戦いのduet(2)~原作ファレリアと現実ファレリア





 これから交流し協力し合っていくにあたって、アラタから"原作"ファレリアの事も聞いていた。



 ファレリア・ガランドール。

 自分と同じように"本編"には出てこない、製作者の一人が描いた番外編のキャラクター。



 彼女の特徴である赤い瞳だが、これは生まれついてのものではない。

 彼女の両親の瞳は二人とも青色だ。ファレリアもまた生まれたときは両親から受け継いだ色を宿していたようだが、それが徐々に……濁るようにして赤く染まっていったのだという。

 特異な性質を持つその瞳は、『変赤眼へんせきがん』と呼ばれるもの。非常に珍しく、原因も不明とされている。

 フォート自身も魔法学園の書庫で調べてみたが、迷信じみた話しか見つからなかった。

 そしてその話だが……古来より不吉とされ、あまり良くないものとして扱われてきたようである。



 とはいえ、ファレリアはガランドール伯爵家の一人娘。



 病弱なこともあり(これは原作ファレリアのことである。現実ファレリアを見ている限り「は?」という感想だ)大事に育てられてきた少女だったが、ある日。予言師を名乗る者の策謀でその人生は一変する。

 


――――その娘は不幸を呼ぶ。



 予言師はそれを言葉巧みに伯爵家夫妻に信じ込ませ、ファレリア自身にも暗示のごとく刷り込ませた。

 その後立て続けに不幸な事故が続いたこともあり、やはり自分たちの娘は不吉なものだったのだと……ファレリアの両親は幼い彼女を隔離して閉じ込めた。

 次第にファレリアからは感情がそぎ落とされていき、まるで人形のようになってしまう。

 時折浮かべる微笑は、また両親に愛してもらいたいというわずかばかりの希望だった。


 心がぽっかりなくなった、伽藍洞のお人形。

 それが原作におけるファレリアだ。


 彼女のもたらす不幸を封印するというていで伯爵家に入り込んだ予言師。彼の正体は次代の星啓の魔女誕生に合わせて、それに対抗しうる存在を生み出そうとしていた敵国の間者だった。

 ファレリアが目をつけられた原因は、呪いの触媒として最適とされる変赤眼へんせきがん


 心を無くしたまま成長したファレリアは、そこに「憧憬」という形で星啓の魔女となったマリーデル・アリスティへの強い感情を植え付けられる。更には魔法学園を卒業し星啓の魔女として活動していたマリーデルと交流する事となるのだが……。

 仲が深まったところで、その感情が反転。好意は呪いに。憧れは嫉妬へとなり果て。


 ……ファレリアは「呪いの魔女」として再誕し、マリーデルの前に立ちふさがったのだ。


 その後、戦いの末に「あなたと、なかよくなってみたかった」と言い残し……、ファレリアはマリーデルの腕の中で消える。

 短編であるためか細かい描写はないらしいのだが、ここまでが"原作ファレリア"の辿った人生。

 悪役令嬢は悪役令嬢でも、"悲劇の"とつけるのが相応しいだろう。




 だが現実ファレリアはピンピンとしている。

 健康そのものだし、本人取り繕っているつもりらしいが性格も貴族の令嬢というにはだいぶ横着で大雑把で図々しい。

 悲劇や不幸の影など見えもしない。




 試しにフォートは『予言師』についてをファレリアに聞いてみた。

 彼女は普段まともに話せる友人が少ないからか(本人にこれを言うと「は? ぼっちじゃないが?」と否定する)、フォートとの密会中は聞かないことまでぺらぺら楽しそうに話す。

 そのためこちらから話題をふって話を聞き出すことは簡単だった。むしろ世間話のノリで話されてフォートが驚いたくらいである。


 そして、その内容だが。




「予言師? ……あ~。いました、いました。クソボケとんちきいんちき予言師」

「とりあえずファレリアがそいつのことをすごく嫌いな相手と記憶してることは分かった」

「嫌いに決まってるじゃないですか! 危うく一家離散もしくはネグレクトの危機だったんですよ!?」


 これまで話す機会が無かったからか、ファレリアは「ふふん」と胸を張って意気揚々と話し始めた。


「実はこれ、ちょっとした自慢なんですよね。いいですよ、このファレリアちゃんの武勇伝を聞かせて差し上げましょう!」

「武勇伝……。戦ったの?」

「ええ! 口で!」


 渾身のドヤ顔を披露するファレリア。

 ちなみに本人気づいていないが、このドヤ顔はアルメラルダと雰囲気がそっくりである。




「私の眼、赤いでしょう? これって変赤眼へんせきがんという特殊なものなんですって。生まれたときは青い目だったのが、だんだんこの色に変わっていったそうです」

「それは僕も知ってる。不幸を呼ぶって言われてるんだっけ?」

「本人の前で堂々と言うなぁおい。いや、好きですけどねそういうところ」


 さらっと好きなどと言われて一瞬固まるが、黙って続きをうながす。


「私としては生まれた時から赤眼でなくてよかった~! って気持ちの方が大きいのですけどね。だってそしたらお母さまの不貞が疑われるかもじゃないですか! そしたら誕生早々で仲良し家族生活が詰んでいました。おお、こわ。ああ……それでですね。まあうちの両親はいい人ですし私も一人娘なんで、目の色変わってきても変わらず接してくれたわけですよ。使用人の中には気味悪がる人も居ましたけど……ふふふ。そこは私、顔がいいので! ちょっと甘えた表情ですりよればいちころでしたね。いや~。顔がいいって明確なアドですよ。アド! アドバンテージ! ほほほ!」

「ファレリアの顔が良くてあざとく立ち回った事は分かったから話しもどして。それてる」

「おっといけねぇ。じゃない。いけませんわ。ほほっ」


 放っておくとすぐに横道にそれ始めるので、仕方がなく合いの手を入れる。

 ファレリアは本人の言う通り本当に顔だけはいいのだが、こういう所があるのでフォートとしても段々扱いが雑になるのだ。

 気を遣うだけ無駄と思えてくる。


「で? 予言師は」

「そうそう。え~と……七歳の時、だったかな? 私の眼にイチャモンつけやがる自称予言師が現れました。まあ~口が上手い事! 思い出したら腹立ってきたな。……最初は否定していた両親も言葉巧みに誘導されて、不幸を呼ぶうんぬんを信じかけちゃって。私自身は怪しい予言者なんて誰が信じるかバーカ! って思ってたんですけど……あいつ、お前は言葉の魔術師名乗った方がいいよってペテンっぷりでして。不穏な空気が漂い始めたんですね」

「うん」

「しかーし! このクソのせいで今の生活を失うとかありえない! そう思った私は頑張りました。えーと……そうそう。まず「プラチナブロンド赤目は呪いがあってもおつりがくるレベルのステータスだろうが!!」っていうのをお嬢様言葉に包み込んで正面からかましてやりましたよ」

「それ、本当に包めてた?」

「包みました。ええ。昼食で食べたサーモンパイのように美麗な飾りを施して包みましたとも! 面食らってましたねぇ、あいつ。とりあえずそれはジャブでして、その後は「怪しいお前なんか誰も信じない」って予言者の怪しさを隅から隅まで並べ立てて相手への不信感を煽りに煽り、「家族の絆を舐めるな」って感じに両親と使用人を持ち上げつつ良心の呵責を煽りに煽る話術を展開したわけですよ」

「やっぱり煽るの上手いじゃないか君」

「褒められている気がしねぇですわ! やっぱりってなんですか! ……ごほん。そして、とどめに! ふふふふふ。私ですね~。実は前世で趣味ながら小説を嗜んでいまして。あ、読むのも好きですけどこれは書く方ですよ。つまり作り話とか得意なんです」


 口物がもにょもにょとニヤついている所を見るに、よっぽど話したいらしい。

 こういった微妙な変化も、すでに読み取る事は容易だ。


「……それで?」

「聞いてください!」


 我が意を得たり! とばかりにファレリアが身を乗り出してくる。近い。


「何をしたって、その予言者より確実に格上そうな謎の魔法使いをでっちあげたんですよ! でもって、私の話術でもってねじ伏せてやったんですよね~! めちゃくちゃ気持ちよかったです! ええ! すごすご帰っていきましたよ! あれはお笑いでしたね~。まんまと私の作り話を信じ切って!」


 腰に手を当てて高笑いするファレリアからは伯爵令嬢らしさなどまるで感じ取れない。

 これがそんな言葉巧みに相手を信じ込ませることが出来るとは思えず、フォートは疑いの目でファレリアを見た。


「……信じてませんね? 本当ですってば。ある日、森の中で輝く光の湖を見つけてその畔で出会った伝説の魔法使いに『お前の眼は不幸を呼ぶこともあるだろう。しかしそれは栄光ある未来へ向かうための試練。惑わす者に屈してはならない』とか言われたって話を……」

「胡散臭ッ!!」

「これはダイジェストなんです! 本編はもっと壮大に話しました! あとでたっぷり聞かせてあげますよ!」

「いや、それはいい。で? 本編は良いから本筋戻して」

「こ、このわがままちゃんがぁ……ッ! ……まあいいでしょう。……ああ、そうそう。この話ってまったくの嘘でも無いんですよ。元ネタありです。嘘を信じさせるにはほんの少しの真実を混ぜるのが定石でしょう? だから適当に知る人ぞ知ってそうなすごい逸話を引っ張り出して、それに関連付けて創作したってわけです。ここが玄人ポイントですよ~。頭良くて知識ある奴ほど引っかかるから気持ちいいったら。ほほほ」

「本筋」

「はい」


 しょぼんと肩を落とすファレリアを見て「これは一応あとでその話も聞いてやらなきゃかな」と考えるあたり、実はフォートもファレリアにそこそこ甘い。




「ん? でも話す事もう無いですね。そんなことがあって、怪しい奴を追っ払ったよという所でこの話は終わりですから」

「そっか。……それにしても、なんだったんだろうね? そいつ」

「さぁ。でも世の中変な輩はたくさんいますからね。出会ったらその場その場で対処してぶちのめす防衛力だけ意識して生きてりゃいいんですよ」


 非常に雑な答えが返ってきた。

 それに、それは防御力ではなく攻撃力ではないだろうか。


「ファレリアに防衛力あるように思えないんだけど……」

「は~? たった今見事に防衛したエピソードお聞かせしたばかりですが~?」

「運が良かった、というのも自覚しておいた方がいい」


 本気で心配になってきたので真剣に返せば、ファレリアは「ちっちっち」と指を左右に振る。


「フォートくん。これは人生の先輩からのアドバイスですけど、仕事でも勉強でも人生でも常に百を目指すのはあまりよろしくありません。七十から八十くらいを常に維持する事の方が大事なんですよ。あの時の私も常日頃から想像力を鍛えていたから対処できたわけですが、「もしも」を考えすぎるとドツボでしかないですからね。高パフォーマンスを意識しつつ、考えてもしょうがないところは心から締め出しておいていいんです。疲れちゃいますから」

「微妙に納得できる部分もあるのがなんか嫌だな。でもファレリアは良くて四十から六十じゃない。いい? 良くて、だよ。…………。少なくとも誰か不足分を補ってくれる相手が必要だと思う」



――――たとえば僕とか。



「……見てて危なっかしい」


 一瞬心にちらついた考えに疑問符を浮かべつつ、何でもないように続ける。

 ファレリアは不満げに頬を膨らませたが、そこで話は終わったのだった。





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