人生はいつだってhardmode(1)~お部屋訪問

 フォート・アリスティは妙に緊張した面持ちで一つの部屋の前に立っていた。

 特別教諭の件の後で一度ファレリアを送り届けるために訪れてはいるものの、こうして自分から尋ねるのは初めてである。


 フォートが扉を叩くと、中から小さな返事が返ってきた。いつもと違ってずいぶんとしおらしい。

 その後。……実に数分を有してから、ようやく鍵の開く音がし扉のノブが回される。


 鍵を預かってはいたが、フォートとしては本人の手で開けてもらいたくて待っていたのだ。そうでなくては……本当に招いてくれたのかと、自信が無かった。我ながら情けない。けど鍵が開くまでの数分間、不安で仕方なかった。


 そしてドアノブが回された後。いつもならば意外と豪快に扉を開くファレリアが、恐る恐るといった風にわずかな隙間を徐々に、徐々に広げて顔を出す。扉の向こう側から覗く赤い瞳は、フォート以上に挙動不審な様子でこちらを見ていた。

 常ならば彼女のことは犬のようだと例えるのだが、今はその赤い瞳も相まってまるで警戒心の強い兎である。


(いや。警戒……じゃないか)


 正しくは"緊張"といったところか。

 それはフォートも同じだが、あからさまにそわそわと落ち着かない様子のファレリアを見ていると幾分か自分の方は落ち着いてくる。



 緊張。戸惑い。



 それらを感じさせるファレリアはチラチラとこちらを窺う癖に口を開いては閉じを繰り返し、一向になにも話さない。


(……正直、戸惑ってるのはこっちなんだけど)


 フォートはどうしたものかとため息をつく。このじれったさをどうすればいいのか、自分でも分からないのだ。

 するとファレリアがため息に反応し、ビクッと体を震わせた。あきらかに過剰反応である。


「……………………」


 そんな調子のファレリアを前に、フォートは目を細めると……外側のドアノブを思い切り引っ張った。


「をきゃっ!?」

(変な声)


 内側のドアノブを掴んだままだったファレリアは、それに引かれ前につんのめる。

 危うく倒れる、というところでフォートがその華奢な体を抱き留め、そのまま部屋の中へ踏み込むと後ろ手に部屋の扉を閉めて鍵をかけた。


 ……以前ファレリアがいきなりフォートの自室に押しかけて来た時の事を思い出す。


(あの時は振り回されっぱなしだったな。まったく。人の気も知らないで……)


 しかし今はそれが逆なのだから、少々愉快だ。腕の中でガチガチに体を固くしているファレリアを見れば、俯いており表情は見えないものの……耳まで赤い。

 けしてフォートに余裕があるわけでもないのだが、それを見ると口の端は自然と持ち上がった。


 そして思い出すのは、数時間前の強烈な一言。







 

『惚れた男を一人で戦わせられますか!!』








 この女とんでもない事をとんでもない場面で言ってくれたものだと、少々恨みがましくそのつむじを眺める。

 フォートは再度ため息をつき……背中を丸めて、ファレリアの肩口に顔を埋めるようにしてからその体を抱きしめた。


「ふぉっ、ふょーとくっ」

「名前くらいちゃんと呼んで」


 不満げに呟いてからすうっと息を吸い……そして。


「…………あー! もう! つかれた~~!! つーかーれーたぁぁぁっ!!!!」

「え……」


 駄々っ子のごとく「疲れた疲れた」と声を上げ、甘えるように額を擦りつけながら、ぎゅうぎゅうとファレリアを抱きしめる。


「色々聞かれたし根掘り葉掘りされて、疲れた。ほとんどアラタが対応してくれたけど。でも疲れた。すっごく疲れた」

「お、お疲れ様です」


 ストレートに疲れたと連発するフォートを前に、緊張より戸惑いと気遣いが勝ったのか。ファレリアもまたフォートの体に腕を回し、落ち着かせるようにぽんぽんっ、と背中を叩く。

 それを心地よく感じながら、フォートは数時間前……日付としては昨日の事を思い出していた。





 昨晩。

 呪いの余波で認識と心を歪められるなどという屈辱に加えて、これまで溜めて来た鬱憤が一気に爆発しフォートは心の底からキレていた。そんなフォートの頭を一気にフリーズさせたのが、ファレリアの一言だ。


 喜べばいいのか、疑えばいいのか。


 この馬鹿の事なので「心意気に惚れましたぜ、フォートの兄貴!」といったニュアンスであることも十分にあり得る。

 こんな想像が出来るくらいには、一年という付き合いの中でファレリアがどういう思考パターンをしているのか大体理解できてしまった。だがこの女は肝心なところで読ませてくれない厄介な相手でもある。


(……本当に、わからない)


 隔離結界内にアルメラルダが入って来たこともあり、フリーズ後にその考えをいったん保留としたフォート。

 が……いざ全てが終わってみたところで。

 さぁこいつらになんて事情を説明したものかと考えていた中、アルメラルダに自室へ戻れと指示を出されていたファレリアがすれ違いざまに「あとで、来て」などと言いながら自室の鍵を渡してきたのだ。


 ……もうこれは、あの言葉を信じて良いのでは? 「惚れた」はそのままの意味で受け取ってしまって、良いのではないか?


 期待が高まる。もしこれで違っていたならば、あの女は心の処刑人もいいところだ。



 しかしそうなると、別の悩みも出てくる。



 フォートはこの魔法学園にいる間に、少しでもファレリアの心に自分という存在を刻みつけられたらそれだけでよかった。

 この先の未来でファレリアが自分以外の誰かと結ばれた時、それがアラタだとしても知らない誰かだとしても……わずかにでも自分の顔がよぎって、お邪魔虫になれたらいい。

 そんなちっぽけなプライドと、特大の意地の悪さを含んだ気持ち。


 ところが幸運にも気持ちは通じ、それを相手も受け止めてくれた。こんなに嬉しい事はない。


(でも)


 …………フォートは、その恋を叶える手段は持ち合わせていなかった。


 どんなに魔法の力を磨こうと、勉強しようと。この身はどうあっても身分の一つも持たない、力ない存在で。

 貴族令嬢のファレリアと築ける未来は想像出来ない。


 それに。


(……きっと、この後すぐ。僕は魔法学園ここに居られなくなる)



 残された時間すら、もう幾ばくも無いと思われた。






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