本編裏側こぼれ話【白亜の魔法使い】(特別教諭視点)


 研究塔の特別教諭。

 そう呼ばれている男はかつて、現在所属している国の敵国から呪術工作員として送り込まれた間者だった。


 目的はこの国の守りと豊かさを盤石のものとしている星啓の魔女を倒す事。

 そのためにまず行ったのは強力な呪いの依り代を見つけ、調整を加えながら育てる事だったが……。





 思いがけず、それは彼の人生において大きな分岐点となる。





 白亜の魔法使い。そう呼ばれる存在が居る。


 彼なのか彼女なのかも分からない。ただ奇跡の様にその功績だけが、ほとんどそれがの魔法使いのものであると知られること無く世界のあらゆる場所に散らばっている。

 気づいた者達だけがその存在を信仰するがごとく崇め、呼び名をつけた。


 男が魔法使いを目指した最初のきっかけは、白亜の魔法使いの軌跡を全て辿り……いつか会ってみたいという純粋なものだった。

 しかし男の祖国では単純な好奇心や憧れだけでは魔法を学べない。学べばその末に必ず"義務"がついてまわる。


 魔法を学んだものはもれなく国のため軍人となるのだ。

 学習機関や知識者は全て国が握っており、無断で魔法を教えようものなら強く罰せられ閉じ込められる。

 そういう国だ。


 しかし溢れる好奇心と憧れを押さえきれなかった男は迷いなくその世界に足を踏み入れた。

 魔法と共に"それ以外"も学び、純粋だったがゆえに新しい色に容易く染まってしまった彼は実力を見込まれ、重要任務の工作員として重宝されるようになった。敵国への単騎潜入はその集大成といって良いだろう。


 ……その国で幼いころに憧れた「白亜の魔法使い」に導かれたという少女に出会う事となるとは、まったくの予想外だったのだが。




 うまく敵国にもぐりこんだ後は、我ながら出来すぎなほどにスムーズに依り代となる子供を見つけた。更には言葉の巧みさに加えて微量の薬や幻惑魔法で彼女の両親に取り入ることが成功した時点で、作戦は半ば成功したようなもの。

 あとは肝心の子供。不気味な赤い目をした呪いの依り代としては極上の素材を言いくるめ、数年かけて完璧な器へと育て上げるだけである。


 古来より不吉なものとして扱われている変赤眼へんせきがん。それを持ちながらも普通の子供の様に育っていた子供に対し、最初は周囲の愛情だけがその要因だと考えていた。

 だからこそ、それを奪えば容易く崩れて己の手の内に落ちてくるだろうと甘く見ていたのだ。


 しかし子供は男が彼女の両親や使用人が彼女を排斥するような目で見るように仕向けても、いっさいくじけず……あろうことか単身で男に食って掛かってきたのである。

 普段を居ている限りぼ~っとしている頭の弱い子供に思えていたが、男に向ける敵意と豊富な罵倒の語彙力は実に苛烈。


 加えて、この眼は恐れるような者ではないと篭絡したはずの両親や使用人に向かって演説を始めて見せたのだ。

 だがその内容には男すらも強く興味を引かれた。



(それがあの魔法使いの功績だと、何故お前のような子供が知っている!?)



 容易く手玉にとれると思っていた呪いの依り代とするべく選んだ幼い少女。

 しかし彼女はその特異な目について、白亜の魔法使いに導かれたというではないか。

 それをもってして、この自分に反論している。己の呪われた目をものともしないで食いついてきている。


 滔々と白亜の魔法使いとの出会いに加えてその功績をまるで見て来たかのように語る少女を前に、男はかつて抱いた好奇心と憧れが心に蘇ってくるのを感じた。


 話がでっち上げの作り話である可能性も考えたが……。

 この幼子にそれだけの話をする胆力があるという事実こそが、彼女の話が真実である証明ではないのか。




 いくつか問答を繰り返した後、男は彼女を話を真実だと結論付けた。




 伯爵夫妻すら惑わした男の言葉を最後まで一切受け付けず、強く言い返してきた少女の姿。

 それもまた白亜の魔法使いが残した功績のひとつなのだと考えれば、納得だった。



(白亜の魔法使いは、この国に居る!)



 そう確信してからの行動は早かった。


 まずお国柄とはいえ純粋な魔導の探求から外れ、幼子を犠牲にしようとしていた自身を恥じて担った任務を全て投げ出した。どうせ家族も友人もいないし、築いた地位に興味もない。生まれた国だからと惰性で住み着いていただけで、祖国を裏切った所で失うものは何もないのである。



 男は意気揚々と祖国の重要機密もろもろを手土産に、潜入していた国の王族に取り入った。



 普通なら土産があろうと無罪とはいかなかっただろう。だが男自身の狡猾さと、取引を受けた王族の寛容性をもって……実力を買われ、研究塔の特別教諭として魔法学園で教鞭をとることと相成ったのが現在だ。

 もともと今代の星啓の魔女候補を観察するために潜入しようと考えてはいたが、まさか本当の意味で教師となるとは夢にも思わなかった男である。

 だがこれ幸いとばかりに、歪んだ自覚のある性格を直しつつ少女を道具にしようとした贖罪も兼ねて授業は真面目に行った。



 その数年後に件の少女が入学してきた時はさすがに驚いたが。



 少女は見事としか言いようがないほどに、自身の眼に宿る呪いの病を克服していた。

 それは少女が行っていた奇妙な動きに加え、星啓の魔女の資質を持つ友人が居たからだろう。

 魔力を風に混じる遠方の香りのように察する事が出来る男にとって、その察知は容易だった。


(偶然か。それとも必然か)


 授業で教えることもあったが、あの無表情だ。対面してみたものの、こちらの正体に気づいているのかいないかもわからない。

 ともかく二人きりで対面するような場面は避け、必要以上に接して自分の正体を察せられても面倒だと距離を保って過ごした。




 


 そんな日々が続く中。

 ある時、少女の周りに不穏な魔力の気配が渦巻いていることに気がつく。それは無視できないほどの歪んだ悪意に濡れていた。


 迷った末にこれもある意味過去の清算だと、男は少女に警告することを決めた。

 

 話しの途中で男の正体に気付いたことに関しては、背後に控えているスポンサーが強い事もあって(何しろ王族だ)心底狼狽したわけではなかった。騒がれても面倒なため念入りに口止めはしておいたが。


 だがせっかく忠告してやったというのに、その表情はこちらを心底疑っている顔で憎らしい。さっさと話が終わらないかな、という空気感もにじみ出ていた。

 男は「マリーデルとは大違いだな」と最近よく会いに来る少女と比較して舌打ちしたい気持ちになりつつ、我ながら丁寧に説明してやったなと自画自賛する。

 あまりに小憎たらしかったので軽く脅してやったらさすがに顔を青くしており、それに関しては非常に愉快だった。



 …………その場面をマリーデルに見られ、あげく幻滅されるというのは予想外だったが。



「くそっ、本当に親切心など出すのではなかったか……! らしくないことをすると裏目に出る!」


 昨日の事についてどう釈明しよう。そう必死で言い訳を考える程度には、星啓の魔女候補の一人であるマリーデル・アリスティは好ましい。

 頭の回転が速く会話していてストレスを感じないし、自分の研究に深い興味を示している点が特に良い。更にはこの自分ですら思いつかなかったアイデアでさえ提供してくる時があるのだ。

 その相手の好感度が憎たらしい小娘のせいで地に落ちた。まったく忌々しい。


 ちなみにだが、男には自業自得といったような考えは持ち合わせていない。



「ファレリア・ガランドール、この貸しは高く取り立てさせてもらうぞ。なに、心配ない。貴様はただ俺に観察されていればいいだけなのだから。くくくくく」



 怪しい笑いを立てながらぶつぶつ呟いている特別教諭を通りがかりの生徒たちが綺麗に避けていく。この手の人間には関わらない事こそ一番であると理解しているのだ。

 研究塔には非常に優秀な人材しか集められていないためその主である男とは本来ならコネクションを作りたいところだが、それでも避ける程度には男は変わり者扱いされている。



「しかし、そうだな。観察している間に、あの小娘に白亜の魔法使いが会いに来たりしないだろうか。ああ、会いたいなぁ……」



 そんな怪しげな男にも一応純粋な部分は残されているのだが、そもそも件の話がまったくの嘘っぱちでよくできた作り話であると知るのは……実に三十年の後である。


 三十年後、男は無事に白亜の魔法使いに会う事は叶うのだが。

 少女について話したところ「え、なにそれ知らん。こわ……」と述べられてしまい、「ファレリア・ガランドール貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」と大絶叫する事となるのは、また別のお話。












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