——愚者の滑落——

 俺とルークが試合場に立つ。


「両者、剣を抜け」


 モルテスがそう声をかけても、ルークは剣を鞘に収めたまま突っ立っていた。


「先生。俺には必要ない」


「……いいだろう。では……始め!」


 な、舐めやがって……。

 この俺を相手に手ぶらで挑もうとは。

 それを許すモルテスもどうかしている。

 気に食わない。

 その長く伸びた鼻っ柱をへし折ってやりたい。

 だが、今はその傲慢さに感謝しよう。

 奴は知らない。

 俺の持っている剣が、1億ディエル以上する超強化された剣であることを。

 俊敏さ1.5倍、軽量化50%、魔力増強200%、対魔力補正、斬撃力増加200%、指導修復、【炎】付与。

 この剣を使えば、俺の能力は全体的に倍増する。

 いくら奴が成績優秀者でも、武器の性能差には敵うまい。

 教えてやる。

 努力じゃ、財力には敵わないってことをな!!


 ——と、最初からトドメを刺しに行ってはもったいない。

 多くの観客がいるせっかくの機会だ。

 できる限りいたぶってから、倒したい。

 奴の自尊心、努力は報われるという幻想を叩き潰し、骨の髄まで絶望を味合わせ、二度と俺に生意気な態度を取れないようにしてやるのだ。


 俺のスキルは【石】。

 『投石スローイング』で石を高速で発射すれば、頭蓋骨を割るくらいの威力は出る。

 恐れ慄くがいい!

 これが俺の実力だ……!


「スロ……」


 ——バギッン!!


 石を生成した瞬間、俺の真横を一線の光が駆け抜け、貫通された石が砕かれた。


「……」


 後ろを見る。

 試合場の壁に突き刺さっていた剣が、魔力の粒子になって消えていくのが見えた。

 空気を切り裂く音が幾重にも重なる。

 ルークの周りで4本の剣が回転しながら宙を舞い、切っ先が俺の方を向いてピタリと止まる。


 今、俺の石を砕いたのはあいつの剣……なのか……?

 目にも止まらぬ速さに、数十メートルの距離でも的確に的を射抜く精度。

 ありえない……。

 剣が石を砕くなんて、そんなことあるはずがない……!!

 今度は小さな石を大量に生成し、全てをやつにぶつける!


「『流石ストーンラッシュ』!!」


 土煙が上がる。

 ルークの4本の剣は、主を守るために乱舞し、数百とあった俺の投石を全て打ち砕いた。


「ば、馬鹿な……」


 今度は、一点に溜めた魔力で巨大な石を奴の真上から落とす!

 これはしっかりとイメージを掴まなければ発動できない、俺の必殺技だ。

 上げた両手を、重いものを放り投げるように遠心力をつけて下げる。


「『大石エッジストーン』!!」 


「……『切断スラッシュ』」


 ルークは天に上げた右腕を下げた。

 四本の剣が1つにまとまり、一本の大きな剣に変身すると、俺の渾身の石を一刀両断した。

 剣という概念が一緒なら、大きさも調節できるのか。

 それは俺の【石】の性質と似ている。

 だからこそ、魔力を一点に集中させる難しさ、大きな物質を生成する難しさが容易に理解できた。


「お、俺のスキルが……通用しない……? そんなこと……あるはずない……。同じ年月を生きている俺とお前で、それほどの差が生まれるはずがない!!」


 集中しろ。

 意識を乱すな。

 魔力の凝縮率を上げて、より強度の高い石を生成する。

 食らうがいい!!


「『投石スローイング』! 『投石スローイング』! 『投石スローイング』! 『流石ストーンラッシュ』! 『流石ストーンラッシュ』! 『流石ストーンラッシュ』! 『大石エッジストーン』! 『大石エッジストーン』! エッジストーォオオオオン!!」


 土埃で相手の姿が見えなくなっても、ルークのやつが石に潰されてグチャグチャになろうともお構いなしに、俺はスキルを発動し続けた。


 どうだ……これで……。


 風に流され始めた土埃の隙間から、ルークの姿が見えた。

 ルークは無傷で立っていた。

 その場を一歩も動かず、試合開始の号令が掛かったその時からまるで変わらない姿で。

 そして、力を持て余した一本の剣が土埃の死角から飛んでくると、俺の右頬を切り裂いた。


 い、痛い……。

 裂けた!? 俺の頬が、裂けている!?

 手で押さえても、血が止まらない!

 ドバドバと溢れ出てくる!


「ひ、ひぃいいいいいいい!? 血が……血が止まらない!! き、貴様ぁあああああ!? こんなことをして、タダで済むと思っているのかぁああ!? 今度こそ退学では済まないからなぁああ!?」


「何を喚いてやがる。今は授業中で、模擬戦をやってるんだぞ? 戦っていれば怪我をするのは当たり前だろ」


「貴様……」


「おい、ブタ野郎。模擬戦のルールを知ってるか? 試合の決着は、どちらかが戦闘不能になるか、負けを認めるまで終わらないんだぜ?」


 影の落ちた表情が、鋭い眼光を引き立たせる。


「死にたくなかったら……さっさと負けを認めろよ。さもなきゃ、テメェの体をバラバラにしてその醜い腹の中を曝してやる」


「敗北を認めろだと……? 俺が? お前に……? ふざけるな……ふざけるなぁああああ!!」


 俺は石を何度も発射したが、その全てが剣に砕かれた。

 ルークの剣は俺の石を全滅させたあと、また俺の方へ飛んでくる。


「ぐふっ!? ぎへっ!? どがっ!?」


 剣の柄の部分が、俺の全身に突っ込んでくる。

 筋肉の内側を破壊するような、鈍い痛みが奥深くに浸透してくる。


「いぎ……痛い……痛い痛い痛いぃいいいい!!!! 何をしている、モルテス!? さっさとやつを止めぶへっ!?」


 剣の柄が顔面に当たった。

 口を閉じているのに、何かに左右を挟まれた舌先が、外の空気に触れていた。

 異物感を吐き出すと、白いものが真っ赤な血と一緒に地面に落ちた。

 前歯が折れていた。


「どうした? ブタ野郎。もう終わりなのか……?」


「ぐ、ぐぎぎぎぎぎっ! くそがぁああああああ!!」


「!?」


 もはや我慢ならない。

 コイツはこの場で思い知らせなゃ気がすまない。

 出し惜しみはもう終わりだ!

 俺は全ての魔力を込めて、剣に付与された【炎】の魔術式を発動させた。

 切っ先を前方に向けると、火柱が大蛇のようにウネリながらルークに襲いかかる。

 たとえどれほど【剣】のスキルが優れていようが、範囲系の攻撃は防ぎ切れまい。

 いたぶることは出来なかったが、炎の中で苦しむ無様なお前が見れるなら、今はそれで満足しよう。


「や、やった! どうだ!? ざまぁみろ!!」


 勝利を確信した瞬間、炎の中から無傷のルークが飛び出してきた。


 馬鹿な……炎は確かにルークに直撃した。

 だが、炎から抜け出したルークの周りには、結界のような青く光る透明な膜が展開されていた。

 あれは明らかに【剣】のスキルから派生したものではない。

 ルークの射出した剣が、俺の右腕を深く切る。

 力が入らなくなった右手から、俺の剣がこぼれ落ちた。

 

「うぐあっ!? ど、どうなっている……!? 今のは明らかに【剣】のスキルではなかったぞ!? いかさまだ! 誰かがルークを援護している!」


「それはちげぇよ。こいつは俺の剣に付与された防御陣だ。武器の効果を使ってんのはお前も一緒だろ」


 剣を逆手に取ったルークが少しだけ鞘から引き抜くと、魔力を受け取った剣が、さっき見た青い光の膜を発生させた。

 防御陣が付与された剣だと……?

 なんで……なんであいつが……そんな高価な剣を持っているんだ……。


「今度はこっちの番だ。耐えろよ……? テメェはできるだけボコボコにしてから勝ってやるからよ」


 宙を舞う4本の剣に、怯えた表情の俺が映る。

 きっとこいつは、アウセルを退学させた俺を今でも恨んでいるんだ。

 だから、決着を先延ばしにして俺を痛めつけるつもりだ。

 俺がアイツにそうしようとしたように……。


 こ、殺される……。

 骨の髄まで絶望を味あわせたあと、こいつは……俺を殺す気なんだ。

 い、いやだ……。

 痛いのはもう……いやだ……。


「ま、参りました……」


「あ? 聞こえねぇよ」


「ま……参りました……! お、俺の……負けだ……! もう許してくれ!!」


「そこまで。勝者、ルーク!」


「最後まで戦う度胸もないのか……。魔力が尽きるまでモルテス先生と戦い続けたアウセルとは、雲泥の差だな」


 心の底から軽蔑したような顔をして、ルークのやつは一度も振り返らずに去っていった。

 ルークは称賛を浴び、さらに成績を伸ばした。


 自宅に帰った俺は、家具という家具を破壊した。

 無理に動くと、やつに刻まれた体の痛みがズキズキと蘇ってきて、それがまた俺の怒りを増大させた。

 【回復】のスキルをもった専属の医者が、ずっと俺の体に暖かい光を送っているのだが、一向に傷が治らない。


「おい! いつまで治療しているんだ!?」


「も、申し訳ございません! いつもなら、すぐに治療が完了するはずなのですが……。も、もしかすると、女神クラーディア様への信仰心が足らず、生命力の恩恵を受け取れなくなっているのかも……」


「この俺が、女神様へ不信を抱いていると言いたいのか……?」


「ひっ!? と、とんだご無礼を!! も、申し訳ございません!!」


「もういい! 消え失せろ!!」


「し、失礼します!!」


「くそっ! くそっ! くそぉおおおおおおお!!」


 こんなことはありえない!

 ありえていいはずがない!!

 唯一無二であるはずのこの俺が、あんな孤児に負けるなんて……!

 間違っている! 何もかもが!!


「俺は天才なんだ! 俺は大英雄になる男なんだ! それなのに、どいつもこいつも、本当に評価するべき人間をまるで分かっていない!!」


「こんばんは」


「……!? だ、誰だ!?」


 窓に反射する自分の後ろに、昆虫のように手足が異様に長い長身の男が立っていた。

 終始笑みを浮かべたままの男は、シルクハットに燕尾服という正装の姿だった。


「突然お声掛けして申し訳ございません。私の名はウェルパー・セルタ―ニュ。ドラーフルより参りました。士官でございます」


「ド、ドラーフルだと?」


 ウェルパーと名乗った男は、長い右腕を胸に当てて優雅にお辞儀をする。

 ドラーフル、この国を囲う四大国の1つか。

 しかし、名乗ったところで人の家に勝手に侵入してきた不審者であることには変わらない。

 いつでもスキルを発動できるよう、俺は不届き者の顔面に向け腕を伸ばし、照準を合わせた。


「そう身構えないでください。私は敵ではございません。ブルート様をお慕いする、正真正銘の味方にございます」


「……どういう意味だ?」


「最近になって、ご自身が正当に評価されていないと感じることはございませんか?」


「……」


「ブルート様の才能は群を抜いている。唯一無二であり、類稀な才覚を持っている。今はまだ成長途中ですが、いずれブルート様はこの世界を統治するに相応しい、偉大な大英雄になる御方だ。それなのに……この国の無能な住人たちは未だにブルート様の有能性に気づけずにいる。……おお、なんという理不尽。優秀な人間が正当な評価を受けず、虐げられることほど痛ましい悲劇はございません。それは人類の損失、ひいてはこの世界の損失に他ならない」


 ほう……こいつは俺の才能、才覚を十分に理解しているようだ。

 それだけでも、こいつがかなりの手練れであることは明白だ。

 話だけでも聞いてやるか……。


「御託はいい……何をしにきたのか、要件を言え」


 ウェルパーは誇らしげに語る。


「我が国の地主神であらせられるセルギス様は、環境に恵まれないブルート様を大変ご不憫に感じておられる。ブルート様は、我が守護者として迎え入れるに相応しい人材だと、このままランドールで腐らせておくにはもったいない逸材だと、セルギス様は仰せになられました」


「神が……この俺を……?」


「はい。ブルート様が我が国に来てくださるのなら、それ相応の地位と権威を授けることを、お約束することができます。これは、ほんの手付金です」


 少し横に移動したウェルパーの後ろには、木箱が置いてあった。

 木箱を開けると、黄金の輝きが差し込む。

 中身は1万枚は下らない、大量の金貨だった。


「……ドラーフル金貨か」


 セルギス神が信仰の対価に与える恩恵は『財力』。

 信仰心を金銀財宝に変換できると聞く。

 大量に金を生み出した結果インフレ状態になり、ドラーフル硬貨の価値は下落しているというが……。


「ご心配なく……本当の献上品はこちらです」


 ウェルパーが黄金の上澄みをどかすと、金貨の下からルビーやエメラルドといった、貴重な鉱石が顔を出した。

 これは貿易状況に関わらず、常に安定資産になりえる代物だ。


「これを……俺に……?」


「はい。こちらはセルギス様から、ブルート様への信頼と期待の証明とお考えください」


「……俺に、何をさせるつもりだ?」


 ウェルパーは察しのいい俺の返答を気に入ったようで、吊り上がった口角を更に鋭角にした。

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