――愚者の滑落――

「ねぇ知ってた? この前、神殿に入られたアウセル様って、この学園の生徒だったらしいわよ」


「知ってる……。あーあ、もっと早くにお知り合いになれていたら、お近づきになれたかもしれないのに……」


「同じクラスになれないと、なかなか話す機会もないわよねぇ」


「だからこそ、同じくクラスになれたルーク様には、しっかりと顔と名前を覚えてもらわないと!」


「もう様付け? 相手は孤児よ?」


「ルーク様はいずれ必ず『寵愛の剣ソード・オブ・クラ―ディア』の一員になる御方よ。未来の英雄様に敬意を払うのは当然のこと。それに、アウセル様だってこの学園の孤児院にいたって言うじゃない」


「……それもそうね。身分にかまけていたら、貴重な出会いも不意にしてしまう」


「外交情勢も不安定になると聞くわ。急事にこそ真価は問われる。名ばかりの爵位にあぐらをかいていたら、たちまち誰がお荷物なのかはつまびらかにされていくでしょう。これからは、実力が物を言う時代よ。私達もアウセル様とルーク様を見習っていかないと」


 煩わしい世間話が、せっかくのティータイムを台無しにする。

 ルフト洞窟の一件以来、やつの噂を聞かない日はない。

 先日には神殿に足を踏み入れたとも聞く。

 気に入らない……俺より先に、俺ですら行けない場所に……あんな雑魚が入れるなんて……。


「……チッ!」


 底に溜まった苦い茶が、舌に染みる。

 俺はティーカップを放り投げた。


 ルフト洞窟の一件。

 情報を操作すれば、生徒たちを救った全ての功績を俺のものにできるはずだった。

 もちろん、父上にはそうするべきだと提案した。

 これはレスノール家の名を世に知らしめる好機。

 俺が第二階層に落ちたのは、女神クラーディアが授けてくれた僥倖なのだと。

 でなければ、この俺様があんなヘマをするはずがないのだからと懇切丁寧こんせつていねい、わかりやすく説明した。

 ……しかし、神の御心を聞いた俺の言葉を、父上は信用しなかった。

 

「なぜだ……。情報を操作していれば、今頃は俺が神殿に招かれていたはずなのに……。なぜあんな奴に、素直に手柄を渡す必要がある? 父上は何もわかっていない……」


 レスノール家の権威を示す絶好の機会。

 それを父上はあろうことかドブに捨てたのだ。

 全くもって考え方が砂糖のように甘すぎる。

 俺が当主なら、絶対にチャンスを逃すようなマネはしないのに……。



 ◇



「模擬戦闘訓練を行う。対戦相手をくじで決める。一人ずつ前に出て、くじを引け」


 戦闘訓練の科目。

 今日の授業内容は、別のクラスの生徒たちと行う模擬戦闘だった。

 試合場には回復系のスキルを持った医者たちが控え、負傷者の治療に備えている。

 模擬戦闘と言うだけあって、武器は本物だし、スキルの使用も認められている。

 重傷者や死人は、あっさりと出る。

 痛みに対する恐怖心を克服するための授業でもあるんだろう。

 中等部に上がると、より実戦的な戦闘訓練や、職場で即戦力となれる座学を学ぶことになる。

 

 ちょうどいい。

 日頃の憂さ晴らしに、生徒を一人ボコボコにしてやろう。

 俺の真の実力を、大衆に思い知らせてやるのだ。

 グフフフ……今からニヤケが止まらん。

 俺の強さに驚いた大衆は、称賛に称賛を重ねて、割れんばかりの歓声をあげるに違いない。

 そして俺の才覚はまたたく間に全国に知れ渡り、『寵愛の剣ソード・オブ・クラーディア』からも声がかかる。

 神殿に招待されるのだ。

 俺が英雄と呼ばれる日も、そう遠くない。

 

 モルテスが1から順に数字を言う。

 同じ数字がくじに書かれている者同士が集団を抜け、列に並ぶ。


「22番」


 番号が呼ばれ、俺は列に移動する。

 俺の隣に来たやつが対戦相手。

 さて、俺の踏み台になる哀れなやつは誰だ?


「……」


 公爵家に対する敬意はおろか恐縮する素振りすらない、害虫でも見るような冷え切った視線が、躊躇いなく俺に向けられていた。

 となりに、来たのはルークだった。

 なんとも生意気で、憎たらしい態度。

 無礼千万。

 貴族への敬意を教え込ませるためにも、本来なら、今すぐにでも牢獄へ叩き込んでおくべき悪童だ。

 ……しかし、これはどうする……。

 毎日の訓練を欠かさない、努力の狂人。

 卓越した剣技の噂は、俺の耳にすら届くほど。

 評判を裏付けるようにルークの成績は、今や学年トップ。

 それも普通の一位ではなく、飛び級も視野に入るほど他の追随を許さない、ぶっちぎり状態だ。

 俺が戦って、勝てるのか……。


「……ふん! くだらん授業だ! こんな下賤な奴と戦って得るものなどあるはずがない! モルテス! 俺の相手を変えろ! 俺に相応しい、高貴な血を持つ者を選ぶのだ!」


「逃げるのか?」


「なに……?」


「俺に負けるのが怖いからって、逃げるのか?」


「だ、誰が逃げるか!? 俺はただ、高潔な貴族の戦いには、それに相応しい相手が必要だと言っているだけだ!」


「また貴族がどうのって……。お前はいつまで身分に守られて生きていくつもりだ?」


「ぐっ……!?」


 いつの日か言われた、父上の言葉と重なる。


「俺がいつ……俺がいつ身分に守られたというのだ!? 俺の強さは、俺自身の力で手に入れたものだ!」


「だったら、それを証明してみせろよ」


「……いいだろう。その減らず口を黙らせてやる!!」


 他の試合が行われている時も、ルークはじっと俺だけを見つめていた。

 体がブルっと震えた。

 ビビっている?

 この俺が、あんな奴に……?

 バカな……ありえない……。

 俺は唯一無二の人間、負ける可能性など万に一つもない。

 蟻に怖気付く人間がいるか?

 いないさ。

 ビビる必要なんて、どこにもない。


 試合は順当に進み、俺の番がやってくる。

 全員の視線が、俺とルークの試合に向けられていた。

 注目されるのは悪い気がしない。

 敗北したルークの情けない姿を、多くの人間に見せつけることができるんだからな。

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