戦いのduet(3)~決闘前

 回想を終えると、目の前にはなおもゴマをすり続ける少女の姿。



(あの時、そういえばこれまで本当に呪いらしい事はあったのか聞くのを忘れてたな)


 呪いと思い浮かべて真っ先に思い出した原作ファレリアの話。そのエピソードはまさに呪われた悲劇の少女というべきものであったが、現実ファレリアは少なくとも人害は自分で振り払っている。

 もしそれで一切の不幸が訪れなくなったのなら、原作ファレリアも本当は呪いなど無く……件の予言師が呪いの依り代に育て上げるために工作していたのではないだろうか。

 そうだとしても「呪いの魔女」に見いだされるほどの特異性があの眼にはあるはずなのだが、その具体的な呪いの内容自体は元の話にもファレリアの話にも出てきていない。

 ただ曖昧な言い伝えで「不幸を呼ぶ」とあるのみだ。


 そのことに妙にひっかかるものを感じながら、フォートはしつこく食い下がるファレリアにぴしゃりと言い放った。



「何度も言うけど手加減とかしないから」

「ええええ~~~~! フォートくんのケチ! 鬼!」

「……お互い健闘しましょうね! ファレリア先輩」

「ぐっ」


 ついには駄々をこね始めたファレリアに思いっきり輝かしいまでのマリーデルの笑顔で言うと、彼女は「……がんばります」とようやく引き下がる。



 さて、そうとなれば決闘の準備をしなければ。



 フォートはそう思考に区切りをつけ、間近に迫った決闘へ向けて意識を切り替えるのだった。










+++++








 快晴の下。

 魔法学園の生徒たちがにわかにざわつきながら、ある場所へと集まっていく。


 本日正午、学園中央魔法実践場にて二つの決闘が行われるのだ。彼らはそれを見に行こうとしている。

 観覧は自由であり授業でも何でもないのだが、その決闘の内容が生徒たちを惹きつけていた。

 




 二つの決闘。


 ひとつは星啓の魔女候補にして由緒正しきエレクトリア公爵家の令嬢アルメラルダ・ミシア・エレクトリアと、第二王子の護衛をも務める第二級魔法騎士アラタ・クランケリッツの勝負。

 ただでさえ行われることの少ない決闘であるが、その中でも生徒が生徒でない者に決闘を挑むという異色のカードである。


 もうひとつの決闘に挑むのは、こちらもアルメラルダに同じく星啓の魔女候補であるマリーデル・アリスティ。庶民の出ながらその才能を遺憾なく発揮し、学園内でも注目を集める少女だ。

 対するはアルメラルダと共に語られることの多いガランドール伯爵家の娘、ファレリア・ガランドール。


 これらの決闘が本日、同時刻に開催される。

 実践場を囲む観覧席はすでに学園中の生徒が集まっているのではないか、という様相を見せていた。





 観衆の中にはひときわ目立つ人物が何人か。


 ……それはアルメラルダが"婚約者"もしくは"星啓の魔女の補佐官"にと目をつけている者達であり、フォート達にとっての"攻略対象"である少年もしくは青年だ。

 彼らも決闘を行う人物たちへの興味をもとに、観客席へと陣取っていた。

 それぞれが非常に目立つ容姿をしているため、人に埋もれることなく存在感を発揮している。

 

 そのうちの一人。

 アラタの護衛対象である赤髪の第二王子は、アルメラルダとアラタ二人に激励の言葉を贈っていた。

 自分の護衛が居ることに加えてフォートの見立てでは第二王子の好感度は今のところアルメラルダに寄っているため、そちらへ行くのは当然。

 フォートは冷静に判断しつつ、様子をこっそりと窺った。



「アラタ、安心しろ。お前の首は私が両方守ってやる。だから存分に戦うと良い! アルメラルダもそれがお望みのようだしな」

「まあ殿下。わたくしが負けたからと首を跳ね飛ばすような狭量な事をすると思いまして? それも殿下の護衛に対して」

「ははっ。そんなことは思っていないが。せっかくの決闘だ。どんな因縁かは聞かぬが私は貴女の本気も、アラタの本気も見たい! ならば余計な懸念は先に取り除いておいた方が良いだろう」

「まあ! さすが殿下でございます。お心遣いに感謝いたしますわ」

「………………」


 護衛対象兼上司にまで逃げ道を塞がれて、いよいよもってアラタの顔が青い。一方アルメラルダはやる気満々だ。

 ここまで整えられて手加減し負けようものなら、それこそ非難ごうごうだろう。このやり取りすら観衆の目にするところなのだから。


 それを「いい見世物にされているな」と冷めた目で眺めているフォートだったが、肩を軽く叩かれ振り返る。


「やあ! 調子はどう? 今日はがんばってね!」

「わぁっ、先輩! 嬉しい。見に来てくれたんですか!?」

「もっちろん! 僕、マリーデルのことをはりきって応援しちゃうからね~」


 即マリーデルに気に変えて応対したのは、幼げな顔立ちをした青髪の少年。攻略対象の一人である。

 一応これで先輩なのだが、まったくそう見えない。フォートは内心で彼の事を「年上童顔」とそのままの呼称で記号づけていた。



 そう、記号だ。



 フォートは攻略対象である彼らに必要以上の感情を抱かないように努めている。ゆえに接する時以外の呼称も記号で統一していた。

 どうせ彼らが見ているのは姉を真似た張りぼての自分であるし、いずれ切れる縁だ。


 『第一王子』『第二王子』『クラスの担当教諭』『不良もどき』『優等生』『双子その一』『双子その二』『ナルシスト』『色気男』『不思議くん』『不審者特別教諭』『年上童顔』。

 この十二人もいる攻略対象の"好感度"などという、不確かで曖昧なものを平等に上げていかなければならない。

 いくらフォートが観察眼に優れているからといってなかなかに過酷な作業だ。


(実際の所、どう思われてるかなんて本人にしかわからないしな)


 ほころびなど見せる気はないが、担当教諭や特別教諭、上級生などにはいつフォートのまやかしがバレるか気が気ではない。

 それらの視線がすべて集まる決闘という催し。……緊張もするが、いずれアルメラルダとも決闘することになる。

 だからこそそういった面でも今回の決闘、予行演習にはもってこいなのだ。


 フォートは密かに緊張の唾を飲み込みながら、かわるがわる激励の声をかけにくる攻略対象達に精一杯のマリーデルとしての笑顔を返した。






 そんな決闘前のあれこれが終わり、訓練場の中央に進む。


 待っていたのは先に準備を整えていたファレリアで、無表情ながらすでに「めんどくせー!」というげんなりオーラを発している。

 それを見てこれから戦う相手だというのに、フォートは肩から力が抜けた気がした。


 ……ファレリアは以前、なかなか話せない自分の出自を知るフォート相手だからつい色々話してしまうと言っていた。

 だがそれはフォートも同じこと。この学園で自分の正体を知っているのは、アラタとファレリアだけなのだ。

 その相手の前では彼もまた知らず力を抜いてしまう。

 



 ファレリアはフォートが来たのを見るや、ぼそぼそと声を出した。


「なんかめちゃくちゃ纏められましたね……。同時刻開催で、場所も隣り合っているとか」


 彼女の言う通り、本日の決闘は隣り合ったフィールドで同時に開催される。知らされた時は驚いたものだ。


「ある意味での配慮だろうね。互いの手の内をじっくり見られないようにしているんだろう。決闘の最中に横をまじまじ観察してる暇とかないはずだし」


 観覧席のざわつきで聞こえないだろうと高をくくりぼやくファレリアに、フォートもうっかりいつもの調子で答える。が、さすがにまずいかと我に返って取り繕った。



「ファレリア先輩っ! 今日はよろしくお願いしますね!」

「うおっ、まぶし」



 気だるげな様子から一変。

 明るい笑顔で元気な挨拶をしたフォートに、ファレリアもまたひとつ咳払いをして同じく繕い、令嬢としての"ファレリア・ガランドール"を整える。


「ええ、よろしくお願いしますね。マリーデルさん」









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