第034話

「僕が……ラフィーリアさんの弟子……? 『|寵愛の剣(ソード・オブ・クラ―ディア)』に入る……?」


 『冗談だよ』と誤魔化すなら今のタイミングなのだが……ラフィーリアの他意のない表情は素直な気持ちを表していた。


「あの……僕ですよ? 冒険者になって半年しか経ってなくて、強い魔物とも一度も戦ったことのない、いまだにFランク冒険者の僕ですよ? 『寵愛の剣ソード・オブ・クラーディア』に入るなんて……ありえないでしょ……そんな話」


「クランに入る前から、強い人なんていないよ。それに、私が君を誘うのは、実力や実績を評価してるからじゃない」


「じゃあ、どうして……」


「それは……」


「ラフィーリア様! その子供が目覚めたのなら、本堂へお急ぎください。クラーディア様もお待ちしております」


「うん。わかった」


 中庭の建物から急ぎ足で歩いてきたのはレックスだった。

 なにかと不格好な姿を見るレックスだけど、この神殿にいるのを見るとやっぱり英雄の一人なんだなと実感するなぁ。

 道を譲ってくれたレックスを通り過ぎようとした時、僕を見下ろす視線は敵意に満ちていた。

 なんだろう……僕、嫌われることしたのかな……。


 本堂と呼ばれた建物に入る。

 床の透き通った深い緑の石が、微かに景色を反射させていた。

 左右に5人ずつ中央を向いて、道を作るように並んでいる。

 感じたことのない異様な気配。

 この場所は絶対に、特別な人しか入れない場所だ。

 肌を切り裂くような覇気も、この人たちが『寵愛の剣ソード・オブ・クラーディア』の幹部だというのなら、納得がいく。

 高名な人たちなら名前くらい聞いたことがあるかもしれないけど、面識がないから誰が誰なのかはわからない。

 というより、緊張で脳みそがガチガチに固まってて、そこまで頭が回らない。


「ラフィーリア。どうぞこちらへ」


 正面にあって宙に浮く巨大な緑のクリスタル。

 その下に立つ女性が、ラフィーリアを招き寄せた。

 金色の髪、純白のドレープ、透き通るような肌、湾曲が目立つ体。

 秀麗な美しさは人間離れしていて、人型であって人ではない気配を漂わせていた。

 ロゼのような亜人とも違う。

 気配に歪さや匂いみたいなものがまるで感じられない。

 生き物にはそれぞれ特有の『色』というものがあるはずだけど、この気配は無色透明としか言い表せない。

 この場所、この状況で、全員の視線が統一される中央に立つことが出来るのは、それが幹部たちの総算たるが故。

 一度も面識がなくたって、それが誰なのかは容易に理解できる。


 この国の地主神。

 生命を司る神にして、僕たち国民に健康をもたらす寵愛の女神クラーディア。

 生まれたときから疑いもなく信仰してきたけど、一度だってその姿を見たことがなかった。

 どこか遠い世界の話のような、お伽噺に出てくる空想上の存在とすら思っていたかも知れない。


「何してるんだい? 君も行くんだよ」


 振り向いたレックスから威圧的に言われ、左右にそびえる覇気に慄きながら、僕は影に隠れるようにラフィーリアの斜め後ろに立った。


「私の名はクラーディア。人々の安寧を願う生命の女神でございます。はじめまして、アウセル様」


「は、はじめまして……」


「あなた様のご活躍は、冒険者ギルドの館長であるラナック様よりお伺いしております。身を粉にして多くの子供たちの命を救ってくださったこと、感謝いたします」


「あ、いえ……」


 女神様にお礼を言われた……。

 ルークに自慢しても、僕が女神様に会ったなんて信じてもらえないかもな……。


「ではラフィーリア、本当にこの御方を……?」


「はい」


 ラフィーリアは自分の意見を改めて確認するように僕を見た後、また前を向いた。


「私はこのアウセル君を弟子にしたいと考えています。アウセル君がクラーディア様の守護者となるご許可をください」


「ラフィーリアが認めた御方なら、私に異論はございません。アウセル様がそれを望むのなら、私の守護をお願いしたいと思います」


 全員の視線が僕に向く。

 え……この流れって、僕、本当に『寵愛の剣ソード・オブ・クラーディア』に入る流れになってるの?

 ラフィーリアの突拍子のない行動は今日に始まったことじゃないけど、それにしたって今回は度が過ぎてる。

 10億とか100億とか、いくらお金を積んだってこのクランには加盟できないし、地位や権力を振りかざしたって、コネで女神様の守護者になれるわけでもない。

 どんなに願っても手に出来ない栄光を、ラフィーリアは僕に渡そうとしている。

 両脇に立つ幹部たちの中にいるルーベンは、同情的な表情で首を横に振った。

 『俺達が言っても聞かない……』、ルーベンはそう言っていたけど、今回もそうなんだろうか。


「い、異議あーり!」


 高々と右手を上げて異を唱えたのはレックスだった。


「お言葉ですが、その少年は実力的にも実績的にも『|寵愛の剣(ソード・オブ・クラーディア』に相応しい存在とは思えませんし、何よりも12歳というのは若すぎる気がいたします! もっと経験を積んでからでも、遅くはないと思われます!」


 ハキハキとした話し方が、取ってつけたような言葉に聞こえるけど、言っていることは正しい。

 至極真っ当な意見だと思うし、僕も賛同したい。


「貴様……クラーディア様のご意思に背くつもりか?」


「あ、いや……そういうつもりではぁ……」


 金髪でツインテールの女性が、鋭い目つきをさらに凶悪にさせてレックスを睨みつける。

 人相からして怖いのは、ルーベンだけじゃないらしい。

 小柄な体から発する威圧的な気配は、大柄なレックスを恐縮させた。


「ラフィーリア。アウセル様を弟子として迎え入れるに相応しい根拠はございますか?」


「ルフト洞窟で生徒たちがパニックを起こした時、アウセル君は誰よりも早く、起こりえる最悪を予期し、見事に対処しました。私はあの時、生徒たちが第二階層に落ちることなんて考えもしなかった。誰かを助けるためなら、躊躇なく奈落の底へ落ちていける勇気がアウセル君にはある。状況に対する瞬時の考察、非常時でも失われない正確な判断、それこそが英雄の素質。スキルの優劣も、勲章の数も関係ない。私が持っていないものを、アウセル君は持っている」


 いつもとは違ったラフィーリアの堂々とした発言に、周りの幹部たちも少し驚いていた。

 もう誰も異論を述べるつもりはないらしい。


「あなた様のような御方が側にいてくだされば、私としても心強い。どうでしょうか、アウセル様。私の守護者となってくださいますか?」


 女神に改めてそう言われて、「嫌です」って言える人なんてこの世にいるんだろうか。

 全く自信も根拠もないけど、とりあえず引き受けるべきなんだろうか。


 僕が返答に時間を割いていると、横から現れた側近らしき人がクラーディアに近づき、小さな声で報告していた。


「申し訳ございません、アウセル様。どうやら国王陛下がお見えになったようです。アウセル様のご返答は、後日改めて伺うということで、よろしいでしょうか」


「は、はい! もちろんです! 僕のことはお気遣いなく!」


 国王陛下を待たせるなんて畏れ多い……というのは建前で、僕は考える時間が設けられたことに内心ホッとしていた。

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