同類encount(2)~原作主人公の圧倒的性格光属性

 数日前。



「よくて? 貴女に相応しい相手はわたくしが選びます」

「え……。……え!?」


 私が第二王子に恋をしていると勘違いしたらしいアルメラルダ様だったが、それにしては奇妙なことを言い出したので私はただただ困惑する。

 私ごときが王子に気を向けるとは烏滸がましいとか、わきまえろとか、そういう話でなく?


 ……もう一度、記憶の図書館引きこもっていいかしら。頑張れば目を開けたまま二画面表示できると思う。日常系アニメ見て癒されたい。

 しかし私が二画面を用意する前にアルメラルダ様のお叱りが飛んできた。


「ですが! ファレリア。貴方にも努力をしていただきますわよ。なんですの!? 二年、いえ七年もわたくしの側で学んでおきながらあの成績は!!」

「ちゅ、中間くらいですよ。そんなに悪く無くないですか?」

「何故! 上位を! 目指さないのかと! 聞いているのです!! 貴女がそれではわたくしの格まで落ちてしまうというものですわ!」


 その場にいた他の取り巻き達がさっと目をそらした。

 ……お、おう。だいたいみんな私と同じくらいの成績だもんな。何で私だけ言われるんですか。

 ふ、不公平。


「ともかく! 素晴らしい結婚相手を選んでさしあげるのだから、貴女もその相手に相応しい淑女たるべく努力なさい。……今まで甘やかしすぎましたわね」


 甘やかされた事なんて一度もないが!?


(こ、このままでは何か駄目な気がする……)


 ひしひしと嫌な予感がした私は笑みを浮かべ、アルメラルダ様を刺激しないように言葉を選ぶ。

 どうにか誤魔化してこの場をやり過ごさなければ。


「あの、アルメラルダ様? 私の努力が足りなかったことは認めますし、恥ずかしく思います。ですからこれからは心を入れ替えて……」

「安心なさい。わたくしが責任を持って貴女を導き鍛えます」


 そんなお気遣いはいりませんけど!?

 努力すればいいんでしょ、努力すれば。だけどアルメラルダ様に口を出されたらセットで手と足までお出しされてくることは必至じゃないですか。

 私は口元を引きつらせる。


「そんな。アルメラルダ様のお手を煩わせるわけには……」

「まあ、遠慮しなくていいのよファレリア。わたくしと貴女の仲でしょう? ふふっ。何も心配することは無いわ。入学前のお遊びと同じよ」


 女神のような笑顔で悪魔のような死刑宣告されたんだが?


 入学前のお遊びって、あれでしょ。

 魔法学園入学前の一年くらいありえないほど痛めつけられたやつでしょ……?

 入学してからアルメラルダ様の過激な虐めもだんだんとなりを潜めて、二年経ってようやく落ち着いたと思ってたのに……!


 ごめん、マリーデルちゃん。


 私にアルメラルダ様をそこそこ悪役令嬢に留めておく力は無いかもしれねぇ。

 まず自分の身を守らないといけなくなったからよ……。

 すまねぇですわ……。









 そんなこんなで、アルメラルダ様の訓練という名の私虐めがリスタートしたのが数日前。

 ものの見事に余裕が無くなって現在に至るというわけだ。


 実際入学前も今も「訓練」と称するだけあって、アルメラルダ様のおかげでグングン魔法力は高まっている。

 でも私としては卒業できる程度の力があればいいので、もうこの辺で勘弁してほしい。


 そもそも「淑女たれ」と始めた特訓にしてはおかしいだろ。

 淑女どころか常に水死体寸前の人にお見せ出来ない顔を晒しながら校内闊歩してるんですけど。

 アルメラルダ様は私をどんな方向性に向かわせたいんですか。


 幸か不幸か私はどうも表情筋が死んでいるらしく、アルメラルダ様に取り入るための笑み以外では表情が乏しい。結果、あまり無様な顔とはなっていないようなのだけど……。

 それはそれで無表情で溺れてる女、怖くないか。私だったらドン引く。


 だけど公爵令嬢かつ星啓の魔女候補としてのアルメラルダ様の威光は学園内で凄まじく、なかなか疑問を呈し口出しできる者はいない。

 教師たちすら「うわ」って顔しながらも訓練と断言されていることもあり黙って見ているのだ。




 その中で「それはおかしい」と声をあげてくれたのは、マリーデルちゃんが初めてである。




「ごばごばごば」

「……ッ。ああ、もう!」


 気にかけてもらえたことに感動しながらも、もうこれアルメラルダ様の近くに居る限りしょうがねぇよと諦念に染まっていた私。

 しかし目の前の彼女は違ったようだ。


「ていっ!」

「きゃぁ!?」

「アルメラルダ様!?」


 可愛らしい掛け声とアルメラルダ様の悲鳴、他取り巻きがアルメラルダ様を呼ぶ声。

 それを耳にする中、数時間ぶりに水のフィルターが解除された。


「ぷはっ」

「こっち!」

「えっ」


 ぐいっと腕を引かれたと思ったら、私はマリーデルちゃんに腕を引かれて駆けだしていた。

 ちらと後ろを見れば尻もちをついて目を白黒させているアルメラルダ様。


 ……この子、アルメラルダ様をどついて魔法を解除させた!?


「他者の魔法への干渉……強制解除!?」


 驚愕に染まるアルメラルダ様の声を耳が拾うも、それもすぐに聞こえなくなる。

 華奢な見た目の少女にぐいぐいと思いのほか強い力で引っ張られて、なすがままに走る。

 その足が止まったのは学園裏の庭園にたどり着いてからだった。


「…………っ、…………!」


 急な運動でバクバクうるさい心臓と荒い呼吸。

 将来の健康を保つために運動はしているが、体幹を鍛え柔軟性を保つための室内運動……ヨガがほとんどの私には、そこまで持久力が無い。

 この急激ダッシュはなかなかにきつかった。


「あの……大丈夫?」


 膝に手をつきぜーはーしている私に差し出されたのは、素朴な刺繍が施されたハンカチ。


「え……と。ありがと……う?」

「ふふっ。どういたしまして……です」


 困惑しながらもお礼を言えば、陳腐な表現ではあるが太陽のような笑みが返ってきた。

 え、なにこの子優しい。後光が見える。太陽というか日光菩薩かなにか???


 じ~んと感動していると、マリーデルちゃんは「あっ」と気づいたようにハンカチを見下ろした。


「……ごめんなさい。私もびしょ濡れでした」

「……そういえば、そうだったわね」


 むしろ顔周りだけ濡れている私より彼女の方が大惨事だ。

 当然、差し出されたハンカチも濡れている。


「ふふっ」


 自分の事を忘れるくらい私を気にかけてくれるだなんて。

 その優しさとおっちょこちょいさに思わず笑いをこぼすと、彼女は「笑った……」と呟いた後に噴き出した。


「あははっ。私ったら、馬鹿ですねぇ。すっかり自分のこと、忘れていました」


 そんなマリーデルちゃんを眩し気に見つめた後、私はすっと腕をあげる。


「…………」


 無言で宙に魔法文字を描いた。

 効果は「清流」と「温風」。


「ひゃわっ!?」


 魔法文字から顕現した魔法の力でマリーデルちゃんは瞬く間に水で洗われ、暖かい風によって服ごと乾かされた。


「す、すごい」

「そうでもないわ」


 謙遜しつつ密かに胸中で胸を張る。


 ふふん。この魔法なら得意なのよ。

 なにしろお風呂が面倒くさい時でも一瞬で体を綺麗にしてくれる素晴らしい魔法だから、使用頻度が高いの!

 得意中の得意よ。


「……改めて、ありがとう。気にかけてくれて嬉しかった」

「あんなの周りが黙ってる方がおかしいんですよ……。私こそ、綺麗にしてくれてありがとうございます」

「構わないわ」


 お互いにお礼を言いあうと、一拍の後。

 どちらからともなく再度笑いあった。


 といっても私がアルメラルダ様にこびへつらう時以外の笑顔というのはとても微弱なもので、弾けるようなマリーデルちゃんの笑顔には叶わないが。

 ふ、フレッシュ~! フレッシュスマイル~!


「私はファレリア・ガランドール。あなたは?」


 ともかく、原作主人公に渡りが出来たことはいいことだ。多分。

 そう考え名乗れば、彼女も慌てたように頭を下げた。


「マリーデル・アリスティです! あの、ファレリア先輩」


 おっといきなり名前呼びか~? いいぞー。可愛いから許す。先輩呼び、良い。


「なにかしら、マリーデルさん」

「えっと……。普段からあんなことされているんですか?」

「ええ……まあ。だいたい」

「怒っていいと思います。それか、距離を置くとか」


 語調は静かだが、なにやら私本人より憤慨しているようなマリーデルちゃん。

 おお、さすが主人公だ……優しい……。これが性格的光属性というもの……この世に実在したのか……。

 

 それにしても怒る、離れるか。

 なんというか当たり前に抱くだろう感情をいざ並べられると少し困る。

 色々と手遅れで距離をとれるような時期はとっくに過ぎている、というのはあるのだけれど。


 ……そういや私、なんでアルメラルダ様に怒ってないのかしら。


 いや、怒ってはいる。怒ってはいるんだけど、それはひどく一過性のもので。「勘弁しろよなー!」とは思っても、後々引きずったり憎しみに変化することがないのだ。

 多分「は? 私は精神的に大人だし? 子供のいじめに顔真っ赤にするなんて恥ずかしい事しませぇ~ん」というプライドなどもあるのだろう。

 そういった「なんちゃって大人」な自分は昔から私の中に居る。


 けど、本当にそれだけだろうか。

 これまであんな扱いを受けてもアルメラルダ様から離れないのは、本当に主目的である取り巻きになるためや、諦めやプライドだけ?


 ……うーん。今までまずその疑問を抱く暇が無かったからなぁ。考えることがまず初めてだ。


 私が黙ってしまうと、マリーデルちゃんが何か言葉を続けようと口を開いた。



 その時だ。



「フォート。もうマリーデルの模倣演技エミュレートはしなくていい。その人には話す」


 男性の声がしたかと思うと、庭園の空気が変わった。


「……隔離結界?」

「人に聞かれては困るのでね」


 落ち着いた男性の声色。

 隔離結界は可視できる通常の結界とは違い、存在そのものを簡易異界へ隔離して周囲から存在を隠す高等魔法だ。使える者はまず間違いなく私より格上である。

 そんな相手に、中で何をされても分からないような空間に閉じ込められた。

 私はぞわっと肌が泡立つのを感じながら……声の主を見る。




 けれど相手を見た途端、警戒心より高揚が勝った。




「あなたは」

「アラタ、出てきていいのか?」

「え、お知り合い?」


 なんと声の主へマリーデルちゃんが話しかけた。

 どこか砕けた口調と呼び捨てられる"彼"の物らしき名前に、知り合い同士であることが伺い知れる。

 私は疑問符を浮かべながら、彼らの顔を交互に見た。


「……お初にお目にかかる。ファレリア嬢。いえ、この間顔だけは合わせましたね。覚えておいででは無いでしょうが」

「覚えてます!!」


 食い気味に返せば相手が驚いたように目を見開く。しまった、つい。


 私たちの前に現れたのは、第二王子の護衛をしている騎士様だった。

 この人生において最も好みの男だったので、覚えてませーんなんてことはありえない。記憶の図書館を参照するまでもなく脳と眼球に焼き付けてある。


 美形……というカテゴリからはややはずれるだろう。整ってはいると思うが。強いて言うなら整っているが地味という言葉が当てはまる。

 目鼻立ちのハッキリクッキリした西洋系の顔に囲まれてきた中では薄味な顔。何処となくアジアの流れを汲むその顔立ちは見ていてとても安心するし、私としてはたいへん好みの顔だ。


 そして更に注目すべきは……その体!!


 カッチリした服の上からでも分かる、ハイパーセクシーな筋肉が織り成す体全体の輪郭美! 美しいわ。スタイル良すぎて赤面もするってものよ。

 男性が巨乳を見た時ってこんな気持ちになるのかしら。……いや同性でも巨乳にはときめくが。アルメラルダ様、板の私と違って発育がとても良いのでいつも見てしまうんだよな。

 ともかく、こう。ズボンに現金ねじ込みてぇ〜! となるわね。現金持たせてもらったことないけど。



 私がくだらない思考に時間を割いている間に、騎士様はまったく体幹にブレの無い礼をした。

 長身を折り曲げられると一気に距離が近づいた錯覚を覚えて迫力がすごい。しかし後ずさっては失礼かと、その場で彼の言葉を待つ。


 そして告げられた話の中身だが……私の予想だにしないものだった。




「二年。あなたの事を観察させて頂いた。そして今マリーデルと話しているあなたを見て"悪意なし"と判断させてもらったよ。ファレリア・ガランドール嬢」

「え」


 騎士様の目は切れ長、三白眼ということもあって非常に鋭く私を射抜く。

 しかしその眼光にすくむ前に驚きが勝った。

 二年? 魔法学園に入学してからずっと見られていた?

 え、なにそれこっわ……。いくら私が美少女で相手がどタイプの男でも初対面でそれは引く。

 だって「観察」って言ったものこの人。色恋含んだ可愛いもんなら「そっか~。二年も影から見ちゃうほど私に惚れてるのか~。しょうがにゃいにゃあ」ってなるけど、その言い方は気分が良くない。観察とかなめてんのかってなる。私は趣味に「人間観察」とか答える奴が一番嫌いなんですよ。


 しかし私のドン引きに気付いているのかいないのか、騎士様は言葉を続けた。


「先日。第二王子に接触したのは、アルメラルダがマリーデルを疎ましく思わないように出会いを邪魔しようとしたのだろう。……まさか思いっきりタイミングを外してマリーデルと王子が出会った後でノコノコやってくるとは思わなかったが。……いや本当、全然間に合ってなくてビックリした」

「え……」


 覚える違和感。

 その違和感は次の瞬間、確信へと変わった。





「ファレリア・ガランドール。あなたはこの世界を"ゲーム"として知る転生者だな?」





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