昼下がりのbetray(終)~勝利の拳は優雅に閃く
走る。走る。走る。
我ながらアルメラルダ様のためにこんなに必死の動きを見せた自分に驚いた。
もつれ転びそうな走りは注目を集めたけど、足を止めることなく私は森へと駆ける。
健康のためにそれなりに運動しているといっても、こんな全力疾走することなんて滅多にない。そのため息はぜーぜー上がっているし、喉には鉄の味。前世の私が学校行事で長距離マラソンをした時もこんな様子だったっけ。
そんなふうに酸素の周らない頭でぼんやり取り留めなく考えつつ、気づけば森は目前へと迫っていた。
先ほどの恐怖で一瞬足がすくみそうになるが、歯を食いしばって地面を強く踏み、ラストスパートをかける。
どうかアルメラルダ様が無事でありますように!
「……つまり、あの告白は誤解であったと?」
「そ、そうです。アル……エレクトリア様には恥をかかせるようで大変心苦しいのですが……。人として尊敬している、という敬愛の意でした。けして自分のような者が貴女様のように高貴な方に恋慕するなどという、烏滸がましい感情を抱いたわけではないのです。ただあの時は焦ってしまい咄嗟に……。本当に申し訳ございませんでした」
「そ、そう! ま、まったく。迂闊で間抜けな人なのね、あなた」
「返す言葉もございません……」
「…………!」
間に合った。
そう思いつつ、木立の間に居る二人の様子を窺えばアラタさんの様子はいつもとかわらない。アルメラルダ様相手にひどく緊張した様子で言葉を選んでいる様子が見て取れた。
遠目なのではっきりとは分からないけど、私の返り血(偽)もその体には付着していないように見える。
でもそれは偽血が霧散しただけかもしれないしな……。現に私の体を濡らしていたそれも、さっき魔力に還元されて空気に溶け消えてしまったし。
(でも……普通だ。やっぱりさっきのアラタさんは、偽物って線が濃厚かしら……?)
未だに刺された事実を飲み込めないため、自分にとってまだ都合の良い想像をする。
刺されたことそのものも恐ろしいが、知り合い……それも好きな人にだなんて悪夢は無い方がいいに決まっている。
(いや、けどわざわざ偽物用意してアラタさんの姿で私を殺してなにかいいことあるか? うーん。でもアラタさん本人に殺されるような覚えもないし……)
考えるも答えは出ない。これはもう直接本人に問いただすしかないのではないかと考えたけど、それもそれで難しい。
現在はもしアラタさんがアルメラルダ様に何かしようちしてもすぐに飛び出せるよう構えてはいるけれど、ここで出ていってアルメラルダ様の前で「なんで私を殺したか」って聞くのは流石に憚られるというかアルメラルダ様への説明が難しそうだし、かといってアルメラルダ様が去った後に二人きりになってからというのもね……。
もしさっきのアラタさんがここに居るいつものアラタさんと同一人物だったら、今度こそ殺される。
(ま、まずい。対して武力もないのに単身で来てしまった……!)
今さらなことに気が付き、誰かについてきてもらえばよかったと嘆く。
……けど今から誰か呼びに行っても、その間に何かあったらダメだろうと身動きが取れない。
ほとほと己の間抜けさに呆れ、打ちのめされつつ。私は固唾をのんで二人の様子を窺った。
話を聞いている限り上手い事アルメラルダ様の誤解は解けたようですね。うんうん、平和ですね。
頼むからこのまま平穏に終わって別れてくれ。そしたら私はアルメラルダ様側に合流して、アラタさんに関しては改めて誰か強い人に一緒に来てもらって問いただすから……。
しかし。
つい一歩近づいて、枯れ枝を踏んで音を出してしまうなんてベタオブベタなベタオブザイヤーな事をやってしまった自分を心底アホだと思った。
そしてそのわずかな音にも優秀な魔法騎士であるアラタさんが気づかないわけもなく。
……グルんっと人形の首をまわすようにこちらを向いたアラタさんにひゅっと息をのんだ。
そして私を見た途端……彼の眼がどろりと濁ったのである。
―――――既視感に加え、強烈な違和感。
「あなたは、誰!!」
気づけば叩きつける様な声で
間違いない。これはもし体がアラタさん本人のものでも、きっと中身が異なる。
証拠なんて無いけれど、断言できるほど本能に訴えかけてくるなにかがあった。――――"これ"は違う、と。
私の声が聞こえた途端、アラタさんは腰の刀を引き抜いた。
「!」
「ファレリア!?」
銀色の刀身が目に映ると、とっさに腕を広げてアルメラルダ様の前に躍り出た。さっきから後先考えない行動が多すぎて嫌になる。さて、これにどう対処する!?
…………だが。その刀がこちらへ向けられることは無く。
刃が添えられたのは、アラタさん自身の首!!
「ばっ!!」
馬鹿。そう言い切る前に、体は動く。
躊躇いは無かった。というか躊躇ってる暇なんて無かった。
こんなんばっかりですかマジで。私って意外と本能で動くタイプだったんだな。こんな土壇場で知りたくなかったですけど!!
私は大股で前に踏み込んで一気にアラタさんとの距離を詰めると、刀身を掴んで前へ引き、アラタさんの首から離す。
今度はもう守ってくれるお守りはない。偽物でも幻でもない自分の血がぱっと飛び散った。
(痛い痛い痛い!! でも、今はそんなの気にしてる場合じゃない!!)
相手が偽物かどうかなんてまだわからないけど、もし本人への憑依系のケースなら死なれては困るんですよ! その人、私の好きな人なんですから!
「ッ! アラタさん! 正気に戻ってください!!」
言いながら腕を振りかぶり、人生で初めて他人の顔に平手をおみまいした。やられる側なら幾度となくありましたけど、自分が人を素手で攻撃するのは初めてです。
だけどそんな初使用のひょろい平手はなんなく掴まれ……今度こそ、その害意は私に向く。
「い゛ッ!!」
掴んでいた刀を引き抜かれ、手のひらに深い裂傷が刻まれる。あまりの痛さに眩暈がした。
そして刀が振り上げられ……閃く銀色の刀身を前にした私は、今度こそダメかと覚悟する。
だけど私はどうやら、勝利の女神さまに守られていたらしい。
ゴッ!!
「…………え?」
かなり痛そうな音がした後、ドサっと地面に倒れるアラタさん。
私はそれを呆然としながら眺めた後、真横から伸びている白魚のような優美な腕の先を辿った。
「……フンッ! このわたくしがファレリア以外に直接拳で手を出したのは、貴方が初めてでしてよ。光栄に思うのね」
腰にひねりをくわえた熟練のポーズで拳を突き出していたアルメラルダ様は、パンパンッと手を掃ってから私を見た。
「それで? これはどういうことかしら。ファレリア」
私もよくわかんねっす。うす。
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