第6話 野宿

「まぁまぁ、いいじゃないか。道中なにかと金もかかるんだぜ」

 金になる仕事を、紹介してやるというイアン。

 道中、立ち寄る町で、ちょっとした仕事をとって来るという。

 そういうのは得意なのだと。

「村の特産だった、絹糸を持ってきた。どこかで売れば金になるよ」

 町を知らないニロとネアは、何をするにも金がかかる事を知らない。

「それだって、価値を知っているのか? 幾らで売るつもりなんだよ」

「高く売れるって言ってた」

「うん。隊商キャラバンの商人がね、言ってたの」

 ネアも、具体的な金額は考えず、なんとなくで売ろうとしていた。

「それじゃあ、安く買い叩かれるだろう。交渉も出来ないじゃないか」

 呆れたイアンが、世の仕組み、商人と金を話して聞かせていた。


 村を飛び出したニロとネアに、何かを感じたイアンが道中を共にしていた。

 魔王討伐なんて事をする気はないが、何故か気になる。もう少し見ていたい。

 ニロは戦える。依頼をとってくれば金になるはずだ。

 結局、そんな理由で無理矢理、自分を納得させて、同行したイアンだった。


 次の町は、ボールダー。

 田舎では大きな町で、歓楽街として知られている。

 中央都市から離れているので、政府の取り締まりもゆるい。

 金さえあれば、他の町では出来ない楽しみも……そんな田舎の歓楽街だった。

 そんな町を目指し、荒野の街道を西へ進む。


「今夜はこの辺で休もうか」

「うん。わかった」

 ニロが街道から荒野へ向かう。

 素直に従うネア。

「はぁ? おいおい。こんな荒野に泊まれる場所なんてないぞ」

 どうする気なのか理解できない、イアン一人が周囲を見まわす。

「野宿は初めてかい? もしかして、ベッドがないと寝れない人だった?」

「見た目は盗賊なのにね。イアンって繊細なの?」

 どこでも寝られる二人は、イアンを振り返り、首を傾げる。


「いや、野宿でも平気だけどよ。ここらは危ねぇんだよ。悪霊が出るんだ」

 夜になると危険な悪霊が出ると、この辺りでは噂になっていた。

 旅人が襲われる事もあるらしい。

「悪霊って食べられるのかな」

「無理じゃない?」

 二人は暢気に燃えそうな物を集めている。

 荒野でも、いくらかは低木があり、枯れ枝が落ちていたりもした。

「人を襲って、頭から喰っちまうらしいぞ」

「怖いの? 大丈夫だよイアン」

「そうよ。魔王を倒しに行くんだから、悪霊くらいなんでもないでしょ」

 呆れたイアンも、諦めて枝を拾い集める。


「おっ、いいもん見つけた」

 ニロが大きく茶色い、カサカサした塊を、抱き抱えて来た。

「なんだよそれ」

 頭がすっぽり入っても、余裕がありそうな、大きな塊だった。

 大きいが軽そうで、下に降ろすと、風に揺らいでいた。

 イアンの問いに、不思議そうな顔で答えるニロ。

「カマキリの卵だよ」

「そんなもん拾って、どうする気だよ」

「今夜の夕食にしようかと」

「はぁ? 喰えるのか、それ」

 イアンとニロの間に、かなりな認識の、齟齬があるようだ。


「わぁ、おっきい。今、お鍋出すね」

 卵を見たネアが嬉しそうに、ずた袋のような巾着のバッグをあさる。

 卵がぎりぎり乗るくらいの、小さな鍋を取り出した。

「外の人は食べないのかな。おいしいよ」

 水を張った鍋へ、ニロが卵を乗せる。

 そのまま火にかけて煮ると、水を吸った卵が崩れて行く。

 実際には幾つもの細長い卵が、中に入っている卵嚢だ。


注1) ずた袋

 托鉢僧の持つ頭陀袋ずだぶくろからきている、との噂もある麻などのバッグです。

 巾着や、アーミーバッグともいわれます。

 見た目、頭陀袋との類似点は、ほぼ見られません。

 語感が似ているだけで、関係ないと思います。

 ずとずですし。

 ずたずたでぼろぼろな袋、という説の方が、しっくりきますがどうでしょうか。

 肩にかけて背負い、有事の際には投げ捨てたりと、雑に扱えます。

 大事なもの、割れ物を入れるには適しませんが、丈夫な物が多いようです。

 ネアは、細長い麻の袋の口に、紐を通したバッグを持ってきました。


注2) カマキリの卵嚢らんのう

 見つけても、家に持ち帰るのは、お勧めいたしません。

 忘れた頃に、わらわらと蟷螂が生まれます。

 ものすごい数の子カマキリが、わらわらと湧いてきます。

 綺麗すっかり忘れて、タンスの裏に落ちていた卵。

 そこから湧き出す、子カマキリの群れを、忘れられません。

 子供って怖いですね。

 ちょっとしたトラウマです。

 なんで子供って、虫を無造作にポケットに、入れたりするのでしょうか。


 削った岩塩を少し加えただけの、卵スープと村から持ってきた干し肉。

 そんな晩御飯を、恐る恐る口にするイアン。

「イアンは育ちがいいのかな」

「どこかの、おぼっちゃまなのかもね」

 外の世界を知らない二人は、少しだけ普通の認識が、常識がずれていた。

「本当に喰えるのか? 自分は底辺だと思ってたけどなぁ」

 イアンにとっては、異文化どころか異世界な食文化だった。


注) 大蟷螂(カマキリ)

 節足動物門昆虫綱有翅昆虫亜綱カマキリ目カマキリ科オオカマキリ。

 獲物を狙う、祈るような姿の所為か、世界中の神話、伝承に残っている。

 世界中の伝説に残る虫は、珍しいのではないだろうか。

 三角形の頭に細長い身体、鎌状の前肢という特徴的な見た目である。

 近似種としてはゴキブリ目がある。

 ゴキブリから進化したと考えられていて、ゴキブリの仲間である。

 特徴として有名なのは、雄を食べてしまう交尾だろう。

 メスは交尾後ではなく、交尾中に頭からオスを食べる。

 そして、食べられても交尾はやめない。

 上半身を食べられても、約4時間、交尾は続く。

 運よく逃げ出せるオスもいるが、それでも卵は問題なく産む。

 産卵に、オスを食べる必要はないのだ。

 何故オスを食べるのかは、諸説あるが、メスカマキリに聞くしかない。

 基本、カマキリは動く物なら、ほぼ捕食する。

 トカゲやカエルを捕食する事もある。

 私の故郷にもいたが、王国では人よりも大きな個体がいる。

 当然、人間も捕食対象なので、気をつけて欲しい。

 まぁ、ヒトが、どうにかできる相手ではないが。

 ツバメノスという料理が、故郷にあったが、カマキリの卵嚢も、同じようにスープにすると、なかなか珍味になる。

 卵もプリプリとして、慣れるとクセになる味だ。

 近くには成虫が居るので、その後、食べられないように注意が必要だろう。


リアン書房刊 ジャン・アンリ著『昆虫型魔獣図鑑~その生態と脅威~』より抜粋


「どう? おいしいでしょイアン」

「初めて喰ったが……なかなか不思議な味覚だな」

 ネアの問いに、困ったような顔で、曖昧に答えるイアン。

 ニロは静かに、暗くなってきた闇を睨み、クロスボウを引き寄せる。

 ほぼ、なんでも捕食するカマキリ。

 それすら、頭から嚙み砕き、捕食する悪霊が荒野には居る。


 遅くなりましたが、虫が苦手は方はご注意下さい。

 あまり細かい描写は避けていますが、それでも苦手な方は……我慢して下さい。

 注意が遅くなりました事、申し訳なくおもっております。

 うっかり忘れておりました。

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