第035話

 ラフィーリアに手を引かれ、他の幹部たちと同じように左右の列に加わる。

 髭を蓄えた渋い男性が一人、入り口から歩いてくる。

 高価そうな服、真紅のマント、王冠。

 身なりを拝見せずとも、肖像画で見た顔にそっくりだから、それが誰なのかはすぐにわかる。

 エルバー・キア・ランドール。

 ランドール王国を統治する国王だ。

 この人もまた特別な式典なんかで、目を細めても人影すら朧気な遠い距離からしか拝謁できない、雲の上にいるはずの人だ。


 エルバーはクラーディアの前で跪く。

 女神の前では、王はただ国民を束ねる人間の代表に過ぎず、恭順きょうじゅんする立場を出ない。

 国王が跪いて頭を垂れる姿は、この国の最高権威がどこにあるのかを象徴する光景だった。


「ご報告いたします。食料の無償供給を求めてきたドラーフルですが、要求を撤回するつもりはなく、これを拒否する場合は交戦も辞さない構えを見せております」


「そうですか……」


 クラ―ディアは悲しそうな顔をする。

 4つの大国に囲まれているランドール王国は、常に他国からの圧力に晒されている。

 ドラーフル国もその1つ。

 食料の無償供給って、要はタダで食料を渡せってこと?

 しかもそれを断ったら、武力行使もじさないって?

 随分と横暴な要求があったものだ。


「いかがいたしましょう」


「……皆様の信仰があれば、作物の成長を促す余力はございます」


「国民のクラーディア様への信仰がドラーフルの食い物にされるのは、心穏やかではありませんが……」


 信仰心を生命力に変えて、国民に還元するクラーディア様の奇跡の力は、それが生き物であれば同様に作用する。

 寵愛の力が作物や家畜などの生命力にも影響していることを知っていて、ドラーフルは食料の無償供給を求めてきているんだろう。


「争いを避けられるのなら、それに越したことはございません。どうか辛抱いただけますよう、お願い申し上げます」


「我が国にある全ての生命は、クラーディア様の眷属にございます。如何様なご命令であろうとも、それが敬愛するべき御方のご意思であるならば、我々にとって生きる道標に他ならない。辛さなど、感じるはずもございません」


「未来の安寧のため、この国に住む人々の意思を束ねるあなた様の忠義心に、深く感謝いたします」


「もったいなきお言葉にございます」


「エルバー様。もう1つ、こちらからお願いがあるのですが」


「はっ。なんでしょうか」


 クラーディアの視線を追いかけるように、国王が僕の方を見る。


「これは……」


 神殿の中に部外者がいることに、エルバーは驚いていた。


「こちらはアウセル様。ラフィーリアがようやく見つけた、希望の種でございます。聞けばアウセル様には不可解な刑罰が科せられているとか……。アウセル様は先日、ルフト洞窟で窮地に陥った子供たちを身を粉にして守り抜き、見事に救出いたしました。エルバー様、どうかあなた様の見識をもって、彼の功績に見合う免罪をお与え願えないでしょうか」


「かしこまりました。私におまかせを」


「ありがとうございます」



 それから3日。

 僕は脚光の的となった。


「ルフト洞窟での貴殿の優れた活躍を賞し、ここに冒険者ランクDへの昇格推薦、金1000万ディエルを授けるものとする。尚、今回の功績に免じ、現時点で科されている全て罪を放免することとする」


 王宮から派遣された騎士が、国王からの書状を読み上げた。


「「うっしゃぁあああああああ!!」」


「やったなぁ! アウセル!」


「ど、どうも……」


「こんなにめでてぇことはねぇ! さぁ飲め飲め!」


「い、いや! 僕、まだお酒はちょっと……」


「流石は期待のルーキーだ!」


「全員、アウセルの名を街中に轟かせろ! 英雄の物語が、ここから始まるんだ!」


「あのー!? そこまでしなくていいですよー!?」


 堰を切ったように歓声を上げる冒険者や、ギルド会館の職員たち。

 みんな、清々しいくらいに褒めてくれる。

 けど本命は、祝の席とかこつけて、昼間からお酒をがぶ飲みすることだったのかもしれない。

 だって僕が宴からこっそり抜け出しても、まだドンチャン騒ぎしてるしね。


 1000万ディエルも貰ってしまった。

 肩に担いだ布袋に金貨1000枚の重みがのしかかる。

 しかし、こんな大金を手にしたっていうのに感動がないな……。

 今の僕は、それどころじゃないっていうか……頭の中がゴチャゴチャしてて上手く思考が回らない。


 ここ最近、色々なことが起こりすぎだ。

 冒険者にはなっちゃうし、ラフィーリアには弟子にならないかと誘われるし、おまけに女神様から直々に『寵愛の剣ソード・オブ・クラーディア』に加盟する許可をもらっちゃってるし……もうなにがなにやら……。

 運が良すぎるよな……どう考えたって。

 後になってしっぺ返しとかないよね?


「見て見て、あれ。アウセル君よ」


「誰?」


「アンタ知らないの? あの子がラフィーリア様の弟子になるかもって噂されてる期待のルーキーよ。ついこの前、神殿にも足を運んだみたい。寵愛の剣ソード・オブ・クラーディアに入るのも時間の問題って話よ」


「えぇ〜!? あんなに小さい子が!?」


「……」


 どこかゆっくり出来ることを探そう……。

 神殿から出てきて以来、僕の噂は飛ぶ鳥を落とす勢いで拡散してる。

 神殿に足を踏み入れた。

 この国に住む人からすれば、それだけで一大事。

 ビッグニュース扱いで新聞の一面記事に載り、国中に発送される。

 新しい英雄の誕生を期待しない人はいないのだ。

 加えて、ルフト洞窟で生徒たちを救ったという話題も重り、どんどん名前だけが広まっていってる。


「どうしよう……僕が英雄って……いや、まだそうなれると決まったわけじゃないんだけど……。女神様に仕えるってことは、そういうことだからなぁ……」


 英雄になれる可能性があるんだから……最強の剣士の弟子になれるんだから……なにも悩む必要なんて、ないんだろうけど。

 どこかモヤモヤする。

 プレッシャーに耐えられる自信がない。

 それもそうかもだけど、それとは別に、決断できない何かが僕の心につっかえてる。


「よってらっしゃい、見てらっしゃい! うちの武器は他の店とは一味違うよ! ……お、誰かと思えば、期待のルーキーじゃねぇか。いや、未来の英雄様って言ったほうがいいのか?」


 ウダウダと考え事をしながら歩いていると、いつの間にか中央街まで来てしまった。

 以前の武器屋の店主に話しかけられる。


「聞いたぜ? あんた、神殿の中に入ったそうだな」


「……」


「否定しないところを見ると、出回ってる情報はガセじゃなかったようだな。どうだい? 英雄になった記念に武器を新しくしていかないか? 『寵愛の剣ソード・オブ・クラーディア』に入るんなら、そんな鉄の剣のままじゃダメだよ。もっと相応しい剣を装備しないとな」


 気持ちは有り難いけど、利益を求める貪欲さが表情から溢れ出てるよ。

 英雄が買いに来たとなれば、お店の知名度が上がるってことなんだろうなぁ。

 英雄も買い求めた武器屋って聞いたら、僕だって信用するし、一度は行ってみたくなるもんね。


「買っていかないのかい? 今なら安くしておくよ」


 ふと、担いでいた布袋に重さを感じた。

 さっき騎士に貰った賞与の金貨1000枚。

 そういえば、このお店にはカッコイイ剣が1つあった。

 ルークに似合いそうな、防御陣の付与がついた剣。

 今なら……買える!

 大金だけど、ルークの安全を買えるなら安いものだ。


「あの、僕が使うわけじゃないんですけど、買ってもいいですか? 定価で買いますので」


 使用しないという文言に多少は嫌な顔をした店主だったが、「英雄が買い求めた」という事実だけでも十分に客引きできると計算したのだろう、すぐにニコニコとし始めた。


 お店に入って、一直線に例の剣を手に取った。

 よかった。まだ売れてなかったんだ。


「これ、ください。代金はこれで」


「さ、流石は英雄になるって御人だな……。その歳でこんな高価なもんを、即金で買えるなんて……。自分では使わないって言ってたが、まさか、この剣をラフィーリア様にプレゼントするつもりじゃないよな? この剣が良い剣だからって、使う人間が最強じゃ流石に見劣りするぞ」


「いえ、これは友人にプレゼントする予定です」


「そうかい。なるほどね。なら綺麗な布に包んでおくよ」


「ありがとうございます」


「こちらこそ。毎度あり」


 金貨が無くなって身軽になった。

 さっそくこの剣をルークのもとに届けよう。

 退学の理由となった罪状は、もうない。

 気兼ねなくウェモンズ魔道士学園の門を潜れる。

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