第3話 燃える町

 ネアの魔法で体力を無理矢理、回復させながら遺体を集めるニロ。

 崩れた教会の前に埋めて、村人を弔った二人は、山を降りる。

 ニロは山の中を駆けまわり、狩りはしていたが、山を降りた事はない。

 ネアも、東の隣国へ行っただけで、街道を歩いた事も無い。


 鍛冶屋パオロの剣に、特別製のクロスボウと形見のナイフ。

 ニロは武器と、狩りに行く時の、小さなザックを背負う。

 ネアの武器は棍と、数個のボーラ。

 あまり、ボーラ遊びはしなかったが、使えなくもない。

 崩れかけた蚕小屋から、残っていた絹糸を持っていく。

 質が良く、町では高く売れると、商人も言っていた。

 これを売れば、旅費になるかと、持っていく事にした。

 二人に、繭から糸を作る技術はないので、出来ている分だけを持っていく。


 魔獣が通った所為か、気味悪いくらいに静かな山を降る。

 久しぶりに出会た二人だが、ほとんど会話もなく、山道をゆく。

 木々が倒れ、草花も薙ぎ倒された道が、まっすぐ麓へ続いている。

 奴らが、魔獣の群れが通った跡だ。

 そこを通り、二人もまっすぐに群れを追う。


 山を降りて街道へ出ると、火の手が見える。

 くらくなった空を焦がすように、町が燃えていた。

「やつらだ。あそこまで村みたいに」

「まだ間に合うかも。急ごうニロ。まだ生きてる人もいるよ」

 遠く、生き残りがいるかも、ここからでは判別できない。

 二人は、燃える町ミンスターへ走り出す。


「おおっと、待ちな。ここは通せねぇよ。通行止めだ」

 街道に立つ男が一人、駆ける二人の前に立ち塞がる。

 30手前くらいの細身で、軽装の男は野盗の類だろうか。

「くそっ、こんな時に」

「火事場泥棒とかなの? 邪魔しないでよ、おっさん」

 街道脇の茂みにでも、仲間が隠れているのだろうか。

 だが、そんな気配も感じない。


「おっさんはひどいな。この先の町は、魔獣の群れに襲われてるんだ。早く逃げな」

 野盗かと思ったら、危険を知らせてくれただけだった。

「知ってるよ、やつらを追ってきたんだ」

「あたしらの村も襲われたんだ。やつらは逃がさない」

 殺気の籠った目で睨む二人の子供に、おっさんも戸惑う。

 危険を知らせて逃がそうと思っていたが、どうしたものか。

「すげぇ数の魔獣だぞ? お前らが行って、何が出来るってんだ」

「出来なくても許せないんだ」

「邪魔しないでっ」


 聞く耳も持たずに、二人は男の脇を駆け抜けていく。

「あぁ……しょうがねぇ~なぁ。子供を見殺しには出来ねぇだろ」

 一人、悪態をつき子供達を追う、野盗のようで野盗ではない男。

 頭が悪いのか、バカが付くほど人が良いのか。

 少年と少女とおっさんが、魔獣の群れが待つ、燃える町へ駆けつける。


 町の中からは、大勢の悲鳴が聞こえて来る。

 襲われてはいるが、まだ生き残りも多いようだ。

 そんな町から、黒い影が一つ、ゆっくりと出て来る。

 四つ足の獣は、ニロたち獲物を見つけると、後ろ足で立ち上がった。

 両手を高くあげ、口を大きくあけて、低く吠える。

「グォォオオオッ」

 見上げるほどの熊が、町の入口に立ち塞がった。


注) 熊型の魔獣

 硬い体毛と厚い脂肪に包まれ、殆どの武器を無効化する。

 特に全体を覆う体毛は硬く、鉄の鎧を着ているようなものである。

 仕留めるなら、攻城兵器くらいは欲しい。

 故郷でも、熊専用の武器があったくらいだ。

 個人で相手をする魔獣ではない。

 眉間や耳の裏が弱点だとも、噂ではいわれていたりする。

 体高でも2mを越える熊を相手に、そんな弱点を狙えるものでもない。

 振り下ろす爪の一撃は、鎧を着た騎士を一撃でほふる。

 鋭い牙は一口で咥えた人の頭を、簡単に嚙みちぎってしまう。

 熊と違い、完全な肉食である。

 その所為か、大きさの割に体重は、そこまででもない。

 成体でも260Kg程度が多いようだ。

 その肉は臭みが強く、やたらと硬い。

 香草を多めに、ゆっくり煮込むと軟らかくなる。

 その臭みも、慣れればクセになり、案外旨かったりする。

 野菜たっぷりのシチューなどに合うだろう。


~リアン書房刊 アーネスト・トプソン著 『世界の魔獣』より抜粋~


 当然の様にニロは、一瞬の戸惑いもなく、畏れも見せずに飛び込む。

 追って来た男が止める間もなく、ニロが魔獣のふところへ飛び込んでいった。

 魔獣ではないが、クマなら狩った事がある。

 ニロの目には魔獣ではなく、少し大きな獲物としか映らない。


 後ろ足で立ち上がる魔獣の間合い。

 その攻撃範囲ぎりぎりで、攻撃を避けながら牽制するニロ。

 正面でニロが注意をひきながら、死角からネアの棍が膝を襲う。

 執拗に魔獣の左膝だけを、ネアが打ち続ける。


 威嚇の為に立ち上がり、大きく見せようというだけで、そもそもが二足歩行をする為の身体ではない魔獣は、膝への執拗な攻撃にバランスを崩す。

 死角からの攻撃、身構える事もできない不意打ちは、威力を増して効いていた。

 その隙を狩人の勘が見逃さない。


 父の形見のナイフを抜いたニロが、大きく魔獣へ向かって踏み込む。

 魔獣もそれに反応し、倒れかかるように攻撃を繰り出す。

「無駄だ、それは知ってる」

 呟くニロは、振り下ろされる左の爪を潜り抜ける。

 この辺りの熊は左利きが多い。

 獲物を仕留める攻撃は左手の振り下ろしが多くなる。

 それを知っていた猟師ニロは、左の攻撃に賭けていた。


 来ると分かっていれば、避ける事は難しくもない。

 たまたま、勘が当たっただけではあるが。

 ニロはそのまま、地面を叩く魔獣の背に乗り、耳の後ろにナイフを突き立てる。

「フゴォ!」

「くっ、浅いか」

 怒声をあげ、ニロを振り払う魔獣。

 暴れる魔獣の前足が、裏拳ぎみにニロを打ち払う。


 地面に叩きつけられ、転がるニロだったが、倒れる間もなく立ち上がる。

「ニロっ!」

 ネアが悲鳴のように名を叫ぶ。

 アドレナリンだのエンドルフィンだのと、脳内麻薬がドバドバと溢れるニロ。

 一撃で意識か命を刈り取る攻撃でなければ、今の彼は止まらない。

 止まらないだけで、ダメージが無いわけでもないので、ネアは泣きそうだ。


 それでも必死に涙を堪え、今度はネアが熊を挑発して、注意を引き寄せる。

 熊はネアに夢中になって反応する。

 その辺りが人と獣の違いなのだろうか。

 背後のニロを忘れたかのように、おもちゃに夢中な子猫のように。

 熊の魔獣は、夢中でネアを追う。

 魔獣といえども所詮は獣なのか、膝の痛みも忘れ、後ろ足で立ち上がり、膝の痛みを思い出したのか、またもや熊はバランスを崩す。


 そこへ後ろから抱き着くニロ。

 およそ260Kgの巨体を、肩に担ぐように持ち上げる。

「ぬぅ……ぐ、うぉ、おおおおおっ!」

 雄叫びと共に担ぎ上げた魔獣を、そのまま背後に倒れながら叩きつけた。

 刺さったままだったナイフが、深く魔獣の頭を抉る。

 脳まで達したのか、大事な何かを切断したのか。

 魔獣は動きを止め、白目をむいて倒れた。


 二人を追って来た男は、口を開けたまま声も出せずにいた。

 兵士でも敵わないような魔獣を、子供が倒してしまったのだから。

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