そして交わるquartet(1)~クソデカため息を吐き出して

 薄暗がりの中、カーテンの隙間からわずかに差し込む陽光を受けて何かが光る。

 それは美しい銀の細工であしらわれた鏡だった。

 しかし普通の鏡とは違い、それが映すのは目の前でなくはるか遠くの森の中。


 …………鏡の前には項垂れ、ブツブツと何かをつぶやいている男が一人。





――――失敗した。





 その事実を知ると、遠方で起きている出来事を映し出す鏡を拳で叩き割る。

 おそらくそれと繋がっている使い魔の命は潰えただろうが、そんなものに興味はなかった。


「どうしてだ。くそっ、何故生きている。確かに殺したはずだ。木偶人形アラタの目を通して確かに確認したのに」


 先ほどまで使い魔と同じように己の眼となっていた魔法騎士の視界も、すでに見ることはかなわない。呪いが解かれ、自身とのつながりがなくなったからだ。



 男は砕けた鏡の破片を見下ろす。

 先ほどまでそこには己が焦がれる少女と、邪魔者二人が映っていた。




 


「ちがうちがうちがう」

「アルメラルダはこうじゃない」

「何をマリーデルと仲良くなっているんだ。虐めはどうした?」

「今まで原作通りだったじゃないか」

「どこで狂った?」

「やはりあの女か。ファレリア・ガランドール」

「それにアラタ・クランケリッツ、お前もだ。モブのような顔に騙されたがお前のような男も原作にはいなかった」

「存在しなかったんだ、あの二人は」

「やはりお前たちが居るからだ。だから原作のように進まない」

「お前たちが居なくなればきっとマリーデルもアルメラルダも元の関係に戻る」

「マリーデルが愛する男は誰だ? 助けてやらないと」

「マリーデルの愛した男でアルメラルダの今後も決まる」

「だが今のままでは下手すれば大団円エンドだ。どうしてそんな手間ばかりかかる道に歩を進めているんだ」

「一人を愛せ。ただ一人を。そうすればアルメラルダもその男を愛す」

「堕ちろ堕ちろ堕ちろ。それが見たい。それが見られないなら意味がない」

「だからお前たち二人は邪魔なんだ。何故生き延びた。何故!!」


 息と共に吐き出されていく言葉の濁流。狂ったようなそれを聞くものは、幸いなことにこの場にはいない。

 ただただ男の声だけが暗い部屋に反響し、更に強い狂気を帯びていく。




「ああ、見たいみたい見たい見たいみたいみたいミタイミタイみたい見たい見タい」




 同じ言葉を延々と繰り返してから……ひと呼吸。

 男は最後に恍惚に満ちた表情で、叫ぶように言い放った。





「堕ちるために生まれた悪役令嬢、アルメラルダの美しい最期エンディングを見たい!!」












+++++












 これはどういうことか。


 アルメラルダ様に問われたものの、私自身がまず一連の出来事を理解できていないため困ってしまう。

 さてなんと答えたものかなぁ……と私が腕組みして首を傾げた時。

 この場で聞くとは思っていなかった人の声が、耳を打った。



「ファレリア!!」

「ふぉ……マリーデルさん?」



 焦ったように私の名を呼んだのは、汗だくで息を荒くしているマリーデル・アリスティ……もといフォートくん。その様子からここまで走ってきたことが窺えた。

 いったいなぜここに。それと現状を知らないはずの彼がどうしてこうも焦っているのだろうか。


「アリスティ?」


 アルメラルダ様も突然現れた憎らしい競争相手を前に不思議そうにしている。その表情からはいつもの険が取れており、どこか幼い。

 ……そんな顔になるくらい、彼女もまた現状についていけていないのだ。


 まあ、それもそのはずですよね。


 告白してきた相手が自殺しようとしたり、それを突然飛び出してきた私が阻止したり、かと思えばその相手が襲い掛かってきたり。追加でその現場へ普段忌まわしく思っている小娘が現れた、と。


(じょ、情報量過多)


 どこから理解の糸口を掴めばいいのか、流石のアルメラルダ様でも困ってしまったらしい。

 私だってこうして思考することで現在進行形で状況把握をしているところですからね。まったく整理できていませんが。


 とりあえず現状間違いないのは、アルメラルダ様の中でアラタさんの株が地を這うどころか地下に到達している事だけである。早々に誤解を解いてあげたいところなんだけど、今の理解度では難しい。

 どうしたものか。フォートくん側の事情も気になるし。



 …………などを考えていると、いつの間にか近くに来ていたフォートくんが私の手首を掴んだ。


「……ッ! やっぱり、護符が砕けてる。なにがあったの。その手は!?」

「あ、え。怪我? ……怪我? ああ!」

「そんな今気づいたみたいに! それ、けっこう深いだろ!」

「う、うん。みたいですね?」


 言われてから私はようやく自分が怪我をしていたことを思い出す。

 ばっくり割れた手のひらの裂傷からは、未だに鮮血がしたたっていた。


 アルメラルダ様もフォートくんの言葉に呆けていた顔から一変。

 ぎっと目尻をつりあげると、彼を肩で突き飛ばして私の手を取った。


「おバカ! 止血なさい!」

「え、ああ……はい。……あれ……うわ……うわ!? うわあああああ痛い痛い痛い! 意識したら急に痛くなってきた!」

「当たり前でしょう! あああ、もうこんなに血が……!」


 私もアルメラルダ様もいいとこのお嬢様なので、ここまでの出血を見たことが無い。怪我する時も主に打撲だったしね。

 だからかアルメラルダ様は一瞬眩暈を覚えたようにふらついたが、すぐに持ち直して私の手に治癒の魔法力を流してくれた。

 ……あったけぇですわ……


 けどそれは横から伸びてきた手に阻止される。


「馬鹿はあんたもだ! そのまま治癒してどうする。まず水で洗い流してからだろ。変に治すと跡が残る!」

「ばっ!?」

(うおおおぉぉ!? フォートくん、口調! 口調!!)


 完全にマリーデルちゃんでなくフォートくんとしての口調だったので私が焦ってしまったが、アルメラルダ様はこれまで生きてきた中で人に言う事はあっても言われることなどなかった「馬鹿」という呼称に目を白黒させている。

 マリーデルちゃんしてる時のフォートくんは優しいからな……。こんな暴言、絶対に吐くまい。


 そしてそのフォートくんであるが、柔らかく発生させた水の魔術で私の血を洗い流し、ハンカチを裂いて傷に巻いてくれた。その所作はどこか手慣れている。


「……一応、応急処置はこれでいい、はず」

「あ、ありがとうございます」

「……! おどきなさい。応急処置とやらが終わったのなら、あとはわたくしの番です! 貴女、治癒の魔法成績はあまりよろしくなかったでしょう」

(アルメラルダ様フォートくんの成績とか把握してんの!?)


 思ったよりライバル研究してたんだなとビビっていると、アルメラルダ様が再度フォートくんを押しのけて、ずいっと距離をつめてきた。

 二回も突き飛ばされた事にムッとしたのか顔をしかめたフォートくんだったが、そこでようやくこちら以外……周囲を見回し、ぶっ倒れているアラタさんを発見する。


「ファレリア、説明をしてもらっていい? 何があった? どうして僕が渡した護符が砕けるほどの攻撃を受けたのか、それを知りたい」


 フォートくんとしても訳わからないだろうな。

 けど彼がここへ焦って来た理由だけは、今の言葉で想像がついた。貰った護符に細工がして有ったっぽいですね。


 ともかく質問されたからには答えねば。私としても頭の中でぐるぐる考えるより、何か聞かれる形式の方が情報を整理しやすい。


「それは……」

「……アリスティ。貴女、本当はそんな話し方をする人だったの?」

「!!」


 私が答えようとしていると、その前にアルメラルダ様の疑問の声が挟まった。


 現在苛立たし気に頭を掻いたりしてるフォートくんの所作は荒々しく、口調も少年そのもの。

 アルメラルダ様が疑問を抱くのは当然だろう。さっきまでは馬鹿って言われた事の方が衝撃的だったみたいだけど。


 更に。


「しかもファレリアの事を呼び捨てとはどういうことかしら!? 決闘の時もファレリア先輩などと呼んで図々しいと思っていたけれど、呼び捨てですって!? 気安いにもほどがありましてよ! この庶民!」

(あ、そっち突っ込むんだ!?)


 動揺するフォートくんを前に、アルメラルダ様はビシッと開いている方の手で彼を指さす。


 余談だがこの世界、めちゃくちゃ西洋風のわりに公共言語は日本語である。そのためくんちゃん様呼び捨てなどなど、相手に対する呼び方のバリエーションは豊かだ。

 多分創造主たちが日本人だからだろうけど、それが現実となっている今も適応されてるあたり奇妙な気分。



 ところで呼び捨てについて問い詰められたフォートくんだtったのだが、しばし何か考えた後…………なにやら開き直ることにしたらしい。


「……気安い? ええ、そうですね。でもそれは仲がいいからですけど?」

「え」


 思わず声をこぼした私に、フォートくんはにっこり笑いかけてくる。


「ねっ、ファレリア。決闘の後から友情が芽生えたんですよね~! 私たち!」

(そ、そう来るかー!)


 ぱぁぁっと花開くような笑顔。

 しかしそれはマリーデルちゃんの模倣演技エミュレーションをしている時のような向日葵のような朗らかで明るいものではなく、もうちょっと圧が強いっていうか……。自己主張強めっていうか……。

 だけどそれは演技をしているようでしていない、フォートくん自身の笑顔のようだった。


 私は顔が引きつるのを感じつつ、こうまで言われて否定するわけにもいかず頷く。

 もう隠すの無理だろこれ。


「えーと、はい。ソウデスネ」

「ねっ!」

「そうですね! もう戦いを終えた私たちは親友ですよ!」


 笑顔にもかかわらず高圧的な念押しに思わず勢いよく肯定すれば、次に不穏な雰囲気を発し始めたのはアルメラルダ様だ。

 な、なになになに! 二人してスズランやカスミソウのように儚く可憐な私を挟んで妙なオーラ出すのやめてくださいよ!


「へぇ……親友」

「はい。ところでアルメラルダ先輩、魔力が乱れてますよ。補助しましょうか?」

「なっ」


 じとりとした目で私を見たアルメラルダ様だったが、治癒のために上下から私の手を包んでいた自身の手を更に上下から挟まれてぎょっとした様子だ。その手は当然フォートくんである。

 …………流された力は、彼女が使う治癒魔法を安定させるための補助魔法。


 それに気が付いたアルメラルダ様は忌々しそうに舌打ちをする。


 余談だけどその気合入った舌打ち、貴族令嬢がするようなそれじゃないんだよな。どこのチンピラですか。

 私にはいつも淑女らしくあれと厳しいのにそういうところ駄目っすよアルメラルダ様。これ言ったらせっかく治療してもらってるのに拳が飛んでいそうだから言いませんけども。


「余計なことを……!」

「我慢してください。ファレリアの傷の処置が終わるまで」

「くっ」


 ……なにやら奇妙な構図となってしまいましたね。二人の星啓の魔女候補から手を挟まれ治療されている私、何。

 いやめちゃくちゃ痛かったので助かるんですけど……。


 しかし痛みが和らいでくると、ようやく考える余裕が出てきたので私は地面に転がるアラタさんを見る。


「あれ、一応拘束しておいた方がいいですかね。事情はよく分からないのですけど、多分アラタさん操られていたと思うのですよ」

「……そういうことか」


 フォートくんはアラタさんの横に落ちている血に濡れた刀を見ると、器用に風の魔法を指ではじき飛ばし刀を遠ざけた。

 次いでアルメラルダ様が片腕を振るい魔法詠唱をすると、近くの木々から蔦が幾本も伸びてくる。

 それらがアラタさんの体を拘束し、吊り上げた。ミノムシのような有様はちょっとおもしろい。


(さっすが優秀……)


 この二人なかなかいいコンビなのでは? とか思ってしまう。

 本人たちに言ったら怒られてしまいそうだけど。



(……にしても。ほんっとこの後はどうしましょうねぇぇぇぇ。クソデカため息が出ちゃいますわ~)



 私の見立てではアラタさん操られていた説が濃厚だけど、その理由と手段が不明だ。まず誰にどう報告したものか。

 下手をすればアラタさん自身が学園生徒に刃を向けた罪に問われかねない。


「操作の呪法がかかったままであれば、まず解呪しなければなりませんね。アルメラルダ様、誰に頼みます?」

「…………。その前に、ファレリア。あなたはさっきの行動が、クランケリッツ自身のものではないという確信があるの?」

「それは、はい。アラタさんって結構愉快な人なので。少なくともこんな凶行に走る人ではないですよ」

「……思ったより、仲が良いのね」


 「仲が良い」と言われたことに少々照れてしまう。

 アルメラルダ様は「照れられても困るのだけど」と呆れたようにため息をつくも、それ以上の追及は無かった。



 そんなアルメラルダ様だったが、ふと私たちのやり取りを見ていたフォートくんに顔を向けた。

 ん? フォートくん、心なしかさっきより不満そうな顔をしている……? 放っておいてしまったから、拗ねたのだろうか。


 そのまま数十秒、じ~っとアルメラルダ様が見てくるものだから、ついにはだんまりを決め込んでいたフォートくんが口を開く。


「……なにか?」

「いいえ。ところで、さっきのが貴女の地かしら? 誤魔化せた、とでも思っている? しっかり覚えていましてよ」

「!!」


 瞬間、焦りを見せるフォートくん。いや、もうだいぶ今さらだね!?

 それを見たアルメラルダ様はにまっと顔を緩めた。


「まあ。まあまあまあ。はつらつ元気で愛らしさが売りのマリーデル・アリスティが、あんな男の子のような言葉使いをするだなんてねぇ! 正体見たり、という奴ですわね~! ほーっほほほ!」

(はつらつ元気って思ってたんだ)

(愛らしいって思ってたんだ)


 意気揚々と揚げ足取りをしているつもりらしいアルメラルダ様だったが、それを聞いていた私たちは微妙な顔だ。


 マリーデルに抱いていたイメージそのものはだいぶ好意的じゃんアルメラルダ様。……本人気づいていないっぽいですけれど。


 そうか。アルメラルダ様の中でフォートくん扮するマリーデルちゃんの評価ってそんな感じなんだ。

 ハツラツ元気。

 なるほどなぁ。





 とまあ、そんなふうに。

 微妙に脱線しながらも、アラタさんをどうするか、という事に私たちが頭を悩ませていた時だ。






「そいつはもう大丈夫だろう。呪いの力は霧散している。……候補段階とはいえ、流石は星啓の魔女だな。まさか拳を叩き込むとは思っていなかったが」

「!?」





 その場に居るのが当然! とでもいうかのように自然な動作でもって……特別教諭が姿を現したのだった。


 しばらくあんたの顔は見たくなかったよ!













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