第5話 説得

 通常、軍が相手をするような魔獣。

 それを簡単に仕留める剣士と、剣を交える少年ニロ。

 ゆっくり、のんびりと指導する暇もなく。

 実戦形式で、命懸けで鍛えてもらうニロだった。


「頑張ってニロ。疲れたら回復してあげるからね」

 魔法の準備をしながら、応援するネアだった。

「回復魔法が使えるのか。おぬしは神官なのか?」

 青年がネアの魔法に、興味を持ったようだ。

「あ、いえいえ。疲労回復だけで、怪我とかは治せないんですよ」

「ん~? また、おかしな……そちらの方が高度だろう」

「え、そうなんですか?」

「普通はな。高位の神官、一部の司祭か大神官と呼ばれる者が使える魔法だろう」

「え~そうなんだぁ。でも、アタシ、これしか使えなくて」

「攻撃魔法もないのか。魔力だけみれば使えそうだがな」

 ネアは、おかしな進化をしたようだ。


「魔法を、アタシに教えてくれませんか」

「魔法なぁ」

「ニロの助けになりたいんです」

「余の……私の魔法は、体系が違ってな、そなたでは使えないのだよ」

「そうなんですかぁ」

「だが、どこかで魔法使いに出会ったら、魔法を見せてもらうといい」

「教えてもらえますかね」

「いや、見るだけで大丈夫だ。そなたなら、仕組みを理解すれば使えよう」

「はい! 頑張ります」

 ニロの助けになるかもしれない。

 それだけが、今のネアの願い。

 どんな力でも手に入れたい。

 それがネアの望みだった。


 疲れた体をネアの魔法で、無理矢理うごかし、無茶な修行を続ける。

 受けそこない、躱しきれなかった剣が、ニロの身体をかすめていく。

 深手ではないにしろ、からだじゅう傷だらけになりながら、懸命に剣を構える。

「なかなかいいね。体は鍛えてあるみたいだし、これなら強くなれるよ」

 少年剣士グレープが褒めながらも、容赦なく剣を振るう。

 ニロは声も出せないほど、ただ必死に、剣を握っていた。


 やがて、魔力もつき倒れるネア。

 回復がなくなり、ニロも力尽きる。

 二人は、そのまま気を失ってしまう。

「とりあえずは、こんなもんかな」

 グレープが涼しい顔で、剣を仕舞って相棒に振り返る。

「こちらの魔王を倒すか……」

 黙って見ていたマスカットが、倒れた少年を見つめながら呟いた。

「一応、魔王にも知らせておこうか」

「そうだな。まぁ、気にしないだろうがな」


 そう。彼等は王城で召喚された後、魔王に会っていた。

 どんな密約を交わしたのか。

 魔王と別れてから、彼等は大陸を渡り歩いていた。

 魔王の側についたのか、魔王を倒せる駒を育てる気なのか……


 倒れた二人を残し、グレープ&マスカットは、静かに飛び立つ。

 静かに眠る二人を一瞥し、彼等は西の空へ飛んで行った。

 それを呆然と見上げる、男がひとり。


「なんてこった……こいつら、どうしたもんかな」

 なんとなく立ち去りがたく、何も出来ないまま、見物してしまっていた。

 魔獣の群れに襲われた町、ミンスター。

 そこへ向かう少年少女と、たまたま出会っただけだった。

「その辺のモンスターくらいは倒せそうだったな」

 遺跡調査は、遺跡がみつからなければ、当然だが仕事はない。

 盗掘、盗賊まがいの仕事で、その日暮らしだった。

「うまい事、使えば……金になるか?」

 何故か気になる少年ニロ。

 彼を、もう少しみていたい。

 彼の成長を見てみたい。

 そんな気持ちを誤魔化し、彼に付き纏う理由を、理屈を、自分の中で探す。

 ただ、素直に一緒に居たい。

 そんな簡単な事も出来なくなっていた。

 もう、若くも無い、おっさんイアンであった。


「ひぐぃっ! いぃっひっ!」

 地べたで眠っていたニロが、夜中に引き攣った悲鳴をあげる。

「なんだ、どうした! 毒でもくらってたのか?」

 ずっと様子をみていたイアンが、慌てて駆け寄る。

「あし……あし、った……びっくり……した」

「なんだよ~。びっくりさせんなよ」

 ニロは、そのまま眠ってしまった。


 村を滅ぼされ、二度も魔獣と戦い、倒れるまで勇者と稽古をした一日。

 少年の長い一日、人生を狂わされた狂った一日が、やっと終わった。

 結局、何も出来ないまま夜明けまで、動けずに少年を見守って過ごしてしまった。

 そんな自分が理解できず、納得もできないイアンだった。


 夜明けと共に、町がざわめき始める。

 生き残った人々によって、町の復興が始まっていた。

 逞しい人々ではある。

 そんな町の入口近くで、倒れたまま野宿してしまった、二人も目覚める。


 持って来ていた絹糸を、金に換えたいところだが、魔獣に荒らされた町に、そんな余裕もないだろうと、西へ向かい、次の町を目指す事にした。

 身支度もそこそこに、まだ薄暗い街道を西へ歩き出す。

 暗い、殺意に満ちた瞳の少年が、魔王を目指して旅立つ。


「ちっ……おお~い。待てよ~待てってばよ~」

 ひとつ舌打ちをしたイアンが、大声で二人を追って駆けだした。

 いまいち自分を納得させられなかったが、放っておけない子供達だった。

 イアンは、魔王討伐までする気はないが、旅を共にしようと決心した。

 いましばらくの間は……少しは金になりそうだ。

 そう、自分に言い聞かせながら。

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