時々お兄ちゃんみたい。私がもっとしっかりしていればいいんだろうけど……。

 何て説明すればいいかな……。少し迷いながら口を開く。


「……ねえ。広樹は夢喰いバクって知ってる?」

「ゆめくい……? 何だ? ゲームか何か?」

「ううん、何でもない」


 やっぱり一般的には知らないことなんだ。そのまま説明するのはちょっとやめた方が良さそう。

 そう判断して、首を振った。


「ごめんね。大丈夫。心配ないよ」

「でも……」

「何か困ったら、ちゃんと広樹のこと頼るから」

「……絶対だぞ?」


 溜息ためいきをついた広樹が、私の髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。


「わぁぁ! ちょっと! せっかく結んでたのに!」

「はは! わり!」

「悪いと思ってないよね⁉︎」


 逃げていく広樹に声を荒げる。でも全然効果なし!

 頼りになると思ったら、急に子供っぽいことするんだから!

 でも、広樹のそういう元気なところに助けられてもいるんだよね……。

 そんなことをしみじみ考えていたら。


「なぁに、あれ」

「ナマイキじゃない?」


 そんな不穏な声が後ろから聞こえてきた。

 振り返ったけど、誰とも目は合わない。むしろあからさまに目をらした女の子たちが三人。

 二年生になってから初めて同じクラスになった子たち。

 今もこっちを見ないまま三人でヒソヒソしてる。

 何だろう。イヤな予感……。



***



 イヤな予感って、なぜか当たるんだ。

 放課後、私は朝の三人組に校舎のかげに連れてこられた。


「一ノ瀬さんって、広樹くんと仲良いよね」

「どういう関係なの?」

「広樹くんは誰にでも優しいんだから勘違いしないでよね」


 三人は口々にそんなことを言う。

 私は怖さより驚きの方が大きくてポカンと口を開けてしまった。

 マンガとかでなら見たことあるけど、こんな呼び出しって本当にあるんだ……。


「あの……広樹は幼馴染で……」

「広樹⁉︎ 呼び捨て⁉︎」

「信じられない!」


 え、ええっ……。

 聞かれたから説明しようとしてるのに、全然聞いてくれない。


 私が広樹と幼馴染ということは別に隠してたわけじゃない。

 でも私が地味すぎて、今まで同じクラスじゃなかったこの子たちは私のことなんて眼中になかったんだと思う。


 広樹が誰にでも優しいのは、私だってよくわかってる。

 それでも確かに今日は距離が近かったかもしれないけど、それは多分、レムと私のことを心配したからで……。


「何とか言いなさいよ!」


 黙り込んだ私に女の子が苛立った。

 き、聞いてくれないのは向こうなのにっ……。

 肩をドンと押される。


「きゃっ……!」


 身体が後ろにかたむく。

 雨でぬかるんだ地面に倒れちゃう……!


 ――だけど。


 感じたのは、地面にぶつかった痛みでも、濡れた冷たさでもなかった。

 背中からすっぽり包まれたような温かさ。

 ぎゅ、と抱きしめられる感触。


「結愛」


 この声は……。


「レム⁉︎」


 そう。私を後ろから抱きしめて支えてくれたのはレムだったんだ。


「な、何でここに⁉︎」

「遅いから迎えに来ちゃった」

「よくここがわかったね……?」

「夢で一度繋がったからね。だいたいわかるよ」


 レムの顔は見えないけど、声はふんわり優しい。微笑んでる気がする。

 夢喰いって、そんなことまでわかっちゃうんだ。すごい。


「……で」


 急に声の温度が低くなった。

 レムがさらに強く抱きしめてくる。


「結愛に何か用?」


 冷たくて固い声。

 女の子たちがたじろいだ。三人とも顔が青ざめて唇が震えてる。

 何か言いかけて、でも何も言えなかったみたいで、三人はくるりときびすを返した。


「な、何よ……一ノ瀬さんの浮気者ー!」

「ええっ……⁉︎」


 浮気も何も、彼氏だっていたことないのに……。


「……変なの。結愛、大丈夫だった?」

「うん。ありがとう、レム」


 支えてくれたのも、心配してくれたのも。

 腕を緩めさせて顔を見上げれば、レムは照れくさそうにはにかんだ。

 ふふ。やっぱりちょっと、かわいいって気がしちゃうな。


「あ、でも、家の鍵が開けっぱなしってことだよね……」


 レムに鍵は渡してなかったし。どうしよう。泥棒が入ってきたら大変なことになっちゃう。

 慌てた私に、レムはケロリと答えた。


「ああ、それなら大丈夫」

「……?」

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