思惑crosswars(4)~とりあえずヨガは体に良いらしい

 開いた口が塞がらない、とはこのことだった。この緊迫した場面で木のポーズ。奇行である。

 だがファレリアはいたく真面目かつ真剣な表情だ。


「奇怪なものを見る目やめてくださいません!? や、気持ちは分かりますが! でもこれめっちゃ呪いに効くんですよ!! 特別教諭のアホがなんか言ってたのを思い出しまして! アラタさんが呪いどうこう呟いていたので、咄嗟に!」

「マジで!?」


 思わず普段はフォートとファレリアの前でしか使わない前世風の口調が飛び出る。

 そういえば一年ほど前、アラタが何者かに操られた前日。……特別教諭が警告と共にファレリアに「ヨガの動きが魔力の流れを良くし呪いごと流している」といった旨の発言をしていたと後から聞いた。

 だがそれにしたって、とアラタは戸惑いを隠せない。


「それってそんなに効くもん!? これ冥府由来の呪法だぞ!?」

「冥府由来!? おいおいタチ悪いなマジですか! なんかヤバそうだなと思ったら! ……でも効いてるんですから効くんでしょうよ!! こう、呪いが強いからかめちゃくちゃ感じるんですけどね! 呪法を雷とするならポーズをとっている今の私はアース!! なんかいい具合に……呪いが体内から排出されて、地面に流してくれています! デトックス感やばいですね! 余裕もないですが! というかですね、そういうわけですから、なんか平気そうなアラタさんはアルメラルダ様が怯んでいる間にアルメラルダ様に何かヨガのポーズさせてください!」

「え、え、え。おう! おう? ……は!?」


 勢いよく返事をしたものの、ワンテンポ遅れて脳みそがその意味を理解して困惑の声が飛び出る。だがファレリアはあくまでも「はよやれ!」という顔で睨んできていた。


(や……やるしかない、のか!?)


 一瞬前の自分の迫真の祈りは何だったのかと思いつつ、アラタは示された解決法に半信半疑ながら行動をおこすべく至近距離のアルメラルダを見据えた。

 ちなみにアルメラルダだが、握られた手とアラタの顔を交互に身ながら動揺しまくっている。呪いが解けたわけではないが、「状態・混乱」が一時的に上書きしているようだ。

 この機を逃す手はない。


「ちなみにアルメラルダ様が得意なポーズは猿王えんおうのポーズです!」

「なんて!?」


 えんおうのポーズ。まずとっさに字面が脳内で変換されない。

 一刻を争う時にその間は悪手だと気づいたのか、ファレリアが慌てて軌道修正に入った。


「ああああ教えてませんでしたっけ! じゃあ指示出すのでその通りにしてください!」


 呪いを流すためにポーズを崩せないらしいファレリアが凛々しい顔で指示を飛ばす。本当に珍しく凛々しいのだが、それが木のポーズから繰り出されているものだから奇妙で仕方がない。

 アラタは困惑しながらも頷いて、アルメラルダの体に手を添えた。……事案な気がして仕方が無いが、緊急事態である。


「ななななななな、なにをしますの!!」

「すまない。あとでいくらでも謝罪する」


 これは仕方のない事だと自分自身にも言い聞かせて、アラタはぐっとアルメラルダにポーズをとらせるべく体を引き寄せた。


 しかし抵抗する人間にポーズをとらせるのは、かなり難しいのでは?

 そう思ったアラタに飛んできたファレリアによる第一の指示はというと……。


「まず足を前後に開脚させつつ床に座らせてください! ぺたんっと! ぐにゃっと!!」

「ちょまっ、難易度ぉッ!!」


 叫んだ。

 難しい以上にそれをアルメラルダにさせる自分の絵面が何よりまずい。まず太ももは触る事確定ではなかろうか。


「アラタ、なにを……」


 アラタが介入してきてからは、その勢いにどうしたものかと再び硬直していた周囲の人間の中。

 ……アラタの本来の護衛対象である第二王子が動き、アラタの体に触れようとした。


 その時である。





 バンッ!!


 力強い音と共に重厚な扉が勢いよく開いた。





「なにやら面白い事になっているようだなぁ!」

「ここでお前が入ってくんの!?」


 思わず令嬢口調を投げ捨てたファレリアが突っ込んだのは、ファレリア達とは別の扉から入ってきた特別教諭。更にはその後ろにもう一人。


「……やはり、お前だったか」


 静かな口調でそう告げたのは、真紅の長髪をなびかせた第一王子だった。

 その内容も気になるのだが、まずアラタは叫ばせてほしかったし実際それを目にした瞬間、ノータイムで我慢できずに叫んだ。





「二人とも木のポーズしてる!?」





 そう。

 特別教諭も、次期国王たる第一王子も……それは見事な体幹でもって、木のポーズをしていたのである。


 ちなみにこの木のポーズだが、軸となる足の太もも内側にもう片方の足の裏側を添えるように曲げ、体の前で合わせた両手のひらを持ち上げ腕を頭上に伸ばすことで成立する。

 ゆえにそのまま動くには片足でぴょんぴょん飛び跳ねるしかなく、二人はその状態で部屋の中に突入してきたのだ。

 今のアルメラルダに敵意の感情を向けているフォートやその他生徒会役員の攻略対象も、その奇怪な動きに呆然とする他ない。呪いに侵された精神すら置き去りにさせる光景だ。


「ふっ! ファレリア・ガランドールの奇妙な動きが呪法を受け流すことは知っていたからな! こんな便利なもの、研究し取り入れないはずもないのだよ! このように呪法の香りがプンプンするところに無防備なまま入ってくるほど馬鹿でもない! 俺は天才なのでな!! 他の者はまんまと術中にはまっているようだが! ……マリーデル・アリスティまでも、というのはいささか疑問だが」

「まさか呪いに対してこんな対処法があったとはな。いずれ体系化して国に広めよう」


 大真面目なところ悪いが二人とも同じポーズをしていることもあってコントのようにしか見えない、というのがアラタの素直な感想だ。

 そしてその姿に戸惑っているのは、現在最も呪いの渦中にあるアルメラルダも同様。いつもきゅっと引き結んでいる唇は開いており、つり目も丸く見開かれてあどけないまでの無防備な顔でぽかんとしている。

 目の前の光景にはそうさせるだけの"インパクト"があった。


「…………」

「! 今だ! 失礼!」

「きゃあ!?」


 アラタはその更に出来た大きな隙を見逃さない。


「ええい、ままよ! この言葉初めて使った!!」


 そんな勢いと共にアルメラルダの太ももにスカート越しに手をかけ、前後に開かせながら床へ体を落とさせる。得意なポーズというだけあって脚は見事な柔軟性でもって開き、新体操選手のようにしなやかに体は地面に着地した。

 それを確認したファレリアが手先だけサムズアップにかえて頷く。


「ナイスです! そのまま両手を合わせて腕の上に! 顔が指の先を見つめるように上半身と顔を動かして固定してください!」

「ああああああああああ、もう! 絵面ァッ!!」


 叫びながらも指示通りのポーズにするため、アルメラルダの後ろから腕を回して両手を体の前で合わさせる。更にはそれを片手で持ち上げ、空いた手でアルメラルダの顎に手をかけ上向かせた。


 事情を知らない者が見れば、色々とアウトな絵面である。アラタもそれを分かっているからこそ悲壮な表情でそれを行っていた。


「よし、いいぞアラタ・クランケリッツ! そのままポーズを維持させろ! 効果はそうすぐに出まい!」

「本当にこれでどうにかなるんだよな!?」

「私もわからないですけど今はそうするしかないじゃないですか! 他に呪いをどうにかする手段、アラタさん知ってます!? 知りませんよね!」

「そうだけど!」



 室内は混乱もいい所だ。……しかしその中でゆっくりと後退する者が居た。

 アラタ達が入った場所は生徒会中央会議室。その真ん中には大きな暖炉が置かれている。


「…………」


 じりじりと動くその影にいち早く動いたのは、その存在をずっとマークしていた……第一王子だ。



「何処へ行く?」

「!」



 動きを止めたのは第一王子と同じく真紅の瞳と髪を持つ…………第二王子。

 現在その顔は快活で気さくな人柄を現したものではなく、苦々しく歪められていた。








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