昼下がりのbetray(3)~突然のトラウマ案件

 私が特別教諭に奇妙なことを言われたその翌日。

 今日の特訓が終わった後にアルメラルダ様の自室でお茶をしている時だ。


 アルメラルダ様は途中からそわそわした様子で時間を確認していたのだが、ついには紅茶のカップを置いて立ち上がる。

 どうしたのかと話を聞けば……。


「呼び出された?」

「ええ」


 頷くアルメラルダ様。その様子を見るに、これからその呼び出した人の所へ行くらしい。


 珍しいな。普段なら「このわたくしにわざわざ足を運べというの? なんて不敬なのかしら。自分から会いに来るのが最低限の礼儀というものではなくて」とか言って絶対行かないのに。


「相手はどなたなのです?」


 なにやら私も他の取り巻きも連れていかない雰囲気だったので、純粋に好奇心で聞いてみた。

 するとアルメラルダ様は視線をうろうろさ迷わせる。最近よく見る表情だ。


「……もしかして、アラタさんですか?」

「!」


 アルメラルダ様の肩が面白いくらいに跳ねた。アルメラルダ様、こういう所が尻尾を逆立たせた猫みたいで可愛いよな。

 そして驚くアルメラルダ様とは反対に、私はほっと胸を撫でおろした。


(そうか。ようやく会う気になってくれたかアルメラルダ様……! よかったね、アラタさん)


 アラタさんはこれまでも誤解を解くためアルメラルダ様に会いたい旨を第二王子を通して(王子をも使うあたり切羽詰まり具合がよく分かる)伝えていたのだけれど、アルメラルダ様ずっと誤魔化しては避け続けていたものね。

 でもこれで一回会ってさえしまえば、アルメラルダ様の誤解も解けてアラタさんも一安心できるだろう。


 そう「よかったよかった」と一人安心ムードになっていたのだが、くいっと服を引っ張られた。……ん?


「……いっしょに、来る?」

「いえ、結構です。そこまで野暮ではないので」


 不安そうな顔で問われた(珍しい!!)けど私は首を横に振る。内心なんだその可愛い仕草は! と思ったものの表に出すとまた鉄拳が飛んできそうなのでぐっと我慢。

 そんな私の様子を見て、アルメラルダ様はほっとしたような、でも少し不満なような……二つの感情が入り混じった器用な二面相してみせた。


「貴女は、もうちょっと……。…………。いえ、なんでもないわ」


 一瞬何かを言いかけたアルメラルダ様だったけど、フンっといつもの調子で髪の毛をかきあげると颯爽と部屋から去って行った。

 私はそれをひらひらと手を振って見送る。


 待ち合わせ場所は人目を避けた庭園横の森らしい。多分、先日アラタさんが木になっていた場所だな。人目につかず、少しでも緊張をほぐせる場所として選んだのだろう。

 

 


 一人残された私は、さてどうしようかと考える。他の取り巻きーズも居ないし暇だな……。

 とりあえずアルメラルダ様の部屋から出るかと、扉の方へ向き直った時だ。


「ぎゃわっ!?」


 至近距離に立派な胸板の圧。その存在感のわりにまったく気づかなかったので、驚いて変な声をあげてしまった。

 ……そして後ろに立っていたのは、今ここに居ないはずの人。


 切れ長の目が、私を見下ろしていた。


「え、アラタさん!? ど、どうしたんですか。アルメラルダ様、もう待ち合わせ場所に行きましたよ? ……というか、どうやって部屋に?」


 アラタさんの性格を考えても女性の部屋へ勝手に入るなんて考えられないし、第一アルメラルダ様の部屋は公爵令嬢だけあって常に使用人が居る。

 この奥に位置する寝室へ来るまでに、誰かに止められるはずだけど……。主の最もプライベートな部屋に男を入れるはずがないし。

 

 しかしアラタさんは黙ったまま何も答えなかった。

 奇妙な沈黙が私たちの間に落ちる。


「……?」


 わずかな違和感。それは音だ。周囲の生活音が薄い膜一枚隔てたように遠ざかっている。

 それはすでに慣れ親しんだ感覚で、ここが隔離結界の中となっている事が知れた。


「アラタ、さん?」

「…………」


 ……やはり様子が変だ。


 ここ最近ずっと変だったと言えばそれまでだけど、今日のはそれとも違う。行動が行動だし、何か緊急事態でもあったのだろうか。

 それを問うために口を開きかけた私だったのだが……。












 ドッ


「ぇうっ」











 

 鈍い音が耳穴に入り込む。

 何の音だろう。


 体がわずかに浮いた。

 腹に受けた衝撃は何だろう。



「…………?」


 なにが起こったのか理解が追い付く前に、自分の体を見下ろした。

 大ぶりのナイフ。それが私の腹から生えている。

 足元には見る見る間に血だまりが出来ていき、その光景はとても非現実的に見えて……。


 がくんっと膝が崩れ、血だまりに体が沈んだ。

 鮮やかな赤が跳ね、周囲の高級家具に不格好な模様をつける。


「ハッ……はっ……! …………!?」


 訳が分からないまま息を荒くして床に這いつくばったまま上を見上げると、冷たく鋭利な視線とぶつかった。







「お前はいらない」







 平坦で感情のこもらない声が私を断罪するかのごとく告げる。


 それを聞いたのを最後に……私の意識は途切れた。





























 …………って言う感じの、死んだふりをしていただけなんですけどねぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!!


























 我ながら崩れ落ちるところとか、完璧な演技だったと思う!


(ビックリしたビックリしたなにこれなにこれなにこれびっくりしたなにこれビックリしたビックリしたなにこれなにこれなにこれびっくりしたなにこれ)


 ドッドッドと心臓が激しく脈打っているのを感じる。背中には冷や汗がびっしりと張り付いていた。

 けど今。……私が生きている事がバレたら、今度こそ本当にられかねない。

 そのため私はアラタさんの気配がこの部屋から去るまで、人生において最も真剣な「死んだふり」を続けなければならなかった。


 ピシャリ

(!)


 私の血もとい、水の魔術で構成されたフェイクの血だまりを踏んで遠ざかっていく足音が聞こえる。


(へ、ヘイヘイヘーイ。杜撰ずさんですね。わざわざ証拠を残していってよいのですか~?)


 そんな風に内心で茶化してみるが、そうでもないとやっていられなかった。平静を保てない。




 私は未だに何が起きたのか、何を誰にされたのか。

 目にしながらも、正しく理解できていないのだから。






 それからしばらく。








 アラタさんが去った後、私はゆっくり身を起こした。

 腹部に打撲の痛みこそあるが、血を流すような傷は負っていない。


「本当に、守ってくれた……」


 昨日のフォートくんの言葉を思い出す。


『これ。……決闘の時に魔法を付与したカードをあげただろ? それの応用で作ってみた。化身と杖っていう触媒が無くても、自動的に効果を発揮するはず。気休めにしかならないかもだけど、渡しておくよ』


 首元からぶらさがっている細いチェーンが、ちゃりっと音を立てる。その先に絵札に似た長方形の薄い板がペンダントトップとしてついていて、そこにはめ込まれた魔法石は無残に砕け散っていた。

 ……役割を終えたのだ。


 これは昨日フォートくんがくれたお守り。それが私の命を助けてくれた。


 私を凶刃から守り、害してきた相手を欺くための幻と実体のあるフェイクを作り出す効果。それが発揮した力だったようだ。

 端的に言えば「持ち主をあらゆる害意から守る」だろうか。


 作った本人は気休めだと言っていたけど、これガッチガチに魔法式で構成された高度な魔法護符タリスマンじゃん……!


 決闘の時もデッキ構成に使ったカードは全て自作だと聞いて、この子の才能性能どうなってるんだと思ってはいたけれど……。まさかこんなものまで作れるとは。

 これもう売り物レベルだし飯食っていける。


 …………これが無ければ私は今、間違いなくここで死んでいた。




 そこから更に数分。隔離結界の解除も確認してから、震える体を搔き抱きながら身を起こした。

 体は無傷だが刺された時、刃で肉を押される生々しい感触が未だに残っている。

 思わずえずきそうになるが、なんとか唾を飲み込み堪えた。


 ……今は震えて身動き取れなくなってる場合じゃない!

 アラタさんの様子は明らかにおかしかった。


(つーかおかしいどころかこっちは殺されてんだよ一回よぉッ!! 未遂だとしても! 好きな人かつ同郷者からのとんだ裏切りにこっちの心はズタボロですよ!!)


 …………。

 落ち着こう。それもすでに過ぎたこと。

 自分の気持ちに構ってばかりでは、なにか別のものが取り返しつかなくなる。

 今はその予感の方が怖い。


 脳裏をよぎるのは、その様子がおかしすぎるアラタさんに呼び出されて、待ち合わせ場所へ向かった少女の姿。



「アルメラルダ様……!」



 私はもつれて転びそうになる足を叱咤しながら、彼女たちの待ち合わせ場所へと走ったのだった。




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