同類encount(1)~虐め現場なんだが陸地で溺れそうです。は?

 マリーデル・アリスティ。

 それは現在、魔法学園で最も注目を集めている者の名である。


 何しろ平民から初めて出た"星啓の魔女"候補。

 星啓の魔女とはこの国の平和を保つためひどく重要な役割であり、そのことは子供でも知っている。

 数十年に一度代替わりをするのだが、その資質は極めて貴重だ。代替わりする世代にその素質を持つ者は一人か、多くて二人。

 現在は"多い"方の二人の素質保有者が魔法学園に在籍している。


 その一人がマリーデルであり、もう一人は我らがアルメラルダ様。

 魔法学園ではこれから数年。その資質が見極められ、次世代の星啓の魔女が決まるのだ。


 しかし私にとってマリーデルの存在は別の意味でも大きい。

 それは彼女が「原作主人公」だから。



 先の説明はまんまゲームの主目的。


 魔法学園で学びながらライバルと競い、魔女の補佐官となる男性と絆を紡いで恋愛しよう! というのが私の知る物語の概要である。





 ぴょこぴょこ跳ねて飛び出している亜麻色の癖毛を、二本に分けて大きな三つ編みにしている青い目の少女。

 ゲーム作中では最初その姿は野暮ったいと称されるのだが、プレイヤーから見たら最初から美少女だ。


 ステータスをあげる事でどんどん綺麗になったり、他のキャラクターがその魅力に気づいたりするのが仕様なんだけど……。

 どう見たってそのままで可愛いし、なんならステータス上げる前のちょっと野暮ったい方が味あって良いまである。

 まあこの辺もまた仕様よね。

 プレイヤーとしては「ま、その子の可愛さを俺は最初から分かってたけどね」と作中の攻略キャラクターの誰よりも先んじて理解し後方腕組み彼氏面が出来るので良い。






 そして件の原作主人公マリーデルなのだが、現在泥水にまみれながら地面に膝をついていた。





 ボリュームのあるふわふわの三つ編みも濡れてしぼみ、ぽたぽたと土色の水を滴らせている。

 その前にはこれでもかと悪辣な笑みを浮かべてマリーデルを見下ろすアルメラルダ様。


 虐めの現場ですね分かります。


 しかしアルメラルダ様をそこそこ悪役令嬢までに留めるため、ある程度その悪行を防ごうとしていた私ことファレリア・ガランドール。

 申し訳ないが今余裕が無い。現状を把握するまでが精いっぱいだ。


「あら、失礼? 魔法の練習をしていたのだけれど、そんなところにいらっしゃるだなんて思わなかったわ。地を這って餌でも探していたのかしら」


 嘘つけ。わざわざ彼女を呼び出して滝のような勢いで泥水ぶっかけたくせに。

 どこの大瀑布? って音がしたし、なんなら余波で周りの樹の幹がへし折れて押し倒されているからな。あんなの押しつぶされて膝もつく。

 ……むしろあの勢いをその程度で耐えたマリーデルちゃん、すごいわね!? 私だったら地面にめり込む自信がある。

 どうしよう。そう考えると膝をついてるだけの姿が、バトル漫画で敵の猛攻を耐えきった後のように見えて悲壮感を感じない。超カッケーですわ……。


 疑問として、原作でここまで強力な魔法で虐めてたか? というものが残るんだけども。

 アルメラルダ様やっぱり蛮族だよ。


「ああでも、豚は泥で体を洗うのでしょう? せっかくですし、そのまま体を清めてはいかがかしら。そうすれば少しはこの学園に相応しくない汚臭も消せるのでなくて」


 つらつら隠しもしない嫌味を述べるアルメラルダ様を困惑したように見上げるマリーデル。

 ゲームだとこの場面では現時点で一番好感度の高い攻略対象が助けに来るはずだが……。



 その前に彼女は、私を見てからアルメラルダ様に問いかけた。



「あの……。ところで、そちらの方は大丈夫ですか?」


(よく言ってくれた!! 自分が大変な時に、よく言ってくれた!! 流石原作主人公だ!! 圧倒的光属性!!)


 口を開けないながらも感動する私を尻目に、アルメラルダ様は憤慨したように腰に手をあてて胸を張った。


「まあ! 他人の事を気にかける余裕があるだなんて、図太さだけは一級品のご様子ね。雑草のようだわ。褒めて差し上げてよ」

「いや、気になるでしょ!! その人溺れてない!?」


 はい。


「フンッ、これだから庶民は。この高貴かつ高度な魔法訓練が理解できないだなんて。その前に字も読めないのかしら? ここに書いてあるでしょう。「只今魔法訓練中」ですと」

「訓練!? 拷問の間違いでなく!?」

(この子気持ちいい~。言いたいこと全部言ってくれる~)


 感動してしまう。

 彼女よりずっと付き合いの長い他の取り巻き連中は見ないふりしてるのに。


 大人しそうな外見と裏腹に元気よく驚愕の声をあげるマリーデルちゃんであったが、それもそのはず。

 現在アルメラルダ様の真横に居る私なのだが、何故だか虐め対象以上に虐められている状態にある。我ながら自分で言っててちょっとよくわからない。


 アルメラルダ様曰く訓練らしいのだけど、無茶言わないでほしい。

 マリーデルちゃんが言うように溺れる寸前なんだよなぁ! 陸地で!!


「ごばごばごばごばごばっ」


 私が今どんな状態かって、顔周りを金魚鉢程度の水球で覆われていたりする。

 更にはアルメラルダ様お手製の「只今魔法訓練中」のプラカード的な物を首からぶら下げていますね。


 訓練中、じゃないんですよ。とんださらし者だよ。


 これが朝からずっと続いており、授業中も移動中も常にこの状態。もし他人事であれば「イカレてんのか?」って目で見る。

 ただ悲しいかな。この程度はアルメラルダ様との七年の付き合いの中では普通の方。

 慣れるわけ無いし普通に苦しいんですけどねぇ!! ほほほ!!



 他の取り巻き連中はマリーデルを虐めるアルメラルダ様と一緒にクスクス笑っていたんだけど、明らかに私から目をそらして冷や汗を浮かべている。

 現実から目を背けるの、やめない? もう意気揚々と虐めに集中できてるのアルメラルダ様だけだよ。


「ほらぁ! ほらぁぁぁあッ! やっぱり溺れてる! 死んじゃいますよ!? 早くその魔法を解除してあげてください!」

「はぁ……。これだから低俗な仔豚さんは困りますわ。これがいかに洗練された魔法の上に成り立つ訓練か……」

「高度なのは分かりますけども! こんな綺麗な水球を乱れさせもせず保つなんて……上級生の魔法を見学した時にも見たことありません!」


 そこは褒めるんだ!?


「……! ふん。貴女のような方に褒められても嬉しくありませんわ」


 嘘。ちょっと嬉しがったでしょアルメラルダ様。

 あなた基本的に褒められるの大好きなんだから。


「……ともかく! これは魔力を高めるための訓練なのです。いいこと? この水球は本物の水ではなく、わたくしが召喚した水の魔力で出来ています。この中で空気を取り込むにはその魔力を分解し、外部への空気路を構築しなければならないわ。そのためには繊細な魔力操作が必要であり、加えて常に空気路構築用の魔力を放出し続ける必要もある。貴女にこの素晴らしさがわかるかしら」

「な……っ」


 ……。あ、あの。マリーデルちゃん?

 なんでそんな感銘をうけた! みたいな顔してるのかしら?


「……つまり日常の中で、常に極限の状態を作り出している……!? 確かにこれなら急速な成長が見込める……」

「あら。少しは理解できたようね?」


 アルメラルダ様も理解できたようね、じゃないんですよ。受けてる私が納得できてないよ。

 いや説明はされたけどね? 理解と納得は常にセットではないのだ。








 何故私がこんなことになったのか。

 時間は少し遡る。


 





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