Film3. 逆さ向きの14と2

「取り敢えず、準備して頂戴」


 それだけを言い残すと委員長はスタスタとBコートの方に歩いて行ってしまった。

 まさか、模擬戦相手がいつもと違って、しかもその相手が中近距離戦に秀でた委員長が相手とは……いや、何で?

 俺と委員長では得意な交戦距離レンジが違う上に、そもそも実力差が圧倒的だ。

 30秒ぐらい俺の首と胴体が繋がっていればいい方。それぐらいの実力差が俺と委員長にはある。


「───はぁ」


 あの木村先生が、なぜ俺と委員長を組ませたのかは分からない。分からないが、何せ準備しないことには始まらない。サボりたくてもサボるわけにはいいかないし。

 俺は諦めたようにもう一度溜息を吐いてから、重い腰を上げて舞台から下りる。

 杖、取りに行くか……

 0.5になっていた授業に対する意欲は、既にマイナスの領域に達してしまっていた。

 仮に今、先ほど欲していた【曇らせ】を摂取できたとしても戻ることはないだろうやる気と、3度目の溜息と一緒に【杖】が置いてある倉庫の方に歩を進める。

 【杖】とは魔法使いが魔法を使うために必要なデバイスのことだ。

 科学の粋を結集して約200年前に製作された物らしいが、俺はよく知らない。───なんでも、生物の体に備わっている【魔力】という物質を、特殊な媒体を通して現実世界に出力しているらしい。そこら辺を詳しくやるのは魔導技工科の高専や大学などでだそうで、先生も軽くしか授業で触れていない。

 ちなみに先ほどから散々『近接型』と呼んでいたユウキや岸さん、委員長などの杖は、学校の授業の際に貸し出される杖とは違って、剣を模したそれぞれ専用の杖を使っている。

 近距離で戦うのを想定して杖を剣として使えるようにし、ついでに実験中のも組み込んだ試作品だから、試しに使ってみてねってことで適性のある学生に試運転を兼ねたテストを任せている物だという。

 まぁ何せ、俺が使うことは絶対無い代物の話。俺には関係ないと特に興味も持たず、ユウキの解説も適当に聞き流していたため、それ以上剣型の杖については分からない。

 もう少しちゃんと聞いておくべきだったかと今更なことを考えているうちに、俺の体は杖を貸し出している倉庫の前に着いていた。

 

「1つ貸してくれ」


 第一試合を終えて杖の貸し出しの手伝いをしていた安藤に声をかける。

 個人所有の物がある場合を除いて、杖は使用する際に都度貸し出されており、貸し出し用の杖はキャスターで移動できるようになっている専用のケースに20本程保管されている。使用する時は貸出票の様なものに、名前を記入してから借りる形になっている。その面倒な書類への記入を、いつも安藤が率先して代筆していた。


「OK。───はい、14番取ってって」

「さんきゅー」


 第一試合で終わってしまって暇だからと手伝っている安藤に軽く礼を言い、Bコートの方に向かう。

 道中ちらっとCコートを見れば、既にユウキは試合を終えていたようで、コートでは次の試合が始まっていた。ってことは、ユウキに俺の試合を見られる可能性があるってことか……いつも通りの相手なら特に気にしないんだが、相手が委員長となると少し嫌だ。


「ま、今更か」

「何が今更?」

「───いや、こっちの話」


 いつの間にか漏れ出ていた心の内に質問され、少し返事に時間がかかってしまう。

 Cコートの方を見ながら歩いていたら、思ったよりも早くBコートに着いていたらしく、1人呟いた自嘲は近くにいた委員長に聞かれてしまっていたようだ。

 ───俺にもう少し魔法の才能か、剣型の杖の適性とやらがあれば、ユウキと競い合えたかもしれないかと思うと何とも言えない気持ちになる。


「それじゃあ、始めましょうか」


 無理な追求は無駄だと思ったであろう鋭い眼光を放つ少女が持つ、抜き身の刀が鈍く光った。





「お疲れ様」

「ってて……何もあそこまで俺相手に本気にならなくたっていいのに委員長のやつ……」


 「いつも本気だからねぇ、委員長は」と言うユウキに「俺相手なんだから少しぐらい手加減して欲しかったよ」と肩を竦ませる。

 やっぱり、霧を出してその中から魔弾を放つだけじゃ委員長は御せないか……そもそも霧を張ったところで委員長は俺の位置を正確に把握していた。

 ってか委員長が刀を横薙ぎに振るって斬撃を飛ばせば、すぐに決着がついたのでは?

 それをしなかったということは、本気マジ本気マジではなかったってことか?

 ……もしかして、『本気を出すまでもないわ。貴方がやれることを全て踏み躙った上で叩き潰してあげる』的なそれか……?

 ───考えすぎか。委員長はそういうタイプじゃない気がする。


「はい皆んな! 授業終わるよ、集合して!」


 委員長に変なキャラクターが付きそうになっていたところだったが、木村先生の声によって中断された。

 フフフと悪い笑みを浮かべた委員長の姿を幻視していたが、イマジナリー委員長はあえなく霧散することとなった。





「それで……彼はどうだった?」

「はい、最適かと思われます」


 第二魔法学園にあるとある一室。最上階の最奥にあるその部屋で、2人の男が向かい合っていた。

 1人は学園では優しくてイケメンな先生と生徒から評判の若い男。ヴィンテージ調の机の前で腕を後ろで組み、扉を背にして立っている。

 もう1人はヴィンテージの机に合わせて作られた椅子に座る老年の男。厳かな部屋の雰囲気に大変似合っており、立場相応に歳を重ねていながらも若き日の自分を忘れぬようにと、短い白髪をオールバックにしてジェルで固めていた。


「そうか」

「えぇ。……しかし、やはり聖剣計画に対抗するためとはいえ、計画に一人の魂を消費するのは───」

「分かっている」


 はぁ、と心底辟易している様子で眉雪は溜息を吐く。

 いつもそうだ。何かを救うためには何かを犠牲にしなければならない。どちらも救いたいというのに、それをが良しとしない。

 様々な窮地に立ったが、その度に誰かの命を諦めてきた。毎回最後まで全てを救おうと尽力した。だが、はそれを良しとしない。

 また、零れ落ちる。家族可愛い孫娘を救うためとはいえ、あの子の大切な友人を贄にしなければならない。


「学園長───」

「組織に連絡を。計画を進めてくれ、と」

「……承知しました」


 この老いぼれが。また、何もできんのか……

 視線の先にある扉が閉まったのを確認した後、自らを愚者と嘲る老いた英雄は荒々しく息を部屋に流した。

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闇が深そうな生体兵器にされちった! 淺間 葵 @IDasama_4

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