取り巻きを取り巻く勘違いのet cetera(終)~アラタ・クランケリッツの場合 二


 アラタがファレリアに不信感を抱きつつも過ごす中。

 ……ひとつの歓迎したくない転機が訪れた。







 トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン。


「…………」


 前方から感じる"圧"と絶え間なく聞こえてくる指で机を叩く音に、アラタは顔を引きつらせた。

 このまま気づかないふりを続けるのは流石に無理があるかと、アラタはため息をつきたいところを我慢して本から視線を上げた。



「…………」


 推しが見ている。


「……チッ」


 推しに舌打ちされた。


(ど、どうしろと)



 ここは魔法学園の図書館。昼下がりの現在は陽光が差し込み、非常に穏やかな空間を演出している。

 だというのに何故自分は向かい合いの席から、人生を賭けてまで助けようとしている少女にチンピラのような表情でメンチを切られているのだろうか。

 今なら扇より釘バットあたりを持たせた方が似合いそうだ。


「…………」


 発せる言葉はなく、なおも沈黙は続く。


 片や強面でガタイの良いとっつきにくそうな騎士の男。片や色んな意味で有名な麗しの公爵令嬢。

 公爵令嬢の方からなかなかにタチの悪い感じで絡んでいるのは誰の目にも明らかだったが、アラタもアラタで生まれつき目つきが悪いので睨み返しているように見える。

 運悪くその場に居合わせた生徒教師その他は、まるでドラゴンが暴れ出す直前のような緊迫感でそれを見守っていた。




「あの……」


 周りがざわついた。「話した!」と。

 動くに動けず見守りはじめ、実に十分ほど経過しての事だった。


 しかしアラタはいざ口を開いてみたものの、後に続く言葉は思いつかない。それをじれったそうに周囲が眺める。

 対するアルメラルダはといえば、いよいよチンピラどころか人を二、三人は殺していそうな顔になった。


「ハッキリしない男ですわね。ファレリアはあなたの何処がいいというのかしら」

(ファレリアぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!)


 心の中で自分をスケープゴートにしやがったであろう女の名を絶叫した。


 アラタは様々なことを考慮して、ファレリアに「くれぐれも自分に告白。ましてや振られたなどとアルメラルダには言わないように」と釘を刺していた。だというのにこれだ。自分にどうしろというのか。

 内心びっしり冷や汗をかきながらこの場に居ないファレリアに対し怨みを募らせるアラタだったが、ファレリアとしてもこれはしかたのないことだったのだ。





 つい数時間前。


 ここ最近よく姿を消すようになったファレリアに対し、ついに我慢できなくなったアルメラルダ。その彼女に「いったい何処に。誰の元へ行っているのか」と問い詰められたファレリアは、マリーデルフォートのサポートを行っているなどと知られては事だと、咄嗟に自分が恋する男を生贄に選んだ。


 恋の意味分かってる? とは、のちのち話を聞いたフォートからの冷静なツッコミである。

 ファレリアはそれに対し「あなたはアイアンクローしながら人間一人を片腕で持ち上げる蛮族の怖さを知らないからそんな事言えるのだわ。自重じじゅうで首が千切れるかと思いました」と真剣に返した。


 愛する男より自身の保身、それこそがファレリアという女なのだ。



 ともかくファレリアはアルメラルダに対し「好きになった男性が居るので、その人の元に通っていた」と吐いたわけだ。それも名指しで。

 そうなればどこのどいつだとアルメラルダが品定めに来るのは彼女にとっての必然。アラタにとっての不幸。

 結果、この地獄のような空気に満たされた場が出来上がってしまったわけだ。



「あなた、前にもファレリアに会っていたわよね。あの小娘も一緒に」

「……ッ」


 むせそうになった。


 アラタはあくまで裏方を自負しているため、極力マリーデルやファレリアに接する場面を見られないよう動いていた。会う時だって場所の選定には細心の注意を払っている。

 だというのに三人そろっているところを見られていた!? いつ、何処で。



 一見不動の山のごとく構えているアラタが内心動揺しまくっていると、アルメラルダはアラタの頭の先からつま先の先までつぶさに観察した。

 もし視線で人を射殺せるならば、今頃アラタはハリネズミとなっている。


 そもそもファレリアは自分の事をどう説明したのだろうか。


「ふぅん……」

(どんな感想のふぅん!? あ、アルメラルダたん……!)


 思わず心の中で前世での呼称を持ち出し平静を保とうとするが、とてもそんな風には呼べない雰囲気だ。

 

 アルメラルダは好きだ。推しである。

 だがアラタは自分が推しの近くに居ることを解釈違いと考えるオタクだった。

 ゲームなども主人公へ自己投影するよりも、その世界のキャラクターのみで完結している形こそ好ましく思うタイプ。自分という異物など不要。

 ゆえにこの状態を嬉しいかと聞かれたら素直に首を縦にふれなかった。向けられている感情がどう見ても好意的でないのもあるが、推しと言葉を交わしている自分がまず解釈違いで肉体が爆発四散しそうだ。



 誰でもいい。助けてくれ。



 そう考えるも現実とは非情である。


「アラタ・クランケリッツ」

(名前も知られてる!?)


 突然名前を呼ばれ跳ねそうになる肩を必死に抑えながら、アラタは深呼吸の後……やっとの思いで返事を絞り出した。


「……なんでしょうか」

「返事が遅いわ愚か者」

「失礼いたしました」


 めっちゃ強く当たってくるじゃん!? と、アラタは心で涙した。なぜ助けようと思っている相手からこんなにキツく当たられなければならないのか。

 だがそんな罵倒などこれから言われることに比べれば、実に可愛いものだった。


 ガタっと音を立てて席から立ち上がったアルメラルダは、手に持つ扇でビシッとアラタを指す。




「わたくし、アルメラルダ・ミシア・エレクトリアは貴方に決闘を申し込みます!」

「なんて?」



 思わず素で答えてしまったアラタは、いよいよもって自分の事をアルメラルダに教えたファレリアを恨むのだった。







 一方その頃、当のファレリア。


「あ~。茶がうめぇですわ~」

「それは良かった。クッキーの出来は?」

「さいっこうですね! これなら料理イベントでも問題ないでしょう。きっと攻略対象の殿方も喜ぶはずです!」

「……必要な事ではあるんだけど、複雑」


 本命からの好感度が加速度的に下落している事など知らぬまま、フォートから提供された茶と菓子に舌鼓をうち呑気に過ごしているのだった。

 






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