戦いのduet(1)~ごますり令嬢が泣きついてきた

 ファレリア・ガランドールは珍妙な生物である。

 それが彼、フォート・アリスティの評価だった。


 姉の代わりに女装して魔法学園へ通えなどと言った男と似た境遇の、この世界を仮想遊戯として知る女の子。

 ……その中身を考えると、果たして女の子と言って良いのか迷うところであるのだが。



 そしてその珍妙な少女は、現在フォートを相手にめちゃくちゃゴマをすっていた。



「へへ……。フォートさん。こんなことになってしまい、魔法について色々ご教授して頂いている身としてはたいへん心苦しく、申し訳なく思っております。ですがご安心をば。このファレリア・ガランドール、フォートさんのお手を煩わせること無く負けるつもりでおりますゆえ! ……ただ、私も善戦した! というアルメラルダ様に胸を張れるような結果は残さねばなりません。ので! そこだけちょこ~っとお手伝いをしてもらいたいな~……なんて。もちろん! こんなことは大、大、大、天才のフォートさんにとっては朝飯前だとは思うのですが~」


 すりすりすり。

 手の摩擦で発火現象を起こせるのでは? というゴマの擦りっぷりだ。ちなみにフォートはゴマをするという言い回しをアラタから覚えた。


 さすがは七年間もアルメラルダに取り入り続けただけはあるな、と感心しつつ……フォートは女神のような笑みを浮かべて答えた。



「やだ。全力でろう」

「さすがフォートさん! 話が分か……なんて? 気のせいでなければ今バトル漫画みてぇなルビを幻視幻聴したんですけど???」



 ぱぁっと明るい雰囲気を放った後に、濡れた犬のようになる瞬間がたまらない。ぺしょっとしている。

 そんな感想を抱く自分は我ながら性格悪いなと思いつつ、フォートは続けた。


「君の茶番に付き合う気はない、という意味を込めて言ったつもりだけど? 下手な小細工なんかせず正面から決闘する。それでいいだろ」

「いや。……いやいやいやいやいや!? 何言っちゃってくれてるんですか!? そんな殺生な事を言わないでくださいよぉッ!! ね? ね? お願いしますってば~!」


 恥も外聞もないとばかりに涙目(なお無表情である)猫なで声ですり寄ってくるファレリア。その距離は非常に近い。

 この生物、薄々感づいていたがフォートの事を男だと分かっているくせに男と認識していないのだ。矛盾である。

 接する距離が恋人もしくは極端に仲の良い女友達のそれ。フォートとしてはこの距離感が少し……いや、だいぶ気に食わない。


「とにかく、戦うなら小細工は無しだから」

「そこをなんとか!」


 いくら断られようともしつこく食い下がるファレリアだったが、なにもフォートとて意地悪だけで申し出を断っているわけではない。

 下手に裏を合わせれば二人が知り合いである、と周囲にばれかねないのだ。

 それは互いに本意とするところではない。


 いくらファレリアの天然ポーカーフェイスがあろうとも、その動きや行動にはこれでもかと感情全てが出ている。見る者が見ればファレリアの考えている事などすぐにわかるだろう。

 自分に出来ることが他人に出来ないと考えるほど、フォートは楽観的ではなかった。

 本当に分かってないなら周囲の目が節穴過ぎではないか? とすら思うのだが、同郷者(?)のアラタですらなにやらファレリアを警戒しているようなので見極めが難しいところだ。




 とにかく互いの交流がバレないためにも、下手な口裏合わせは無しだ。


 それに今回の決闘はフォートにとっていい機会だった。

 これまでいずれ対決するであろうアルメラルダの様子を遠くから見てきたが……正直、その力は別格だ。

 自分も簡単に負けるつもりも常に研鑽を怠っているつもりも無いが、楽に勝てるかと言ったらそうではない。むしろ幼いころから魔法に触れ、学園生活で二年も先を行く彼女に勝つことは至難だろう。

 だから実戦形式で魔法が使えるこの機会……逃すには惜しい。

 自分の手の内をいくらか明かすことにはなるが、それはアルメラルダも同じ。

 ならば損益を考えるに、この決闘の機会はとんとん、もしくはおつりがくるお得案件だ。



(それに……)



 ちら、と。こちらに縋る無表情令嬢を見る。


「自信ないとか言いつつ、ファレリアって普通に強いじゃん。手加減してたら僕が負けるだろ」

「え!? ……いやぁ。そんなことありませんよ」

(とか言いつつ嬉しそうだな……)


 知り合ってからというものファレリアによる女子仕草およびマナー講座その他を受けているフォートだが、たまにファレリアに泣きつかれ魔法の手ほどきをしている。

 なおファレリアだが、後輩に教わることに対しての抵抗は一切無いようだ。プライドより実を取る女である。

 それを通してファレリアの魔法の実力を見る限り……彼女本人が思っているほど、その実力は低くない。


 そも、あの拷問まがいの過酷なアルメラルダ式魔法訓練を受けておきながら弱いはずがないのだ。

 けして真似しようとは思わないが、受ける本人が耐えられれば……という前提条件はあるもののアルメラルダの施す魔法訓練はどれもが非常に効率的、効果的だ。真似しようとは思わないが。



「君はもっと自信をもっていいよ」

「なんですか、なんですか。急に褒めたりして。そんなことで手加減してもらうのを諦めたりしませんからね!」

「情けない事を堂々と言うなよ。というかさ、君って本来ならもっと実力を発揮できるんじゃない? なのに舐めてかかって中級の範囲に居るからアルメラルダにも色々言われるんだよ。僕の手ほどきを受けるより、もっと授業のほうを真剣に取り組んだらどう。正直君が躓くところ、凡ミスがほとんどだよ。一年の僕でもわかるんだから」

「正論パンチやめて泣く」


 ファレリアがガクッと膝をついた。


 ……本当になんでこんなまぬけな様子を見ておいて、裏があるとか変に勘繰られるんだろう。

 呪いでもかかっているのかな?


(呪い……か)


 何気なく考えたそれもあながち間違っていないのかもしれないなと思い至りながら、つい先日聞いたファレリア自身の過去と……アラタに聞いた、"ファレリア・ガランドール"のことを思い出す。







 この目の前の濡れた犬の様に情けないごますり令嬢ではなく、"原作"におけるファレリアの事を。









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