そして交わるquartet(2)~野次馬教諭があらわれた!

「ふむ。星啓の魔女、候補者二人が揃い踏みか」


 ガサガサと茂みをわって現れた目隠れもさもさポニテ緑髪男……昨日いろいろかましてくれやがった研究塔の特別教諭は、頭に葉っぱをくっつけながら実に楽しそうだった。

 もしやこいつがアラタさんを操ったのでは? とも考えたけど、特にこちらを害してくる様子はないし犯人ならわざわざ前日に私へ忠告する意味も分からない。

 ……決めつけるのはまだ早いか。少し様子を見るべきかもしれないですね。


 そう結論付けるも、いざ奴を目の前にすると昨日された事を想い出しぞわっと肌が泡立った。

 眼球舐められるとか今も前世も初めてなんですよ!!


 一晩でその気持ち悪さを払しょくするのは無理だったようで、怖気づくように足が一歩後ろへ下がる。

 するとそれを察してくれたのか、さりげなくフォートくんが前に出てくれた。た、頼もしい!

 ……こういう所、フォートくんってめちゃくちゃ男の子よね。




 予想外の人物が現れた事。そしてその発言内容に、私たち三人はそれぞれ困惑する。

 しかしはたとあることに気が付き、こめかみに青筋が浮きそうになった。


(……って、ちょっと待て。拳を叩き込むとか言ってたって事は、こいつ結構前から見てやがったな!?)


 アラタさんの凶行に関する関係者ではなさそうだけど、質の悪い野次馬といったところだろうか。

 は、腹立つなこいつ……! あなた仮にも教師なんだから助けなさいですよ。


 しかし私たちの困惑など知った事かとばかりに、特別教諭はフォートくんの後ろに隠れる私へと顔を向けた。

 私も特別教諭を睨みつけていたので、その長く鬱陶しい髪の毛の向こう側にある視線とバチリとぶつかる。


「思っていたより早く災いを被ったようだな。一体誰の不興を買ったのだね? ガランドール」

「清く正しく生きてきましたけど!?」


 ビビりながらも反射的に返すが、特別教諭は答えなど求めていなかった様子。

 あっさり私に興味を無くしたように首を動かすと、木につるされたアラタさんを見て顎をさすっていた。


「……まあいい。さて、その男は俺があずかろう。正気に戻っているか、確証も無いままでは不安だろう? 見張っておいてやるとも」


 本来ならありがたい申し出である。だが相手は学園の教諭とはいえ、あまり信用できない相手。

 下手にアラタさんを預けて何かの実験台にでもされたらたまらない。


 どうするべきか私が悩んでいると……意外なことに声をあげたのはアルメラルダ様だった。


「……任せておけませんわね」

「ほう? どうしてだね、アルメラルダ・ミシア・エレクトリア」

「貴方の人間性を知っているからですわ。訳知り顔なのも胡散臭い。それに言葉からしてすいぶん前から見ていたご様子ね。……生徒の危機を放っておいて野次馬するような人間、信用できるとでも?」


 あ、アルメラルダ様も気づいていたのか。

 というかこいつ、アルメラルダ様にも胡散臭い思われてんじゃねーですか。

 誰から見ても胡散臭いのだけど、一応アルメラルダ様も補佐官候補に絞っている相手のはず。その相手に取り繕うこともなくそういった評価を下すのだから相当だ。


「これは……手厳しい。一応、俺も補佐官候補なのだろう。もう少し媚を売ってくれても良いと思うのだが」


 自分で言っちゃったよ。

 しかしアルメラルダ様はその発言をぴしりと叩き落す。


「それとこれとは話が別ですわ。さて。……クランケリッツを連れて行くというのなら、わたくしも共に参ります。よろしいですわね?」

「アルメラルダ様!?」


 思いがけないその内容に驚く私を前に、アルメラルダ様は笑みを浮かべた。


「貴女の好きな人ですものね。このわたくしが責任を持って見ていましょう。……刃物を振りかざす相手を前に飛び出て、わたくしを守ろうとしたご褒美とでも思っておきなさい」

「アルメラルダ様……!」


 思わずじ~んとしてしまった。あ、アルメラルダ様が私のために動こうとしてくれてる……!?

 しかし冷静に考えて、申し出はありがたいものの変態とアルメラルダ様を二人きりにするのは憚られる。だって眼球舐めてくる男ですよ!?

 万が一アルメラルダ様がその毒牙にかかったらと思うと、自分の時以上に嫌な気分がこみ上げる。


 私はアルメラルダ様を見つめながら勢いよく挙手した。


「なら私も行きます!」

「駄目よ。貴女はしっかりと治療を受けてらっしゃい。一応処置はしましたけど、万全ではないわ。……ああ、そうそう。保健室ではなくわたくしの部屋に行くのよ。わたくしのメイドが治療魔法に長けているのは、貴女も良く世話になったのだし覚えているでしょう」


 そこで言葉を区切ると、アルメラルダ様は意味深な目をフォートくんにむけた。


「……アリスティ。ファレリアの付き添いを頼めるかしら?」

「……! ……私でいいんですか?」

「貴女以外に居ないのだから、仕方がないでしょう」


 まさかアルメラルダ様に私を託されるとは思っていなかったのか、フォートくんはポカンと口をあける。私も驚いた。

 その反応に溜飲が下がったとばかりにアルメラルダ様は笑みを深くする。

 ……こちらの笑みは私に向けた柔らかいものではなく、だいぶ悪辣だ。悪役令嬢スマイルとでも呼ぼうか。


「仲良しを自称するならしっかりと送り届けなさい。ああ、ファレリア。そのことも後で聞かせてもらいますわよ。仲良しになったのなら、わたくしにも教えてもらいたかったわ。ねぇ?」

「ふぁ、はい」


 最後にじろりと睨まれて肩をすくませた私である。ど、どう説明したらいいんだろう……!


 ……まあ、後の事は後の私に任せよう。







 そうして研究塔に向かう二人と一人(気絶中)を見送ると「そうだ」と思い出してフォートくんに向き直った。


「ごめんなさい。せっかくもらったお守り、さっそく壊れちゃいました」

「それは別にいいよ、君が無事なら。……でもぼ、私も未熟ですね。手を切られたくらいで壊れる護符だったなんて。しかも怪我、防げていないし」


 しょんぼりと肩を落とすフォートくん。

 先ほどからうまく"マリーデル"を取り繕えない様子の彼は、私の首元に目を向けた。


 ペンダントトップの飾りについていた宝石は砕け散り、今そこには何の力も宿っていない。

 聞けばそれは効力を発揮した時、製作者であるフォートくん自身に護符の発動を伝えるのだとか。やはり。

 それで彼は私に何かあったのかと、学園中を走り回って探してくれていたんですね。



 ですが、なにやら誤解を与えている様子。

 この魔法護符は不発に終わってなんかいない。確かに私の命を救ってくれた。


 ちゃんとそのことを伝えた上で、改めてお礼を言わなければ!


「いえいえ、そんな! ちゃんとこれには守ってもらいましたよ! えーと……これが壊れたのはですね。さっき殺されかけた時でして……」








「「は?」」








 私がそう述べると、目の前の少女少年と、Uターンしてずかずか令嬢らしくない足取りで戻ってきた公爵令嬢が異口同音に柄の悪い声を発する。

 アルメラルダ様、今の距離で聞こえたんですか!? 結構遠くにいたと思うんですけど!


「ちょっと待って殺されかけた? それ初耳だけど? 詳しく話して?」

「わたくしもでしてよ。聞いていないわ。すぐに話しなさい」


 至近距離からそれぞれ系統は違うとはいえ麗しい美少女顔に詰め寄られ、私は「おおう」と圧に押されながらまたもや藪蛇ったかと察しつつ、抗うすべもなく問いにぺろっと答えた。


「あ……と。いや、そのですね。さっきここへ来る前に、アルメラルダ様の部屋でアラタさんに刺されたんですよ」

「あの男やはり息の根止めてきますわ」

「待って待って待って!? 未遂ですし、操られてたっぽいと言ったじゃないですか!?」

「事実こそ全てよ」

「ちょ、だから待っ、おぁぁあああああ! 力つよっ! マリーデルちゃんも止めるの手伝って下さ……おおおおおお!?」


 事情を話した途端、扇に"必殺"に相応しい魔法力を宿してアラタさんのもとに向かおうとしたアルメラルダ様。それを羽交い絞めにして必死になって止める。

 しかしその力は強く、ここはフォートくんに助けてもらおうと協力を呼び掛けたのだが……。


「や、やめんかマリーデル! こいつは俺が連れて行くと……」

「胴体だけで我慢してくれませんか?」

「首だけ持って行く気か!?」


 こちらはこちらで特別教諭からアラタさんを回収しようとしていた。

 それも会話内容がなかなかに不穏だな!? ちょっと、ちょ、待て待て待て!! ちょっと二人とも落ち着きましょうか!?









 なんとか私が弁舌を駆使して二人を止めたのは、それから十分後のことだった。










 あの変態特別教諭まで慌てさせるとは……と生唾を飲み込みつつ、私はさっきの続きを話す。


「えーっと……ごほん。それで、ですね。マリーデルちゃんがくれたお守りのおかげで事なきを得たんですけど、アルメラルダ様がアラタさんと待ち合わせをしていたでしょう? これは大変だと思って、刺された後に慌てて走ってきたというわけですよ。つまり走れるくらいに元気! 問題ありません!」


 アルメラルダ様の視線がそこで初めて私の首飾りに向く。

 今まで服の下に隠していたので、アルメラルダ様が目にするのは初めてだ。


「アリスティが作ったお守り?」


 視線と共に問われ、フォートくんが頷く。


「決闘の後に、友情を記念して差し上げました」

「……私、この魔法護符が無ければ確実に殺されていました」


 今さらになって体が少し震える。

 昨日といい、散々だ。それが特別教諭が言うようにこの眼が呼び込んだものだというならとんだ邪眼だよ。


「……ともかく、その時からすでにアラタさんの様子は変でした。これ以上は情報らしい情報は無いのですけど……やっぱり呪われてたって事でいいんですよね? 先生」


 途中、ついでなので特別教諭にぶん投げた。

 頼みますよ。一応先生なのですから、あなた。生徒の疑問には答えてください。


 特別教諭は私からの突然のパスにも慌てず、ひとつ頷いた。


「……ああ。精神操作を受けていたことは間違いないな。……詳しくは俺の研究室で調べよう。二級魔法騎士ほどの魔法耐性を持つ奴を操る呪いの構造、興味がある」

「貴方にお任せすること自体はすごく不安なので、後で他の先生にも行って見てもらいますね」

「水を向けておいてその言い草かガランドール」


 不満そうにする特別教諭を無視すると、私はフォートくんに頭を下げた。


「本当に、命を救われました。ありがとうございます」

「いいえ、ファレリアが無事なら私はそれで。……けど話を聞いて納得です。何年も両親が祈りを込めてくれた星石を使った自信作だったから、壊れた様子を感じて本当に驚きました」

「ちょっと待ってくださいフォ、マリーデルちゃんこれに使ってた石ってもしかして形見とかだったりします!?」


 さらっと飛び出た聞き捨てならない情報にぎょっとなる。

 改めて砕け散った意志を見て、さーっと体温が下がっていくのを感じた。


「ええ。でも、そんな事どうでもいいじゃないですか。ファレリア」


 けれどフォートくん自身は飄々としていて、本当に気にしていない様子だ。なんだかじれったくなる。


「どうでも良く無いんですが!? だって、粉々……!」











「命の方が大事だろ。君の」











「え……」


 一瞬フリーズする。


 マリーデルの口調かと思ったら突然地の言葉使いで言われたそれに、心底彼がそう思っている事が伝わってきた。

 心臓が跳ねる。


 この子、どこまでいい子なんだ……!?




 私が申し訳なさやら嬉しさやらがない交ぜになった感情によって慌てていると、パンっと手に扇を打ち付けるいつもの音が聞こえた。

 当然、アルメラルダ様だ。


「……ふん、マリーデル・アリスティ。少しは見直してあげましてよ。……それにしても、形見。貴女、ご両親を亡くしていたのね」


 安定しないフォートくんの言葉使いに困惑しつつも、アルメラルダ様は初めて知った「マリーデル」の背景に少々認識を改めた様子だ。

 ……アルメラルダ様、自分のご両親の事を尊敬しているし好きだからな。フォートくんに親が居ないと知って、なにか思うところがあったのだろう。


 そのことにちょっぴり良い兆しを感じつつ、私は今度こそ研究塔に向かうアルメラルダ様と特別教諭を見送った。



 さて、私もフォートくんと一緒にアルメラルダ様の自室へ向かわなければ。

 おそらくアラタさんが使用した隔離結界が解除されてる今、普通に使用人たちに会う事が出来るでしょう。




(アルメラルダ様の、部屋)


 脳裏をよぎる赤と、ほんの少し震えた体には……気付かないふりをした。


 






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