第036話

 半年ぶりの学園。

 校舎へと続く長い道から横にそれて、訓練場、森林を通って孤児院へ。

 森林の中は涼しい風が吹いている。

 緑の匂いが心地いい。

 昆虫採取したり、冒険者ごっこしたり、ルークと修行したり、遅刻しそうな時は森林の中を突っ切ったり……。

 通り過ぎていく景色の一つ一つに、子供の頃の記憶が重なる。

 孤児院に近づく度に、昔の自分に戻っていけるような気がした。


「あー! アウセルお兄ちゃんだぁ!!」


「本当だ!」


「お兄ちゃん、帰ってきたの?」


「ねぇねぇ、今までどこに行ってたのぉ?」


「ははは。まぁちょっと忙しくてね」


 6歳以下の園児組の子供たちが、僕を発見するなり目の色を変えて走ってきた。


「そうだ。これで遊ぶかい?」


「……泡?」


 手の平にポンと出した泡を見て、子供たちは首を傾げる。

 以前には出来なかった技で、驚かせてやろう。


膨張バルーン硬化ロック


 大きな泡の下に、3つの泡で土台を作って動かないようにする。

 大きの泡の中に、小さな柔らかい泡を大量に作って、泡のプールを作った。


「わぁ! すごーい!」


 泡のプールではしゃぐ子供たち。

 好評みたいだ。


「アウセル……」


「ただいま、ミネル」


 外の声を聞きつけて、ミネルが表に出てきた。

 孤児院の中は閑散としている。

 今頃はみんな、授業中だろう。

 ルークから聞いていたとおり、机や椅子、棚やカーペットなど、様々なものが綺麗な新品に変えられていた。

 魔法で何かしらの処理をしたのか、木材の床や柱も新築のような色になっていた。

 僕がいた頃の孤児院とは、まるで違う。


「聞きましたよ、アウセル。ダンジョンの中でパニックに陥った生徒たちを、無事に救いだしたそうですね」


「たまたま上手くいっただけだよ。逃げることしか出来なかったしね」


「あなたの勇敢な行動は、決して偶発的なものではありませんよ。積み上げてきた努力が、あなたにそれを成し遂げさせたのですから」


「……ミネル」


「はい」


「……ハ、ハグがしたいんだけど……」


「いいですよ」


 微笑んで了承するミネルは、小さく腕を広げて僕が来るのを受け止めてくれた。

 柔らかい陽だまりの匂い。

 太陽のぬくもりを一杯に吸い込んだフカフカのベッドに包み込まれてるみたい。


「……」


 いい年してめちゃめちゃ恥ずかしいけど……無性にミネルに抱きしめてもらいたくなった。

 僕の一番、最初の居場所。

 落ち着く。

 嫌なことが全部、過去になっていくような、忙しなく動き回ってた感情が、振り出しに戻っていくような気がする。

 帰れる場所があるって、やっぱり重要だなぁ。

 ほんのちょっと……もう少しだけ、このままでいさせてもらおう……。


「……ありがとう」


「また抱きしめてもらいたくなったら、いつでもここへ戻ってきなさい」


「うん。あの、もう1つ……ミネルに相談していいかな?」


「はい。私でよければ」


「僕、『寵愛の剣ソード・オブ・クラーディア』に加盟しないかって誘われたんだ」


「……」


 僕のこの心のモヤモヤが、心理的な重圧のせいなのかはわからないけど。

 それを誰に相談しても、「考えるな、考えるな! とりあえず入っちまえばいいんだよ!」とか、「迷う必要なんてどこにもねぇだろうがよ。相手はこの国最強のクランなんだから」と、加盟することが前提の話しかしてくれない。

 まぁ、相談できる人が周りに冒険者の人たちしかいないから、そういう超がつくほど前向きな返答しか返ってこないわけだけど……。

 ミネルなら、僕の心を汲み取って話を聞いてくれるような気がした。


「お話は伺っています。あなたの素性を聞きに、大勢の方々がここに来ましたから」


「え……そうなの?」


「新しい英雄を皆様、心待ちにしているのでしょう」


「ごめん……なんか迷惑かけちゃったみたいだね」


「いいえ。あなたの活躍を多くの人に知ってもらえることは、私にとっても、孤児院の子供たちにとっても誇りですから。迷惑ではありませんよ」


 野次馬の余波がここまで来ていたとは。

 多分、僕の知らないところで沢山の人に迷惑がかかってたりするんだろうなぁ……。


「……相談、ということは、あなたは英雄になることを迷っているのですか?」


「うん……。こんなことは願ってもないことだって、みんなは言うんだけど……」


「……新しいことを始める時、人はいつだって緊張や不安に苛まれるものですが、あなたに限って、それだけが理由で立ち止まることはないのでしょう。……で、あるならば、不安に見合うだけの期待が得られないのかもしれませんね」


「期待を得られない……」


「人は未来に不安を抱えても、同時に存在する期待をいだいて前へと進んでいくものです。あなたが欲しているものは地位や名誉、財産ではない。アウセル……あなたには他に、叶えたい夢や目標があるのではありませんか?」


「……」


 心が貫かれるような想いがした。

 ミネルは的確に、僕のグラついていた心に一本の支柱を立ててくれた。


 そうだよ。僕には夢がある。

 僕一人の夢じゃない。

 二人だから見れる、夢がある。


「ただいまぁ……ってなんだお前ら!? なにやってんだ!? ……これって泡か? まさか……!」


 授業を終えた生徒たちが帰ってきた。

 ルークは玄関に置きっぱなしだった泡のアトラクションを見て、慌てて孤児院に入ってくる。


「アウセル!? なんでこんな所にいんだ!?」


「あー!? アウセルお兄ちゃんだー!」


 一緒に流れ込んでくる初等部組の子供たちは、遠慮なく僕に抱きついてくる。

 園児組とは違ってもう体も大きいんだから、少しは勢いを緩めてほしいな。


「あはは! あぶないよ!」


「アウセルお兄ちゃん、帰ってきたの? また一緒にここで暮らすの?」


「うーん。それはどうかなぁ。学園に通うつもりは、もうないんだけどね」


「なんかねぇ。色々な人にアウセルお兄ちゃんのこと聞かれたよ? どういう人なのかとか、どんな訓練をしてたのかとか」


「俺も聞かれた!」


「私も! お金あげるから、アウセルお兄ちゃんの写真頂戴って言われた!」


「そ、そうなんだ……ごめんね、色々迷惑かけて」


「んふふ〜。アウセルお兄ちゃん、有名人だねぇ」


 子供たちは無邪気に笑ってるけど、僕は苦笑いしかできなかった。


「……ルーク。ちょっといいかな」


「私もいく〜!」


「俺もー!」


「みなさんは、ここにいなさい」


「「 えええええぇ!? 」」


 僕はルークを呼び出して、逃げるように孤児院を出た。

 ついてこようとした子供たちは、ミネルが気を遣って止めてくれていた。

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