星降り注ぐSinfonia(1)~怠惰クズもたまには仕事をするようです

 頭にくる、という経験は実はそれほど多くない。それは前世の自分を含めてだ。


 これは寛容だとか優しいだとかいうプラスの人間性によるものではなく、その逆。

 私は面倒くさい事が嫌いなんですよ。怠惰極まりないマイナス方面の人間性こそ、私の本質である。

 でなければ結婚だの婚約だのが面倒くさくて、実家で長くぬくぬく過ごすために悪役令嬢の取り巻きになろう! などという発想は生えてこない。


 予言師の時のように抵抗しなければ決定的に自分が害される場面でもない限り、「怒る」という無駄に体力を使い、波風立ててその後で余計に面倒くさくなる行為もしないのだ。


 だから黒幕と発覚した第二王子がいくら気持ち悪い発言をしたからといって、彼が持つ危険で未知数な力を思えば「下手に刺激したら危ない。周りに優れた人間も多いのだから、判断は彼らに任せてここは様子を見るべき」とわきまえるはずだった。


 しかしふたを開けてみれば、私は"行動を終えた後"でそれを考えているわけで……。


 ………………。


 一言でいえば「ヤチマッタナー」という気分を味わっていた。




「ふざけんじゃないですよ、バーカ!!!!!!!!」




 話しを聞いた後、気づけばそんな風に叫んでいたんですよね。おまけに額には鈍痛。

 どうやら私は「カッとなって手が出る」という行動に出たらしい。実際に出たのは頭でしたけどね。



 まあ、これもひとつの正解だ。そう後付けで納得する。

 流し込まれた情報量に理性面は混乱したままだけど、そういう時はシンプルに体と直感の動くままに行動するのもひとつの解決策ってやつですよ。ええ! ……うん…………そうだと、思いたい。

 あ、あれですよ。直感といったって、それはこれまで自分の体に蓄積されてきた"経験"が引き起こすものですもの。行動の選択肢としては有り寄りの有りです! ……多分。

 ぐるぐる考えた後でも結局同じところに行きつく、ということも多いですからね! ……おそらく。


 いや、まあね? その結果が頭突きであることは、自分でもどうかと思うのですけれど。頭突きとか前世含めて初めてやったわ。


 これではアルメラルダ様ばかりを蛮族と言えないなと思いつつ、私は脳の揺れに目を回しふらついた。

 思考だけは元気に動いているものの、荒事に慣れないこの体では頭突きはかなりハードだったようである。





「ファレリア!」


 後ろに倒れそうになっていると、フォートくんに抱き留められた。今の彼は女の子寄りの体型になっているため体は柔らかいけれど、なんなく人間一人を受け止められるあたりやっぱり男の子だよなって思う。

 でもヨガのポーズを崩してしまって、呪いの影響は大丈夫だろうか。


 それにしてもなんだろうねヨガ。どうなってるんだヨガ。健康のために幼いころから続けていたけど、ポーズ一つで呪いを断ち切るとかどうなってるんだヨガ。歴史の長さは伊達じゃないってかヨガ。

 記憶の図書館とかいう知識蓄積チートの中で最も役に立ったのがヨガとか、あらゆる意味で予想外だよ。


(……あ、でも。呪い、途切れたっぽい?)


 ヨガについて考えを巡らせていると、気づけば先ほどまで体内に流れていた呪法の嫌な気配はぶつりと途切れている。

 目の前の第二王子を見れば相手も相手で頭をグラグラさせており、どうもこいつの脳みそも揺らすことに成功したようだ。そのことで力の行使が難しくなったとか、そんなところですかね。咄嗟の頭突きは思いのほか功を奏したらしい。

 おいおい、なんだよやるな私。




「! アラタ!」

「……! おう!」




 するとフォートくんもそれに気づいたのか、アラタさんの名を呼びアイコンタクトを送った。アラタさんもその意味を理解したのか、頷く。

 こういう所にこれまで「十二人の攻略候補」達の好感度を平等に上げていくというクソハードミッションを行ってきた者同士の絆というか連携を感じる。以心伝心ってやつですね。

 ……ちょっとだけ、羨ましい。かも?


 などと感心していると、それまでざわついていた音が遠くなる。――――アラタさんの隔離結界だ。



「……ッ、しまっ」

「……これで、冥界門から送られていた呪力も途切れるでしょう」


 そう言って犯人……もとい第二王子を見つめたアラタさん。


 相手の正体を知ってもなお敬語を崩さない所に、これまで積み上げてきていた"はず"の関係性を感じた。

 どうやらそれも、今の憎々し気な第二王子からの視線を見るに……一方からは取り繕われたもの、だったらしいが。

 それでもなお、アラタさんの瞳は困惑で揺れている。




 ちなみに現在だが、アラタさんが使用している隔離結界の「魔法階級深度」は五ほど、と思われる。

 これは現在確認されている限り、隔離結界の中でも最高難度と言われているランクだ。


 あまり魔法の成績がよろしくない私でもそれがわかるのは、その特徴。

 ……周囲から私、アラタさん、フォートくん、第二王子以外の人間が消えている。場所は変わらず生徒会の中央会議室であるにもかかわらず、だ。

 高位の隔離結界はその場に複数人いようとも、術者が選択した人間のみを連れて簡易異界へ連れ込むことが出来る。

 発動展開の難度に加え相応のリスクも存在するが、第二王子へ注がれている冥界由来の呪力の流れを断ち切る、その場に居ながらアルメラルダ様や他の人間から相手を引き離す……といった目的として使用するには最適だろう。


 そしてアラタさんがここまで使える、というのは今初めて知った。「切り札は最後まで取っておく」というやつだろうか。





 ……それにしても、頭というか額がマジで痛い。


「いたたたた……」

「馬鹿。無茶するから」

「うす……」


 額を押さえながら涙目になっていると、フォートくんが癒しの魔力を額へとあててくれる。一年前はアルメラルダ様に駄目出しされていたそれも、今ではずいぶんと上手くなった。……温かくて気持ちいい。

 これ、ホットアイマスク的に目元へやってもらえたら気持ちいいのではないだろうか。まだそんな場合ではないというのに、うっかり力を抜いて身を委ねてしまいそうだ。安心する。

 フォートくん、めっちゃいい匂いするしな……。体も魔法アイテムで擬態している今、柔らかくてふわふわしているのだ。


 とかなんとか、美少女少年にデレてリラックスしている時だった。



「……お前たちは、何者だ」


 眼前の第二王子から絞り出すような声で問われる。

 おっと、リラックスしてる場合じゃねぇや! 敵の真ん前だよまだ!


 途切れかけていた緊張の糸を張り直し、第二王子に注意を払う。



 私たちの考えが当たっているならば、私とアラタさん以外の……三人目の魂の同胞。

 あまりそうは考えたくないのは、考え方が違いすぎるからだ。



 気さくで朗らか、寛容で社交的。……そんな普段の王子とはかけ離れた歪んだ表情。そんことに今は怒りより気味の悪さが先行している。

 それだけ普段の第二王子は明るく尊敬できる人柄だったのだ。全部演技だったことを考えると不気味でしかない。


 固有の能力を用いて「マリーデル」像を作ってきたフォートくんや、「真面目で堅物」な魔法騎士を装っていたアラタさんのように……彼もまた「第二王子というキャラクター」を作り、演じて来たのだろうが。

 動機が先ほど聞いたものだとするならば、その欲求はすさまじい。そして根深い。



 要はこいつ「悪役令嬢の虐げられて死ぬ様がめちゃくちゃ可愛くて好きで見たいから国滅ぶような力にも手を染めました!」……ってことですからね!


 頭沸いてんのか。頭突きのひとつもしたくなるわ。




 けど私が最も頭に来たのは、国が亡ぶうんぬんよりもアルメラルダ様を「悪役令嬢」という型に押し込めて物事を考え、それを彼女に押し付けようとしたことだ。


 正直すっごく腹が立った。

 私自身がまず「悪役令嬢アルメラルダをそこそこ悪役令嬢に抑えて行き遅れてもらいたい」などという身勝手な欲求を押し付けて近づいたくせに、勝手だなって思う。棚上げもいい所よ。

 それでも相手の言いざまが気に食わなくて咄嗟に暴力へ及んでしまったことを考えると、どうやら私は、思った以上にアルメラルダ様にご執心らしい。

 愛情表現だったからといってあれだけの暴力を受けてそれはマゾか? って我ながら思うけど、今ではもうアルメラルダ様の取り巻きやってない自分が想像できないのよね。




 アルメラルダ様は蛮族で、高飛車で、身勝手で、人の意見を聞かないし強引だ。悪役令嬢に相応しい素養が盛り盛りである。

 でもその反面、強かで、向上心があって、努力家で、意志が強くて、面倒見が良くて過保護な。





 ……この私、ファレリア・ガランドールの大事な友達で、幼馴染だ。





 今さらそれを反則級の呪いチートなんかで塗りつぶされてたまるものですか。

 棚上げ上等。大事なのは今ですよ、今。なう! 怠惰クズだってねぇ、たまには仕事をするんですよ!



 この先の事はまったく考えていないけど、それだけは強く抱いた私の偽りのない気持ちであった。








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