同類encount(3)~美少女が美少年だった件





 その言葉を聞いたとき、息が止まった。

 一拍、二拍、三拍と心臓の鼓動を数えるようにして空白時間を過ごす。

 そして。




「あーーーーーー! はい。はいはいはいはいはい! かんっっっっぺきに理解した! うわっ、恥ずかしい! 無意識下で自分一人がそうなんだと思ってた! でも、そっか。なるほどなー!」


 ギリギリまで膨らませた風船が弾けたように言葉が飛び出し、凄まじい勢いで襲ってくる羞恥心をやり過ごすべく騎士様の手をとりシェイクハンドした。

 手を握られた側の騎士様は面食らった顔をしており、刃物を思わせる鋭い風貌でそんな顔をされると一気に可愛く見えてくる。ひゅ~、ギャップマジック。


 それにしても顔が熱い。

 これは好みの男を前にした照れなどではなく、己の無知と視野の狭さを由来とする恥ずかしさによるものだ


(あ〜〜! はずかしっ!)


 なぜ私は「転生してその記憶を持っているのは自分だけ」などと思い込んでいたのか。

 自分という例がある以上、他に同じようなことになってる人が居てもおかしくないのに。

 その考えに至るべきだった。


 一通り恥ずかしがったあと、なんとも言えない空気が夕闇の迫ってきた空間を満たす。空ではカラスが鳴いていた。

 ……隔離結界内でも時間は普通に経過するんだな。知見を得た。




「……ところで、そうなると貴女も?」


 気まずさを誤魔化すように咳払いしたあと、私が目を向けたのは原作主人公ことマリーデルちゃん。

 騎士様は彼女が居ることを承知の上で「転生者」という単語を出した。

 加えて彼らがもともと知り合いなこともあり、十二分にその可能性はある。

 そうすればアルメラルダ様をどつくなどという、原作よりアグレッシブな彼女にも説明がつく。


 しかし。



「いや、僕は違うよ。君たちの言うところの"現地キャラクター"だね」



 現地キャラクター。

 その単語を皮肉げに歪んだ口元から吐き出した彼女の声に、私の思考は宇宙に放り出された。


 ……だってその声は先程までの可憐な少女のものではなく。


「アラタ。いいんだよね?」

「ああ。カマをかけてみたが、流石に今の反応で確定した」

「そう」


 マリーデルちゃんは騎士様に何やら確認をとると、その蒼穹のごとき瞳で私を見た。



「ごめんね。さっきは嘘の自己紹介をした。改めて名乗ろうか」


 そう言って浮かべられた笑みは先ほどまでの太陽のような笑顔ではなく、月下美人とでも言おうか。そんな妖艶さと計り知れなさ、儚さを含んだもの。

 印象がガラッと変わった。


「……僕はフォート・アリスティ。原作主人公ことマリーデル・アリスティの弟で……その男に雇われて"イベント管理"を行っている者さ。よろしくね?」


 バリトンとまではいかなくとも、ソプラノやアルトではありえないテノールの声色。




 その声は確かに、少年のものだった。





「あ……」

「ファレリア!!」

「!」


 思考の処理が追い付かず混乱していると、聞きなれた声が耳を打った。同時にパリンッとガラスが壊れるような音。


「! 隔離結界を壊すか。さすがだな……!」


 騎士様は唸ると、私に「また後日。詳しいことを話すので、使い魔を送る」と言い残して凄まじい跳躍でもってその場から退避した。忍者かな?

 更にはマリーデルちゃんの姿もすでになく、私はアルメラルダ様に腕をとられるまで狐につままれた気持ちでぼーっとしていた。


「ファレリア! なにがあったのです? 隔離結界なんて……! あの小娘ですか? なにか変なことはされていない!?」

「いえ、大丈夫です。アルメラルダ様以上の変な事してくる人間とか早々に居ないんで」

「心配してあげたというのに貴女は!」

「ぁ痛っ!」


 つい口が緩んだらすぐに鉄拳制裁が襲ってきた。

 仮にも心配したって言うなら手加減してくださいよぉッ!



 ともかく原作主人公との初エンカウントは、予想外の展開で幕を閉じた。


 ……これ、もう原作崩壊してない?







++++++++++







 先日は隔離結界に気付いたアルメラルダ様が来たのでお開きとなったが、騎士様の言っていた通りに後日。使い魔が手紙を持って私の元に現れた。



『空中庭園で』



 そんなシンプルな一言が書かれた手紙を持ち、私は早朝の寮から抜け出し待ち合わせ場所へと向かう。

 警戒しないわけではないが好奇心が大きいし、なにより隔離結界など使える相手から逃げることは不可能だろうという判断の元の行動である。

 だったら真正面から行った方がましだわ。


 早朝の今ならほとんど人が出歩いていないし、学校の規則的にも咎められない時間帯。

 人目を避けての移動は容易かった。


 空中庭園は通常の庭園とは違い、その名の通り魔法で空に浮いた庭園である。

 地上から続く螺旋階段でのみ繋がっており、見通しが非常に良い。

 人が来ればすぐにわかるので、結界を張らずして行う密会にはぴったりだろう。


 問題があるとすれば階段がクソ長くて急なため、上につくころには息が上がっていることだ。

 景観は最高なのに到着するまでが過酷なので「心臓破りの残念デートスポット」として有名である。





「やぁ」

「おはようございます」


 階段を上り切り息を整えていると、まず気さくな挨拶で迎えてくれたのはマリーデルちゃん。いや、弟くんらしいのだが。

 なんて名前だったかな……。

 もうマリーデルちゃんで脳が覚えてしまったのでなかなか思い出せない。


「……この間も思ったけど、驚かないんだ。一応聞くけど僕の性別、理解してる?」

「はい。とっても驚いています」

「真顔で言われても」

「お似合いですよ」

「それ、言われて喜ぶと思ってる?」


 私のリアクションが薄かったからか、どこか居心地が悪そうなマリーデル弟。

 いや驚いてるって。マジでマジで。ただ顔に出にくいだけだって。

 そう言おうかと思ったけど、その前に本命が来た。


「よかった、来てくれたか」

「来ないわけにもいかないでしょう。私、すごく気になっていました」


 私の言葉を受けた騎士様は「それはそうだ」と言って笑った。

 思ったより親しみを感じてくれているような雰囲気に、つい顔が赤くなってしまう。

 ……マリーデル弟から何やら視線を感じるが、何も言わないでくれると助かる。照れちゃうでしょ。


「それで。あなたの……いえ、あなたたちの事。教えてもらえるのですよね」

「ああ。確信が持てたからには、むしろ知っておいてもらわないと困る」

「それは"イベント管理"がしにくくなるから、でしょうか」

「話が早い。そういうことだ」


 先日耳にしたワードを使って問いかければ騎士様が頷く。

 そして「あ」と声をあげてからばつが悪そうに頭をかいた。


「…………。申し訳ない。まず名前を教えていなかったな。アラタ・クランケリッツ。ファレリア嬢、あなたと同じこの世界をゲームとして知る転生者だ」


 あ、私が転生者なことはもう確定済みね。この間の受け応えで肯定してしまったのは自分だけども。

 カマかけたとか言っていたし、私が肯定するまで確証は無かったんだろうな。うっかりうっかり。


 それにしてもクランケリッツか。確か国境近くの辺境伯の家名では?

 何番目の子かは知らないけど、実家は結構太いぞこの人。


「これはご丁寧に。アラタ様、ですね。……なんだか懐かしい響きを含んだお名前です」

「ははっ。日本人っぽいだろ? 苗字との違和感がすごいけど、気に入ってるよ。母が東洋の国出身なんだ」

「ほほう。異世界あるある、西洋系の世界観に出てくる唐突な日本っぽい東洋の国でございますね……! わかるわかる。刀とか出したいですもんね。東洋の国、実在したのか……!」

「あなた思ったよりノリいいな!? ……失礼」


 いかにも初めて知りました! のノリで対応してみればいいツッコミが返ってきた。

 あなたこそノリがいいですよ。


「ああ、あと。俺に様はつけなくていい。もっと気さくに呼んでくれ」

「ではアラタさんと。私の事もファレリア、とお呼びくださいませ。嬢呼びってこの世界の人からだといいんですけど、同郷者と分かってからそう呼ばれるとちょっとぞわぞわしちゃうので」

「そうなの!?」


 おっと。

 ピシッとしているように見えて、やっぱりノリいいな? この人。


「盛り上がってるところ悪いけど、話せる時間もそう長くないでしょ? 本題へ行ったら」

「あ、すみません」

「あ、はい」


 マリーデル弟に冷静なつっこみを頂いてしまった。


 ……にしてもこの子、初見の印象とは本当に違うな。

 それ含めて気になってるから、君の事もよく教えてくれよな。特にスカート履いてることについて。

 超似合ってるのだけど、ぱっと見は首の太さだとか肩幅だとか、骨格が女の子にしか見えないのよ。その辺すごく気になる。





 ともかくだ。私が清聴の姿勢を見せると、騎士様……アラタさんは自分が何者であるか、何を目的としているかを語り始める。

 この世界において初めての同類エンカウント。私は興味津々で、その話に耳を傾けるのだった。



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