思惑crosswars(終)~木のポーズ→ヤシの木のポーズ


 隠す気もないように歪められた表情に第一王子は憂いを秘めた視線を覗かせたが、それも一瞬の事。

 すぐに自らの最も身近な肉親を詰問する雰囲気へと変化した。


「先ほどの私の言葉。……その意味は分かっているだろう?」

「……なにをおっしゃっているのですか、兄上」

「とぼけるのが下手だな」


 木のポーズを保ったまま第一王子は言葉を紡ぐ。


「いつの頃からかお前は次期国王にしか知らされていないはずの通路を通り、禁則地へ出入りするようになった。……緊急用としてこの学園にもその入り口はある。今お前が背にしている暖炉だ」

「そんな大事な事、この場で言ってしまってよいのか?」

「構わんさ。この場に居るのは私が信を置く者たちなのでな。今はようやく出してくれた尻尾を踏みつける方が大事だ」

「そうか」


 面白そうに笑う特別教諭(木のポーズ)を尻目に、第一王子は続けた。


「そのことを問うた私にお前は「国に潜む脅威を自分も目にしておきたかった」と言ったな。どこで知ったのか疑問にこそ思ったが、普段の様子を見るに別段変わったところは無かったゆえに納得はした。言っておくが、この納得はお前への"信頼"あってのものだったのだぞ」


 自分もまだ未熟だったという事だと小さくこぼし、その真紅の視線は弟を射抜く。


「……だが私には次期国王として、禁則地に関しての責任がある。監視を兼ねてお前の息のかからないものを護衛に据えた。それがアラタだ」


 その言葉に驚いたのは当のアラタである。

 確かにアラタを第二王子の護衛にと取り立てたのは第一王子だが、監視などという任務は何も聞かされていない。

 アラタはこれまで純粋に第二王子の護衛として勤めてきたのだ。


「!? 殿下、そんな事は一言も……」

「妙に怪しまれて解雇の理由をでっちあげられても困る。抑止になれば十分と、何も知らない君に頼んだ。……仲良く過ごしていたようだし、安心していたんだがな」


 アラタはただただ困惑する。

 ……己を鍛え王子の護衛に志願したまでは自分の意志。だが実際に雇用された理由にそんなものがあったとは思いもよらない。


「しかしそれでは甘かったようだ。実際、弟はこうして禁則地……冥府の門から汚染を受けていたわけだからな。信じたくは無かったが」

「…………」

「……証拠もないままになにをどう問い詰めて良いものかと、悩んでな。現在の星啓の魔女に相談もして、ずいぶん遠回りをしてしまった」

「冥府の門? 汚染? さっきから殿下、何の話をしているんですか」


 自分のペースで話を続ける第一王子に、生徒会長がついに我慢できなくなったとばかりに問いかける。第一王子はそれを一瞥すると、ゆるく首を横へと振った。


「説明はするが、その前に私たちと同じ格好をすると良い」

「先に説明してほしいんですが!?」


 ふざけた様に見えるポーズで至極真面目な顔で繰り出された言葉に生徒会長は叫んだ。無理もない事である。


 生徒会長、そして横で周囲の人間をきょろきょろ見回していた不思議くんとファレリア達に称されている少年は困惑するが……唯一、促されるままにポーズをとった者が居た。


「…………今の変な感覚、お前のせいか」


 低い声と普段の愛らしいさまが鳴りを潜めた鋭い目線で第二王子を睨むのは、マリーデルことフォート・アリスティ。

 ぎりりと噛みしめられた口元もあいまって、愛らしい見目に反して纏う空気はまるで獣である。


「…………やはり妙だな。マリーデル、何故お前まで呪いの余波を受けている。星啓の魔女候補のお前が。俺の研究に協力しなかった理由はそこか?」

「さあね。今はそんなこと、どうでもいいだろ」


 疑問を呈した特別教諭をぶっきらぼうに切り捨てると、未だ言葉を発しない第二王子に視線を向ける。それにつられるようにして、全員の視線が彼に集まった。

 苦々しく歪められていた先ほどまでとは違い、今はまるで仮面のように変わらない"無"の表情でたたずんでいる。その様相はどこか異様だった。



 第一王子はごくり、とひとつ唾を飲み込み……淡々と事実を告げていく。


「一年前の事件も、首謀者はお前だな?」


 その内容にそれぞれが息をのむ。

 多かれ少なかれ、この場に居る者は一年前に何があったのか小耳にはさんでいるのだ。


「アラタほどの強者に悟られないままに呪いを施せたのも、護衛対象のお前だったからこそ。現行で呪法を用いたことで決定打だ。……これについては間違いないな?」


 第一王子が問いかけるのは特別教諭。彼はどこか得意げに頷く。


「ああ。呪法を俺が感じ取ったからこそ、ここに来たのだろう。今も継続して使用されているから現行犯だ。よかったな? ……まあ、相手も誰が来ようとなりふり構わない呪法で記憶をいじれると高をくくっていたからこそ、だろうが。一年前とはこの呪いの強さ、わけが違うぞ。このポーズを研究していなければ手を出せなかった」


 真面目な雰囲気で述べているが、そのポーズは変わらず木のポーズ。傍から見たら妙な絵面であることに変わりはない。

 どうしたものかと思いつつ、生徒会の二人は大人しく木のポーズをとった。


「そのことでは本当に助かった。……あいつにはお前の研究を悟らせないよう、隠していたかいもあったしな。アラタに呪いの耐性が出来ていたことも知るまい」


 特別教諭に確認した後、次に第一王子が言葉を向けたのは自らの弟である第二王子だ。


「……なあ、弟よ。禁則地に封じられた悪しき者から洗脳を受けているのだろう? どうにか助ける。だから大人しく投降してくれ」


 その言葉には祈るような、懇願するような響きが含まれており……彼が弟を心から心配し、愛している事が窺えた。


 だが。




「それは都合の良い幻想というものですよ、兄上」




 ようやく口を開いた第二王子から無表情の仮面が剥がれ落ちる。その口元はひどく邪悪に、歪んだ笑みを浮かべていた。


「これは全て私の欲です。私の意志です」


 断言。


「馬鹿な! ならば……なあ、教えてくれ。お前は彼女達を貶めて何がしたい? もし国王の座が欲しいなら私を狙えばいい。だが彼女たちは星啓の魔女候補。国の要だ。それを害そうというのならそれは封じられた悪しき者の意志でなければなんだ! アラタを死なせようとしたのも何故だ? 私からの監視だと気づいたからか? ファレリアに至っても殺そうとする理由がわからない。私が今まで動けなかった一番の理由はそれだよ。動機が無い。こうして決定的に誰かを害そうとする場面まで動けなかった!!」


 余裕を保っていた第一王子の口調がまくし立てるように早くなる。それを一笑にふす第二王子。


「誰も理解できないさ。この世界の人間には。それでもいいなら教えてやろうとも」

「聞かせろ!」


 叫ぶように言い放った第一王子を前に、第二王子は自らの赤い髪を指先でもてあそびながら……薄い唇をひらいた。

 その瞬間、"静"だった第二王子の空気が爆発するかのように"動"を得る。






「アルメラルダは"堕ちる"ためにデザインされた子なんだよ!! ひよった大団円ルートになんて行かせるものか! 彼女は堕ちて堕ちて堕ちて、絶望と憎悪に濡れて死ぬのが可愛いんだ!!」


 眼球が飛び出るのではないか、というほど見開かれた目と大きく開かれた口から飛び出す異常なまでの声量。

 恍惚の表情でもって放たれたその動機に、流石に第一王子も訳が分からず硬直する

 

 ……本当に意味が分からなかった。







 しかしそこで。……それまで黙っていた者が口を開いた。






「ふぅん」


 一言。だがその響きは何処までも重々しい。


 彼女は木のポーズを比較的動きやすい、踵を上げ腕を伸ばす"ヤシの木のポーズ"へと変える。そのままぐっと体に力を入れ跳ね……前進した。その動きはさながらキョンシーだ、とアラタは場違いながら連想した。

 更に彼女は腰を曲げ前傾の体勢となり、風の魔術を後ろに放つ形でブーストとする!


 そして。





「ふざけんじゃないですよ、バーカ!!!!!!!!」

「がァっ!?」




 アルメラルダが取り巻き、ファレリア・ガランドール。


 彼女は強烈な頭突きを、第二王子の額に食らわせるのであった。




 



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