人生はいつだってhardmode(2)~ずっと言いたかった一言を


 ファレリアが部屋に戻された後、フォートとアラタは今回の事で知っている事を全て話せとアルメラルダに問い詰められた。


 これが単純に乱心した第二王子を止めただとか、そんな事ならばまだ問われる内容も異なっていたのだろうが……。

 隔離結界内にて行われた転生者同士、そしてそれを知る者の会話を聞かれていたとあらば話は違う。

 アルメラルダは隔離結界に侵入するべく魔力を行使した過程で内側の声を拾ったらしく、本当に会話全部を聞かれていた、というわけではないようだが。……フォートが男であることなど肝心な事は全て聞かれていたがために、そんなものは何の気休めにもならない。


 第一王子などにしても、国家レベルの機密。秘中の秘である冥界門や冥王、その封印や星啓の魔女本来の役目などをアラタが知っていたことで戸惑いを見せていた。


 そのため黙秘できるはずもない。下手をすれば沈黙すらも罪に問われる。





 どう話すべきか。

 それについてはフォートが悩むまでもなく、アラタが「自分が話す」と引き受けてくれた。「フォートは自分の要求に応え、協力してくれたにすぎない。もし処罰があるなら全て自分が受ける」とも。


 庶民が性別を偽り貴族の魔法学園に通っていた。

 それだけでも問題だが、肝心の部分は国の要ともいうべき「星啓の魔女」……その候補者を騙っていたこと。候補者同士が競い合い、その特別な役割に相応しい者を決める。その神聖な行いを穢したとあらば極刑ものだ。


 しかし此度においては冥王撃退などという星啓の魔女の役割の根幹を担う要素が絡み、それに貢献したがゆえに……一概に「罪」として扱われるのかは不明だった。

 事情を聴いた相手の裁量次第だろうが、まったくの無罪というわけにもいかないだろう事はフォートにだって想像がついた。


 フォートは何か罰があるなら自分も、と手を上げようとしたが、それはアラタに制された。


「これはお前を巻き込んだ、俺なりのけじめだから。たまには大人らしいことさせてくれ。散々苦労させて、どの口がって思われるかもしれないが」


 そう言われてこれ以上フォートが粘っては、アラタの覚悟と矜持を傷つける。

 ……この青年は、強く見せかけた外装の中身はひどく繊細なのだ。現状には胃を痛めていることだろう。その彼が「任せてほしい」と言っているならば、フォートは彼の"友人"として受け入れる他ない。

 歯がゆく思いながらも、フォートはアラタに任せることにした。






 アラタは自分が知りうる限りの情報を、順を追ってつまびらかに述べた。



 転生者。前世の記憶。仮想遊戯。別の世界。



 記憶を有したまま生まれたがゆえに、物語が始まる前に最悪の未来を阻止すべく動いていたこと。

 その過程でマリーデルの弟であるフォートに協力を求めたこと。

 第二王子は同じ転生者だったが、その目的は自分とは真逆であったこと。

 …………彼が求めていたのは、アルメラルダの無残な破滅だったこと。



 アラタは「悪役令嬢」アルメラルダに関しては話したくなさそうだったが、第二王子の目的と彼の発言を説明するにあたって避けては通れなかった内容だ。

 アルメラルダはそれらの話を、顔色を変えることなく静かに聞いていた。

 ただ「ファレリアは自分と同じで前世の記憶を持っていたが、物語を(冥府降誕ルートに関しては)何も知らず途中から事情を知って協力してくれた」と述べた時は「まったく……何故その時に、わたくしに話さないのかしらあの子は……」とぶちぶちこぼしていたが。




 ともあれ、それを聞いた者の反応は三者三様だった。

 馬鹿にしているのかと頭から否定する者、「上位観測世界からの魂の堕落ということか! 興味深い!!」などと勝手に納得し興奮する者、まあそういうこともあるのかと柔軟に受け入れる者、真面目に考えすぎて頭痛に喘ぐ者、物語だ何だという部分はどうでもよく「マリーデルが、男……男……僕のマリーデルが男……」と失恋に打ちひしがれる者……などなど。


 アラタとしてはどれも想定の範囲内であったらしく、いざ話し始めれば対応は落ち着いていた。

 そして彼らの反応を示したうえでこう続けたのだ。


「もしあなた方にこれらの話を原作前に話したとして。……信じてくれましたか?」


 直前に「何故そんな重要なことを一人で抱え込み我々に話さなかったのか」と問うた第一王子へのアンサーである。


「……まあ、難しいだろうな」

「変に疑われて、最悪投獄でもされたら身動きが一切取れなくなります。自分がまず介入できる地位を手に入れる事などで手いっぱいだったこともありますが……なんの証拠も信頼、信用もない状態で話す場合、リスクの方が大きかった」

「……理解しよう」


 第一王子の声は重い。それもそのはず。

 将来は自分の右腕となってくれるだろうと信頼していた弟が「アラタの話を信じる証拠」となってしまったのだから。





 ちなみに今回の黒幕。弟である第二王子だが……実はまだ生きている。

 それはアルメラルダとフォートによる破邪もとい解呪の力によって「依り代の解放」が行われ、冥王を"向こう側"へ「強制送還」させたからだ。

 消滅させられたわけではないものの依り代を通して大きくダメージを与えたゆえに、今後百年は封印が綻ぶことはないはず、とのこと。これは人柄は信用できないが魔法の腕と知識だけは確かな特別教諭の見立てである。

 それを聞いたとき、アラタの逞しく大きな体から力が抜けた。……本当にこれまで、気を張って生きてきたのだろう。

 その事実を確認できたからこそ、すでに隠す事にも意味は無いと割り切って話すことも出来たのだが。



 ともかく第二王子は、虫の息ではあったが冥王の巨体が消失した後に倒れ伏していた。

 しかし生きてこそいたものの、大きな変化が一つ。

 意識を取り戻した第二王子を問い詰めたところ、その精神は冥界門から影響を受ける前……彼が五歳だった時に戻っていたのだ。とはいえ本当の「五歳」ではなく、"前世の記憶を持つ"五歳児だが。


 事情を話したところ彼は顔を青くしながらも、驚くほど素直に自分の事を話してくれた。

 彼は歪んだ欲求こそ持っていたが、最初はそれに呑まれること無くアラタのように国の危機を避けるため。……最悪のルートの諸悪の根源、冥界門自体をどうにかしようと行動したらしい。

 この辺は地方貴族の五男として生まれたアラタと違って、直接冥界門を見に行けた「王子」という立場の差だろう。

 まんまと精神汚染され欲求が肥大化した第二の人格へと至り、今日日まで来てしまったようだが。


『弟は助かった。だが……昨日までの弟は、いなくなってしまったのだな』


 そう口にした第一王子の言葉が印象に残っている。

 たとえ演じていたものだとしても、これまで彼と思い出を積み重ねてきたのは紛れもなく「あの」第二王子だったのだ。


 精神のリセットは、一種の死に他ならない。



(これは僕が口を出せる事でもないけれど)



 フォートにしてみればあの第二王子は報いを受けただけ。同情する余地はないし、それは第一王子に対しても同じスタンスである。下手な慰めの言葉など要らないだろう。少なくともマリーデルを演じていない、今のフォートからは。


(……僕は姉さんみたいに、優しくなれない)


 こんな時ばかりは大好きな姉の優しさが、少しばかり妬ましかった。






 その後フォートも色々聞かれたが、あとはアラタから話を聞くからと部屋に戻るよう促された。これについては全くの予想外である。まさかいつもの自室に戻ってよいなどと言われるとは。

 ……第一王子は全ての情報を加味した上で「功績を考えれば重い処罰にはならないし、私がさせない」と確約してくれた。それでも身柄を押さえられるくらいはすると思っていたのに。

 更に言えば個室とはいえ女子寮だ。男と事情が割れた自分が、果たして踏み入れて良いものなのか。

 しかし今のフォートには彼らの判断に従う以外の行動はとれず、頷くしかなかった。素直に従うかどうかは別として。



「わたくし達は、もう少し話さねばならないことがありますわね」


 そう述べたのは話し合いの最中……一度もフォートを見なかったアルメラルダである。

 自分を除いたその場で今後についての対応が決まるのだろうなと想像は付いた。しかしそれを気にするよりも、この機会は最後のチャンスかもしれないとフォートは大人しく部屋に帰る……ふりをして、ファレリアの自室に向かい今に至る、というわけである。

 






 そんな風にファレリアが部屋に戻った後の事をつらつら述べていくフォートに対し、彼女は「大変でしたねぇ」と幼子にするように背中を優しくなでる。

 フォートによる怒涛の愚痴や情報の開示によって、先ほどまでの緊張はほぐれているようだ。


「ねえ、ファレリア」

「はい?」


 小首をかしげる警戒心皆無のまぬけに、口の端が持ち上がる。

 反して眉尻は下がってしまったが……それを見られる前に、フォートは言葉を続けた。

 ずっと言いたかった一言を。











「好きだよ」










 言葉と同時にフォートは以前焦がれた……その唇との距離を、ゼロにした。









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