思惑crosswars(3)~それは祈りにも似た
再度振って失恋させたことに気まずい思いを感じつつ、ファレリアにようやく今……誰に向けて、どんな想いを抱いているのかを自覚させたことにアラタは満足感を覚えていた。
死体蹴りなどと称されてしまったが……アラタが二人の仲を応援する気持ちは真実だ。
多少の打算があったとしても、自分が本当にファレリアから好かれていたことは素直に嬉しい。
それはアラタから見てもファレリアから見ても「恋愛」という形には落ち着かなかったが、これからも気安い間柄で過ごしていけるような気がしていた。
振った振られた後だというのにこうして今、なんでもないような話をしながら並んで歩けているのがその証拠である。
貴重な転生者仲間。何者かに呪いとして付け込まれるほどに疑いの気持ちを抱いておきながら図々しいかもしれないが、今後も仲良くしていきたいものだ。
不穏な気配がありつつも原作の進み具合も順調だ。「イベント管理」などという烏滸がましい意識からこの世界の物語が手を離れる日も遠くはないだろう。
そうすれば同郷のファレリアや共犯者のフォートだけでなく、他の人間も妙なフィルターを通して見る必要は無くなる。この護衛の任が終わった後……第二王子の護衛に戻ったとしても、今度はもう少し親しく接することも可能なはずだ。
アラタはそのことが今から楽しみだった。
そんな中。
ファレリアと共に入った生徒会室で見た光景に、アラタは目を限界まで見開いた。
「馬鹿な……! これは。この呪いは……!」
アラタはまず己の眼を疑った。なにかの見間違いではないのかと。
しかしいくら凝視しようとそこにある事実は変わらない。
いつもは眩いばかりに力強い生命の輝きを秘めているエメラルドグリーンの瞳。それが現在……汚水を煮詰めたような濁りで汚されている。
咄嗟に口走った「呪い」というワード。……信じたくないという思いを抱きつつも、すでにアラタの中で答えは出ていた。
呪い。
そして呪いの根源となるものを……アラタは知っている。
画面越しに繰り返し見てきた光景だ。
『なんでこの子は幸せになれないのかな』
リフレインするのは前世の自分の言葉。
作りものだと分かっていてもどうしてもやりきれなかった一人の少女の物語。
しかしその少女は今、生身の人間として目の前に立っていた。
「何故わたくしはこれまで、このような汚らわしい小娘が皆様に近づくことを自ら許容していたのかしら」
そう言って媚びてすり寄るような笑顔を、この場に居る攻略対象達へ向けるアルメラルダ。その違和感にはこの場に居る誰もが気が付いているだろう。
しかし困惑に加えて……彼らはまるで催眠にかかったように硬直している。部屋に充満するのは熟れた果物が腐ったような、甘い香り。
(ダメだ、これは。反則だ!)
この香りに侵されれば「目の前のアルメラルダ」をはじめから"そう"だったと思い込む。これはそういう類の物なのだ。
(だが、ありえない!! 本物のマリーデルは、ここにいないのに! キーイベントも起こってはいない!!)
頭どころか脳みそを掻きむしりたくなる衝動に襲われる。
アラタが真っ先に叩き潰したはずの、起こりうるはずのないルート……これはそこでしか起きえない事象だ。
そのルートの名は"冥府降誕"。
全キャラクターを攻略した後の周回で、一定の条件下の元に現れるイベント「女神への祈り」。
その条件の中には二週目以降で視認が可能となる、アルメラルダ自身の好感度を一定数上げる必要がある。
イベントの内容はこうだ。
現国王に呪いがかけられ、それを二人の星啓の魔女候補が解こうとする。
しかし協力するべき場面でアルメラルダはマリーデルに負けまいとして焦り、持つべき力を発揮できなかった。
そんなアルメラルダの心に流れ込むのは国王を呪っていた「何か」の意志。それまで育んできたマリーデルとの絆は星啓の魔女の力ごと反転し、彼女は依り代とされた。
このあたりの設定はゲーム後の時間軸として描かれる「ファレリア・ガランドール」の番外編でも似たものが流用されている。
反転した星啓の魔女候補の力。
それは正しく星啓の魔女としての力を備えていたマリーデルと反発することで……冥府を封じていた門を開く鍵となってしまうのだ。
今のアルメラルダの様子はゲームで呪いの意志が流れ込んだ時と同じ。
このイベントの恐ろしい所はアルメラルダ本人にとどまらず、呪いに対し耐性を持つ星啓の魔女候補、マリーデルを除いた人間全ての認識を一時的に塗り替えてしまう事だ。
それはいかに星啓の魔女候補に呪いを打ち払う力があろうと排除が適わぬ"強制イベント"。
憎悪や嫉妬の心を呪いの意志によって過剰に煽られ歪められたアルメラルダ。
それが彼女本来の姿だと周りも認識し、その振る舞いに対して数多の叱責、罵倒、軽蔑が向けられる。
一応それまで行ってきたマリーデルへの虐めなどが暴かれる形でもあるため自業自得でもあるのだが、だとしても。
……それは理不尽という名の暴力だった。
この毛色の違うイベントを起こすために、制作陣が無理くり組み込んだようにしか思えない。
認識可能になった二週目以降のアルメラルダの好感度数値も、唯一彼女が無事に終わる大団円エンドにはいっさい関係ないのである。
この理不尽の塊のごときイベントを起こすためのトリガーでしかないのが質が悪いことこの上なかった。
原作マリーデルがいくらやめてほしいと訴えても止まらない罵倒の嵐に、わずかに残っていたアルメラルダの本当の心も完全に折れ、塗りつぶされる。
そこだけしっかりアルメラルダ側のモノローグも描かれるのだから、このゲームの一部製作者たちの「悪役令嬢虐」性癖は徹底していた。
どうして自分ではなくマリーデルばかり。
……そんな絶望と共に、血の涙を流しながらアルメラルダは呪いの具現、冥王と一体化しラスボスとなり果てる。
周囲が正気に戻った時にはもう遅い。
マリーデルがかろうじて守った攻略対象者以外のすべての国民は冥府降誕の生贄とされ、国は冥府、死者の国へ様変わりする。アルメラルダを倒すまでゲームは終われない、トラップのような裏ルート。
……無事クリアできたとしても、そこにアルメラルダ救済はいっさい用意されていなかった。
だが、まず前提条件が違う。
国王は呪われていないし、そもそもそれとて「本物のマリーデル」が居なければ、まず発生すらしないイベント。
星啓の魔女候補が"二人"そろうことで、現役の星啓の魔女の力が代替わりに備えてわずかほころぶ。今持ちうる女神との契約の力を"二人"へ分散させ、与えるからだ。
その隙間につけこんだ冥府が行動を起こす。
候補者がアルメラルダ一人しかこの場に居ない今、封印は未だ強固であるはずだ。
……誰かが冥府を封じている、女神神殿地下の封印の門そのものに干渉でもしない限り。
(でも、下手すれば国が亡ぶルートだぞ!? いくらなんでも、こんな……! ありえない! マリーデルが偽物だと知らないなら、なおさら!!)
これを起こしうるものが誰か想像した時、最も可能性があるのは「設定」を知る転生者。
だがもし犯人が転生者だとするならば。……冥界門の事を知っているなら、まず間違いなく回避のために動くはずだ。動かないまでも、触れないはず。
現にアラタは何年も前から準備し替え玉まで用意した上で、原作前に最悪のルートは回避している。したはずだった。
だというのに目の前で再現されているのは悪夢の序章である。
そこまでして悪役令嬢のむごたらしい死が見たいのか?
とても正気とは思えない。
そして純粋に腹立たしい。
(ふざけるな! なぜ彼女を否定する!!)
アラタは憤りのままに室内に入り込もうとするが、その前に改変された現実が脈打ち始める。
「見損なったよ、アルメラルダ」
「マリーデルに、ひどいこと、しないで」
(まずい。精神汚染が始まっている……!)
脳内を目まぐるしく数多の考えが通り抜けていったが、その間も現実は進んでいた。
マリーデルを罵倒し続けるアルメラルダの様子は「悪役令嬢」としてはあまりにも雑だが、このルートにそれは関係ない。どんなに不自然であろうとも周囲が「そう」と受け入れる。
(しかも……!)
「……へぇ。それが君の本性か。面白い人だと思っていたけど、僕の勘違いだったようだね」
打ち据えられた頬を押さえながらアルメラルダを見たマリーデル……否、フォートの眼は冷え切っていた。
この少年は幼少期から姉を守るために常に冷静であろうとし、必要ならば何かを排除することをためらわず生きてきた。怪しい取引を持ち掛けたアラタも最初はこの眼で見られたものだ。
本物の星啓の魔女候補ではない彼も現在は呪いの対象となる。
そして目の前に居るのは、姉に扮する自分を傷つけた敵だ。
アラタは察する。今この場に本物のアルメラルダを知る、彼女の味方が居なくなっていることを。
そして……唯一正常に動けるのは、一度精神を侵され星啓の魔女となるべき乙女の一撃で正気に戻された自分だけだという事も。
今ならわかる。
一年前自分に向けられた呪法も、質の悪い冥界由来のものであったことが。あの時からすでに敵対者たる転生者は禁断の力を用いていた。
(しかも俺に気付かれないままに、そんな力を俺に用いることが出来る人間は……!)
嫌なことに気が付く。それは心のどこかで予想しながらも、信じたくなくて見ないふりをしていたもの。
だがそれはいったん無視した。今はそれ以上に大事なものがある。
アラタは気づけばアルメラルダの腕を強くつかんでいた。
以前は自分が呪いから救われた。
(なら、今度は俺が!)
「アルメラルダ様!」
「! なんですの、貴方は! この無礼者!」
「無礼は承知の上だ! あとで謝る! ……だけど、その前に聞いてほしい。今の貴方は正気を失っている」
「はぁ?」
自分が呪いの影響を受けないまでは良い。しかしそれだけではなんの解決も出来ない。
呪いを祓えるのは星啓の魔女候補だけ。だがその彼女は星啓の魔女候補でも抗えないほどの呪いの力を身に受け書き換えられてしまっている。
それほど強力な呪いを退けられる者は、この場に居ない。本物の主人公はアラタが国外へ逃がしてしまった。
動いたはいいものの結局は言葉で訴えかけるしかなく、アラタは己の無力さに歯噛みした。
何年も耐えて準備して今も考えを巡らせて行動して、それでもたったひとつの禁じ手にひっくりかえされる盤面はなんて脆いのだろうか。
本物の主人公が居ないため鍵となるもう一つの星啓の魔女の力が無い今、冥府降誕だけは起きえない。だとしても……アラタにとって現状は最悪に近い。
自分の時と、そしてゲームと同じなら。今の状況を目にしている、本物のアルメラルダの心が存在する。このことを見ている、覚えている。だとするならば。
(このままでは、アルメラルダの心が壊れてしまう!)
彼女を救うヒーローに自分を見立てて奮起するため、勝手に縋った前世の推し。だが今は推しなどという概念関係なく、実際にこれまで共に過ごしてきたアルメラルダという少女が粗雑な呪いに侵されていることが許せない。
「……この一年、ずっと近くで貴方を見てきた! その前も! 二年、遠くから見ていた! アルメラルダという人間を!」
少しでも届けと言葉を紡ぐ。そして、つい先ほどした会話を思い出した。
『……ま、原作だのゲームだのキャラクターだの。そんなの私たちが勝手に言ってるだけで、人間ですからね』
そうだ。
ずっと親しい人間までもを「キャラクター」として見るのが嫌だった。そんな自分が嫌だった。
けど一年、一番助けたいと思い一番好きだった「キャラクター」の彼女を見てきて育った感情。
そこにフィルターはかかっているだろうか。
思ったより強情で。
思ったより強引で。
かと思えば驚くほど素直で。
人を振り回しながらも繊細で。
婿修行なんて聞いた時は唖然としたが、自分に特訓を仕掛けてくるアルメラルダの表情は活き活きとしていた。
それ以上に活き活きとしていたのはファレリアに構っていたり、マリーデル……フォートと言い合いをしている時だったが。
そんな彼女を見るのが好きだった。幸せだった。きっとこの子には自分が知る不幸せな未来なんて来ないと思ったから。
安心していた。
だが、それが目の前で覆されようとしている。
「貴女は呪いなんかに負けたりするような人じゃないだろ!」
「呪い? なにを……」
今この場でそれを知っているのは自分だけだ。彼女を引き戻せるのも、きっと。
ずっとずっと望んでいた。前世から。
だけど今はプレイヤーやファンとしてだけでなく、彼女を見てきた一人の人間として心から願う。
「俺は貴女に……笑っていてほしい……!」
無力なままに、強くつかんでいた彼女の腕を離す。
そして……祈る様にアルメラルダを両手を掴んだ。
「ぴゃっ!?」
「……ぴゃ?」
するとアルメラルダの様子が変わった。掴まれた両手を見て限界まで目を見開いている。
「アルメラルダ様、ダンス以外で異性にそんな至近距離で手を掴まれた事ないですからね! 耐性ないんですよ可愛いですね! 腕は大丈夫でも手のひらは駄目と! ほほほ! 実にお可愛らしい!」
「! ファレリア! 貴女は大丈夫なのか!?」
後ろから聞こえた声に振り返る。先ほどから言葉を発しないファレリアもまた呪いに吞まれたのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
だが……。
「なんで木のポーズを!?」
ファレリアは何故か、以前教えてもらったヨガの「木のポーズ」をしていた。
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