星降り注ぐSinfonia(終)~星啓の魔女たち

 自分が口にした言葉で一瞬フリーズしかけたが、すぐに気持ちを切り替える。



(ま、まあいいか! 死ぬ気はないけどもしもの時の保険ですよ保険。何も伝えないで死ぬよりは幾分かスッキリする! いや死にませんけど)


 うんうん、と自分を納得させると、私はフォートくんの肩を掴んで前後に揺さぶった。

 何故って私以上にフリーズ状態だからだよ! うおぉぁ! 現状での最高戦力しっかりして!


「フォートくん、だから! 指示を! ください! ちょうだいっ! お願い!」

「あ……えと、」


 先ほどまで凛々しく引き締められていた顔がぽかんとゆるみ、虚をつかれたようにフォートくんはなかなか正気? にもどらない。

 これだいぶまずいのでは! マジで余計な事言ったな私!! ……そう焦った直後だ。


「!?」


 先ほどのフォートくんによる攻撃のお返しとばかりに、今度は物理ではなく魔法攻撃が飛んできた。

 冥王の手の中で練られた魔力が形を成し、獄炎を圧縮したかのような火球が放たれこちらへと迫っている。

 当然というか、なんというか。……どうやらこちらのターンはとうに終了していたらしい。


「!!」


 気づいたフォートくんがすぐに防御のため魔法を展開させるべき構えるが、その動作は微妙に遅い。すぐに私も補助すべく魔力を循環させようと行動を起こすが……。


 私達の防御が展開される、その前に。……この場に居るはずもない、聞きなれた声が天から響いた。







「何をしていますのマリーデル! まったく、愚鈍な子ね! ファレリアといい勝負ですわ!」

「ふぁっ!?」






 声と同時に滝のように空から雪崩落ちてきたのは、冥王の獄炎をも飲み込む火の演舞。

 火力が高すぎるのか、その色は青空に似た群青。一瞬、夜の世界が昼間に変わったのかと錯覚した。


「!? アラタさん、空からアルメラルダ様が!」

「は!? でも結界は保って……なんで入ってこられ……! え!?」


 咄嗟にネタを引用するあたり私もまだまだ余裕あるなと思いつつ、見たままなのだからしょうがない。

 ……そう。夜空を割って現れたのはアルメラルダ様。しかも人影はそれのみに留まらず、複数人がそれぞれ極大級の魔法を伴って空間に入ってきた。


 切り裂く烈風、迸る紫電、隆起する大地、津波のような激流、光で出来た剣の群れ……などなど。多属性魔法の展覧会かってくらい多種多様の魔法が冥王を襲う。普通ならばオーバーキルだ。

 しかしさすがラスボスと言うべきか、その巨体は攻撃に蒸発することなく持ちこたえた。

 が、さすがにノーダメージとはいかなかったようで冥王の体が傾ぐ。



 そんな中、スカートの中身を見せないままに風の魔法を操り巧みに着地したアルメラルダ様。腰に手を当てバサッと扇を広げたそのお姿は、実に堂々たる佇まいである。


「アルメラルダ様、どうして……!」

「ふんっ。このわたくしにかかれば、隔離結界への侵入など容易い事ですわ。以前ファレリアが連れ込まれた後、必死に勉きょ……ごほんっ。いざという時に備えておくのは公爵令嬢のたしなみでしてよ! 座標は少々ずれてしまいましたが!」


 私の問いかけにぽろっと言いかけて何事も無かったように「たしなみ」だと取り繕うアルメラルダ様、可愛すぎか? え、勉強してくれてたんですか私のために。

 ともかくどうして結界を壊さないままに中へ入ってこられたかは分かったけど、なぜ「壊さない」判断をとれたのだろうかという疑問は残る。操られていたのもあって事態は把握できてないはずなのに……。


 しかしその疑問もすぐに解消された。



「そうそう。理解に苦しむ内容も多かったですが、話は結界の外から聞いていましたわ」

「え!?」


 だ、駄々洩れだと!?


 会話が全部聞かれていたことに私とアラタさんから血の気が引くも、さして気にしたふうでもないアルメラルダ様が冥王を睨みつけた。


「ともかく、この結界内であの化け物を倒せばよいのでしょう。アラタ! 貴方はそのまま結界の維持をなさい! 先生はその補助を!」

「ああ、任されたよ!」

「俺もこっち手伝う!」

「僕も」


 アルメラルダ様の指示を受けて動いたのは空間へ共に入ってきたうちの三人……フォートくんのクラスの担当教諭に、不良もどきと優等生くんだ。

 見ればアルメラルダ様が引き連れてきたのは全員星啓の魔女の補佐官候補。つまり、攻略対象者たちである。結界を張る前生徒会室に居なかった人たちまでが勢ぞろいだ。


 どうりであれだけの魔法を放てるわけだよ。魔法学園でも屈指の実力者たちですものね、この人たち。


「あんな姿になってしまったのか……! こうなっては致し方ない。……弟の事は、無視していい。私が許可を出す」


 そう苦し気に述べたのは第一王子だ。

 ……ってことは、みんなあの化け物が元第二王子だという事もわかってるってことか。そこを含めて話を理解してくれてるんですね。いや本当、これきっとマジで全部会話が駄々洩れてたっぽいな!


「ファレリア・ガランドール。"てんせいしゃ"だなんだとかいう面白い話、あとで詳しく聞かせたまえよ」


 そう言った特別教諭もまた、冥王へ向けて魔法攻撃を放つ。

 ……実際に戦いで魔法を使う所を見る機会なんてほとんどなかったけど、やはりこの人たち優秀なんですね。先ほどまで絶望的だった戦況が一気にひっくり返った。


 ……これ、私もういらんな!


 ほっとしたような、覚悟を決めていたのに肩透かしをくらったような。

 そんな風にぽかーんと状況を見守っていると、アルメラルダ様に頭を引っ叩かれた。


「ぁだっ!?」

「なにをボケっとしているの! 貴女も何かなさい! わたくしが今まで施してきた特訓が役に立つ時でしてよ!?」

「そ、そうは言いましてもね。何をどうすればいいのか……それに私、もういらなくないです?」

「マリーデルのためには動けてもわたくしのためには動けないとでも!?」

「そ、そういうわけでは!」

「じゃあどういうわけですの! ~~~~! もうっ!!」


 途端にへそを曲げた子供のように頬を膨らませたアルメラルダ様に、私はぽかんとしたあと……現状を忘れて噴き出した。


「何を笑っているの!」

「だって、アルメラルダ様が変な顔するから」

「…………」


 そこでようやく自分がどんな顔をしているのか気になったのか、頬に手を添えるアルメラルダ様がやたらと可愛い。

 ……なんか、ようやく安心してきたというか心が落ち着いてきましたね。


「……でしたら、何か指示を貰えますか? 私では何をしていいのか、わからなくて。さっきもそれを聞こうとしていたんです」

「……わたくしと、マリーデルの補助をなさい」

「了解です!」


 ぜんぜん具体的ではない指示だけどアルメラルダ様に「手伝え」と言ってもらえた事実が妙に力を湧き上がらせる。

 元気に返事をして敬礼すると、私はそっとアルメラルダ様の耳元に口を寄せた。




「役立たずな私ですけどね。……ここに居る理由は、アルメラルダ様のためですよ」

「!」




 それ以上は言わずにぱっと顔を離す。

 

 こんな所に居る理由は、まず最初にアルメラルダ様をいいようにしようとする相手に怒ったからだ。

 やきもち焼いてくれるのは可愛いけど、そこのところはちゃんと知っておいてもらいたいものよね。


 ふふんと少ししてやったりな顔をしていたら、アルメラルダ様は眉間に皺を寄せながらもフォートくんを見た。


「マリーデル」

「ん、何」


 フォートくんはいつの間にか攻撃に参加していたけど、アルメラルダ様に声をかけられてこちらへ意識を向けた。


「あれは、要は呪いの塊のようなものなのでしょう。ならば星啓の魔女候補たるわたくし達二人で、その呪いを打ち砕きますわよ!」

「それは」


 アルメラルダ様の言葉にフォートくんは言葉を詰まらせる。そして気まずそうに眼をそらした。


「どこからかは知らないけど、話を聞いてたんだろ? 僕には無理だ。……僕は星啓の魔女候補じゃない。呪いを砕く力も無いよ」

「だからなんです」

「はぁ?」


 ばさっと切り落とされて不可解そうな顔をアルメラルダ様に向けたフォートくんだったが、その頬を勢いよく張り手が襲った。


「ったぁっ!! ……何するんだよ!?」

「情けない事を言うからですわ!」

「…………!」


 アルメラルダ様は私の手を引くと、ずいっと前に出てフォートくんの横に並び冥王を見上げる。

 今は補佐官候補達が善戦しているようだが、徐々に相手からの反撃を受けて苦しそうだ。最初は「これもう勝ったな」と思ったけど、そうでもない様子に……なにか決定的な一撃が必要であることが窺えた。現状だといくら攻撃を当ててもじり貧なんだろう。





 決定的な一撃。

 それこそ、アルメラルダ様が言ったように星啓の魔女候補二人が力を合わせるような。





「事情はあとでたっっっっぷり聞かせてもらうとして。……ここ一年、貴方はわたくしと対等に渡り合ってきたのです。わたくしはその力を認めて先ほどの申し出をいたしましたのよ。出来るか出来ないかは置いていて、まず返事すべきは「はい」の一言ではなくて!」

「……無茶苦茶だ」


 フォートくんは呆れたように赤く腫れた頬を押さえてアルメラルダ様を見るが、彼女は悪びれることなく胸を張っている。私は「アルメラルダ様マジアルメラルダ様だな」と笑ってしまい……ふと、思いついた。

 切迫した場で一番必要なのは、こうしてリラックスすることなのかもしれない。頭に余白が生まれれば、それまで思い至らなかった考えがパズルのように当てはまったりする。


「あの」


 くいっとフォートくんの服を引っ張って意識をこちらへ向ける。


「……フォートくん、入学する時だけ「星啓の魔女の資質」ごと完全模倣パーフェクトエミュレーションしたって言ってませんでした? それを使えば、アルメラルダ様を模倣して力を一時的に発揮できたりしません?」

「あ……」


 そう。かつてさらっと聞き流してしまった気がするが、確かそんな事を言っていたのだ。

 よくよく考えると一時的にだとしても特別レアな資質である星啓の魔女の力ごとコピーできるってのは凄まじいことで、フォートくんの特異性がスピンオフとはいえ主人公に足るものであることが実感を伴って理解できる。


模倣演技エミュレーションするのに必要な条件がそろっていれば、ですけど」

「えみゅ……?」


 首を傾げるアルメラルダ様が可愛かったので頭を撫でながら問いかけてみると、フォートくんはしばし考えてから頷いた。


「できる……かも」

「なら!」

「でも、失敗もするかも」

「よくわかりませんが、可能性があるならおやりなさい!」


 自信なさげに眉尻を下げたフォートくんをアルメラルダ様の叱責が襲う。すると眉がきゅっと上がった。

 この二人、コンビとして相性いいなぁ。


「……わかったよ! なら、アルメラルダ。少し魔力をもらうよ」

「よ、呼び捨て!? なんてずうずうし……」

「そういうの後にして」


 有無を言わさずフォートくんはアルメラルダ様の肩に手をかけ瞑想するように目を瞑った。

 すると手がぼんやりと光り、緑色の光がアルメラルダ様からフォートくんに移っていく。……魔法力の光だ。


 そして、数秒。


「……出来たっぽい」

「そんなあっさり!?」


 つい突っ込むと、フォートくんは面白くなさそうに鼻を鳴らしてアルメラルダ様を見た。


「僕、君のことそんなに嫌いじゃないよ」

「何を急に……」


 フォートくんはため息をつき、白状する。


「……模倣演技エミュレーション。ましてや完全模倣パーフェクトエミュレーションなんて、よっぽど僕自身からの好感度が高い相手でなくちゃ出来ないんだよ。だから、そういうこと。君はいいライバルだ。色んな意味で」


 意味深に私とアルメラルダ様を交互に見たフォートくんは、アルメラルダ様が口を開く前にニヤリと笑った。




「さて、準備は整ったよ。やるんだろ? 一緒に」

「なにを偉そうに。言い出したのはわたくしでしてよ」

「はいはい、そうだね。じゃあファレリアは僕たちの補助をお願い」

「あ、はい」

「それもわたくしが先に言った事ですわ!」

「はーいはい。そうですね」



 ケラケラ笑ったフォートくんの顔にはすでにマリーデルちゃんの面影はなく。……それは彼だけの笑顔だった。

 次いでそれは、アルメラルダ様によく似たものへと移り変わる。模倣演技エミュレーションが始まったのだ。



 二人は数秒見つめ合うと頷いて、同時に冥王へ向き直った。









「「さあ、覚悟はよろしくて?」」









 ダブルアルメラルダ様とか怖いなぁと笑いつつ、私もサポートのために魔力を巡らせる。もうきっとこれで決着だろうと、後先は考えずありったけの魔力を二人へと送った。

 その力は水が高いところから低い所へ流れ込むようにスムーズに二人へと馴染み、三人の力が共鳴していく。その心地よさはまるで音楽でも聴いているようで。


 準備が整うとそれを察した星啓の魔女補佐官候補達が、彼女たちの一撃を確実に冥王へと当てるべくそれぞれの力を振るい冥王の行動を制限する。

 整えられた攻撃の路は、さながらとどめのレッドカーペット。これは外しようもない。



 そして満を持して二人の攻撃が放たれると……それは星の名を冠するに相応しい力だった。






 まさに、流星。






 いくつもの光が流れ星のごとく冥王へと降り注いでいく。

 様々な色が混在する魔力の光はどこまでも眩くて、それが攻撃であることを忘れて見惚れた。

 


 そして。



 破邪の力を受けた冥王の断末魔が、隔離結界の中に響き渡るのだった。

















+++++















(……どうしよう)


 私はびっくりするくらい慌ただしかった数時間前を思い起こしつつ、一人で頭を抱えていた。

 現在ここは魔法学園の寮、自室。


 もろもろの事後処理や事情説明で本来私も忙しいはずなのだが、全てが終わった後に「貴女は休んでいなさい。話はアラタとマリー……フォートから聞きます」とアルメラルダ様に無理矢理部屋へ放り込まれたのだ。


 それに関しては事情説明が大変であろう二人に申し訳なくなりつつ、疲れていたのでありがたくはあるのだけど。




『あとで、来て』




 部屋に連れていかれる直前に、そんな言葉と共にこっそりフォートくんへ部屋の合鍵を渡してしまったのだ。


(だって、多分いろいろバレちゃったし? そしたらフォートくん、会う間もなく学園から居なくなっちゃうかも……しれないし……)


 しおしおと肩が沈んで首が項垂れる。


 ……もしそうだからといって、私は彼に何を言いたいのだろう。




 勢いで告白? なんかしてしまったけど、私が勘違いしていただけでフォートくんから向けられていた好意は勘違いだったかもしれないし。だってはっきり言葉にされてない。

 もし両思いだったとしても、多分フォートくんは魔法学園から去ることになる。彼は星啓の魔女候補でも貴族でもないんだから。

 今回の功績を思えば処罰されることはないだろうけど……。それでも確実にやってくるだろう別れ。




「あああああ、もう!」


 ベッドに飛び込みごろごろ転げまわる。馬鹿みたいだ。




 フォートくんは来るだろうか。

 来れなかったらどうしよう。

 でも来たら来たでなにを言う?

 私はどうしたい? フォートくんと、どうなりたい?

 そもそもあの騒動の後に色恋沙汰で頭を悩ませている私は馬鹿か?




 そんな事を考えていたら一睡もできないまま朝方だ。目がしょぼしょぼしている。



「はぁ……。…………寝るか。朝だけど」



 重々しいため息をはきつつもぞもぞベッドにもぐりこんだ。今日くらい授業休んでも許されるでしょ。

 そもそも学園自体、授業してる場合じゃないだろうし。


「はいはい終了終了。寝不足で考えることにろくなことはないんでぇ~す。おやすみ世界」


 そう言って目を瞑った時だ。








「ファレリア」




 部屋の外から聞きなれた声と、ノック音が響いた。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る