悪役令嬢beginning(2)~もうどうしようもなくズレてる
そうして友人と過ごす幸せに満たされていたアルメラルダだったが、ある日はたと気づく。
(十五歳になればわたくしは魔法学園へ入学する。でもファレリアは……?)
魔法学園は貴族なら誰でも入学できる、というわけではない。魔法を学ぶ場所なのだから、当然最低限魔法を使う才能が必要である。
しかし正直言って、ファレリアは入学の水準に達していなかった。つまりこの楽しいひと時もあと数年。
(い、嫌ですわ……!)
真っ先に覚えた感情は拒否。
アルメラルダにとって、もうファレリアがそばに居ない生活は考えられなかった。
アルメラルダにはある特別な素質がある。故に公爵令嬢にも関わらずこれまで婚約者が居なかった。魔法学園へ入学した後、そこで相応しいものを選定するのだ。
そのこと自体に不満も無ければ、これまでより優れた相手を見つけるために己の研鑽も続けてきた。だが入学が近づくにつれて、アルメラルダは強い焦燥感を覚える事となる。
これまでアルメラルダが隠れ蓑となり婚約者のいなかったファレリアだが、遠く離れればすぐに相手が決まるだろう。今は伯爵家が自分に遠慮しているに過ぎない。
魔法学園の在学期間……五年も遠く離れた友人のために、大事な娘を行き遅れにさせる義理も無いはずだ。
つまりファレリアが魔法学園に入学できなければ、そこでアルメラルダとファレリアが今の様に共に過ごせる時間は終わりを迎えてしまう。
加えて痛みを"愛"と感じるファレリア。そんなファレリアにもし、変な婚約者が出来てしまったら?
ふと以前見た両親の痴態にファレリアと見知らぬ誰かが重なる。
ドンッ!!
気づけばアルメラルダは、自室の机を拳で中央から割っていた。
(ファレリアをぶちのめしていいのは、わたくしだけよ!!)
激しく燃えたのは嫉妬心。だがアルメラルダが得た感情はそれだけではない。
(あの子、顔以外に取り柄が無いもの! すました顔してると思っていたらぼーっとしていただけだし、注意力も散漫で、結構抜けてて! いいように流されて婚約者を決められてしまうわ! あああああ、もう! どうにかしなきゃ。どうにかしなきゃ!!)
もともと責任感の強い彼女は、ここ数年で知りえたファレリアの実態によって強い庇護欲を抱くようになっていた。その姿は子を守る親鳥のようだったと、長年アルメラルダに仕えてきたメイドが後に語る。
これからもファレリアと一緒に居たい!
ファレリアに変な婚約者が出来る、もしくは変でなくてもファレリアの歪んだ愛の受け取り方を満たすような者では嫌だ!
自分がどうにかしなければ。自分が……!
駆け巡る思いに、アルメラルダは決意した。
「どうにかこうにかファレリアも魔法学園に入学させわたくしの側に置き、その上でわたくし自らファレリアに相応しい殿方を選ぶしかないようですわね……! 変な趣味の無い……!」
自分に相応しい婚約者とファレリアに相応しい婚約者。その二つを探さなければ。
更に相手を見つけたとあらばその者を確保し確実にファレリアと婚約させるため、かつ結婚後も自分の手が常に届くようにするために公爵令嬢以上の地位を手に入れる必要もある。
幸いそのための"資質"はすでに己の中に存在した。
条件さえ満たせば人の婚約に口を出すことなど造作もないし、人妻になろうが自分の元へ呼び出すなど容易いもの。……たとえファレリアの相手に選んだものが、王族であっても。
それを可能にする地位の素質。
アルメラルダはこの日、確実にそれをものにすると心に誓った。
幸い気づいたときは入学までに猶予期間があった。
まずその一年でファレリアの魔法の才能を入学水準まで鍛えて鍛えて鍛えまくる。どんなに辛い訓練でも耐えてもらうつもりだが、それに関しては心配ないだろう。なにしろファレリアにとってアルメラルダから与えられる苦痛は全て愛なのだから。喜んで受け入れるはずだ。
加えてまともな婚約者を得たとしてもファレリアが暴力を"愛"と勘違いしたままでは危ういため、入学後は徐々に
これは今までの関わり合い方を否定するため非常に寂しいが、今後も共にいるためには必要なことだ。二年ほどあれば出来るだろうか。
「やることが多いですわ……。まったく、手のかかる子」
憤慨したように息を吐いた後。
……アルメラルダが浮かべたのは、非常に柔らかい笑みだった。
その後アルメラルダの努力もあって無事入学水準まで魔法力を鍛えられたファレリアは共に入学。
アルメラルダは"資質"を磨き確固たる地位を得るべく邁進しつつ、自分とファレリアに相応しい男子生徒の目星をつけ始めるのだが……。
「あの小娘、邪魔ですわね。身の程という物を知らないのかしら」
パンっと扇を手に打ち付けて、アルメラルダは二階の廊下から中庭を見下ろす。そこにはついこの間入学してきたばかりの少女が、この国の第二王子と笑いあっていた。
王子が護衛の騎士を連れているとはいえ、ほぼ二人きりといっていい状態。身の程知らずという言葉がこれほど似合うものもない。
その少女は今この学園で一番の注目を集めているといって良い存在だった。
何故ならこれまでアルメラルダしか持っていないかと思われた「
それだけでも目障りだというのに、こともあろうかアルメラルダが二年の月日をかけて選出していた十二人の「結婚相手候補者」と次々に仲良くなっている。
アルメラルダが目を付けた相手は偶然にも「
これは動く必要がありそうだと。……アルメラルダは悪辣な笑みを浮かべ、その少女を見下ろした。
「は?」
だがそんな今大注目の少女などよりよほど気になるものが、アルメラルダの目に映った。
第二王子と少女が別れた後、その場にのこのこやってきた見覚えのありすぎる姿。遠目にもそのプラチナブロンドはよく目立つ。
さすがに四六時中共に過ごしているわけではないため、ファレリアが単独行動をしてもなんらおかしくない。だが自ら男に近づいていくことなど、これまでに一度も無かった。
「あ、アルメラルダ様?」
「お黙り」
べたっ! と窓に張り付き中庭を血走った目で見るアルメラルダに取り巻きその二(その一はファレリア)が困惑の声を出すが、ぴしゃりと叱責され押し黙った。その三とその四も、固唾をのんでアルメラルダを見守っている。
(……は? え、なん。なんですの? いつもいつもわたくしの後をカルガモのようについて歩いていたファレリアがわたくしを放っておいて男の元に? わたくしに一言も無く? 確かに相手はわたくしが目星をつけていたうちの一人だけど、そのことはまだあの子に話していないわ。そうよ。まだ見極めは終わっていないのだもの。なのになぜ勝手に近づいて? は?)
バキッと手に持っていた扇がへし折れた。
「顔を……赤らめた……!?」
遠目でもわかる。
第二王子を前にあのぼーっとしているすまし顔のお人形さんは、赤面したのだ。
これまでにアルメラルダが見たこともない表情で!!
すぐさまアルメラルダは駆けた。それでも高貴さ優美さを失わない矜持は流石であり、凄まじく洗練された走り。校内を駆け抜けた公爵令嬢を見た他の生徒は「神獣が紛れ込んだのかと思いました」などと証言したとか。閑話休題。
そして中庭からファレリアを自室へ引っ張っていったアルメラルダは、彼女を問い詰めた。
「あなたに相応しい男であるとわたくしが認めない限り、交際など認めませんわ!!」
宣言すればファレリアはぽかんと口を開ける。
「誰ですの、さっきの男は!!」
「この国の第二王子ですけど!? アルメラルダ様、記憶力大丈夫ですか!?」
人形のような見た目に反して意外と砕けた口調、かつ失礼な物言いをする少女。七年の付き合いでその無礼にも慣れたが、衝動を発散するためにここ最近控えていた暴力を振るった。
叩かれた頭を抱えて眉尻を下げるファレリアに「よしよし、暴力に対して正しい反応をするようになってきましたわね……」と、満足感とちょっとした寂寥感を覚えるアルメラルダだったが、今はそれどころではない。
「そんなことくらい分かっています。ただ貴女との関係を聞いている、ということくらい理解できませんこと?」
「はぁ……」
「気の抜けた返事をするのではないわ」
「はい!」
「……で? 貴女と彼の関係は?」
アルメラルダの問いかけにファレリアは視線を彷徨わせた後、目を瞑り……数十秒。
その間をもどかしく待っていると、ファレリアはゆっくりと目を開けて手をもじもじ絡めながら明後日の方向を見た。
「か、関係もなにもありません。だって相手は第二王子様ですよ? ただ、その。み、道を聞いていただけですわぁ~。ほほほ」
二年も過ごした学園の中で???
アルメラルダはそう考えたが、ファレリアが自分に嘘をついたことが衝撃的過ぎて言葉を失っていた。
相手は第二王子。ファレリアの相手として申し分ないし、実際アルメラルダも目をつけていた。だがそれでもファレリアが自主的に相手を選んだことが信じられない。
せめて、まず行動を起こす前に自分に話すべきではないか!?
アルメラルダはこめかみをもみほぐしながら息を整える。
落ち着け。焦ることは無い。もしファレリアに好きな相手が出来て、それがアルメラルダも認める者ならそれは素晴らしいことだ。落ち着け。
(……そうなると、いよいよあの小娘が邪魔ですわね)
脳裏をよぎるのは己の
(このわたくしが直々に排除してやりますわ……!)
この世界においての悪役令嬢ビギニング。
それは今この瞬間。……確定的なものとして、成ったのである。
+++++
某所。
夜陰に紛れるようにして、ふたつ分の人影が蠢く。
密会である。
「魔法学園プリティーサバイバル。この作品は食うに困って山に食材を探しに行った君のお姉さんが魔物に襲われ、撃退時に「星啓の魔女」たる資質を発揮したところから始まる。……星啓の魔女。この国を守る、とても大事な役割だ。それこそ王族と同等の地位と言っても差し支えない」
「そして貴族しか入学できない魔法学園に招かれ、もう一人の星啓候補のアルメラルダと競いながら補佐官候補でもある攻略対象との絆を深めていく恋愛物語……だったね。もう耳にタコが出来るくらい聞いたよ。覚えた」
「それは重畳」
「最悪のルートを進むと国ごと亡ぶんだろう? 姉さんの幸せを守るためでもあるけど、嫌でも覚える」
「ふっ、違いない。まあそれはすでに回避できたようなものだが。君がこの役を受けてくれたからな」
「でもって、あとは僕が上手く立ち回って"大団円エンド"とかいうやつに進めばいいんだろ。あんたには恩があるからね。上手くやるさ」
「ああ! 頼む。そうすれば……」
男は固く握りこぶしを作り、高々と振り上げた。
「アルメラルダたんは不幸にならないし、死なない!!」
様々な思惑が交差する魔法学園での生活。そんな中。
(なんか変な勘違いしてるみたいだなアルメラルダ様。いや、まぁね? 自分でもわかるくらい顔赤くなってたのは自覚してますけど……。でも私の好きなの、王子でなく後ろに居た騎士様なんだよなぁ。どちゃくそ好み過ぎてうっかりときめいてしまった。いや、そんなことは今どうでもいいわね。それよりアルメラルダ様、私が王子に恋したと勘違いしたにしては変なスイッチ入ってなかった? うーん……?)
腕を組みながら唸る原作知識持ち取り巻き転生者は、あらゆる意味で周回遅れをしていた。
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