第033話

 ……なんか体が暖かい。

 そんな感覚に気づくと、自然と目を開けたくなった。

 ……って、こんな感覚、前にもあった気がする。

 推薦試験で倒れたあと、孤児院で目覚めたときも全く同じような暖かさがあった。

 そういえば、ミネルの優しい匂いが近くにあるうような気がする。

 じゃあ、ここは孤児院なのか……?

 もしかして今までの全部、夢だったりするのかな。

 どう考えでも僕が冒険者になるなんて出来すぎた話だし……目を開けたら、推薦試験に合格した日まで戻ってたりして。

 いやいや……そんなはず、あるわけないか。


「ミネル……?」


 目を開けると、見覚えのない真っ白な天井が広がっていた。

 白を基調とした広い部屋。

 ポツンと1つ置かれたキングサイズのベッドに、僕は寝ていた。


「どこだ……ここ……」


 ベッド以外は何もない空間。

 人の生活感というものがまるで感じられない。

 なんだここ……もしかて、天国だったりする?


「いやいやいや……それはないでしょ」


 白シャツとベージュのズボン。

 サラサラな肌触りは品質の良さを物語る。

 いつの間にか着替えさせられてる。


「僕って、ルフト洞窟にいたはずだよな……。そ、そうだよ! みんなは……」 


 大穴に落ちた生徒たちがどうなったんだろう。

 そもそもあれは現実だったのか?

 どこまでが夢なのか、本当にわからなくなってくる。


膨張バルーン硬化ロック


 手の平で広げた泡を硬化させる。

 しっかりと泡が固くなった。

 とりあえず、今までの努力はどうやら夢じゃないらしい。


 大きな窓から光が差し込んでる。

 窓の外には、庭園を挟んで見覚えのある王都の街並みが広がっていた。

 中心街のホテル……?

 こんなに背の高いホテル、中心街にあったっけ?


 ベッドしか手掛かりがないんじゃ、流石に居場所は突き止められない。

 とりあえず、外に出よう。

 扉を小さく開けて外を覗く。

 扉から向かいの扉まで15メートル以上の横幅、首を最大限にひねっても見えないくらい高い場所にある天井。

 大巨人でも通るのかと思うような廊下もまた白を基調としていて、余計な装飾がどこにもない。

 潔癖すぎて人間らしさがまるでない空間だ。


 長さ300メートルくらいはありそうな廊下。

 いよいよ、こんな大きな建造物には心当たりが1つしかなくなっていく。

 もしかして……ここって……。


 コツコツと足音が響く。

 見ると遠くのほうから、一人歩いてきていた。

 こちらに気づいて走り始めたその人は、勢いよく僕を強く抱きしめた。

 ヒンヤリとした空気が全身を包み込む。


「よかった。ラフィーリアさんだ」


 知っている人に会えてホッとした。

 どうやらまた心配を掛けてしまったようだ。

 前は生徒たちの視線が気になってすぐに離れたけど、今は誰もいない。

 ラフィーリアが落ち着くまで、このままでいてあげよう。

 

「体調は……もう大丈夫?」


「はい。大丈夫です。魔力を使い過ぎただけなので……」


「そう……」


「あの、そういえば……学園のみんなはどうなりましたか? あれって夢じゃないですよね?」


「夢じゃないよ。君は第二階層に落ちた生徒たちを救出した。全員無事だよ。もちろん、スモッグの煙幕で混乱していた生徒たちも、怪我はあったけど命に別状はない」


「そ、そうですかぁ……よかった……。あの、ラフィーリアさん。ここって、どこなんですか?」


「ここは『|寵愛の剣(ソード・オブ・クラ―ディア)』の本部。寵愛の神殿だよ」


「がっ……!? えぇええええええええ!?」


「勝手に連れてきて、ごめんなさい。クラーディア様の近くにいれば、治癒も早まるから……」


 それはこの国の地主神、女神クラーディアが住まう神域。

 王都の中心に神殿が設置されているのは、王城よりも重要で守るべき優先順位の最高位にあるから。 

 一般人は当然、貴族、国に仕える騎士、国王ですら容易に入ることはできない。

 寵愛の神殿に許可なく入れるのは、女神の護衛役として認められた『|寵愛の剣(ソード・オブ・クラ―ディア)』のクランメンバーのみである。


 そんな高潔な場所に……僕は今、入っちゃってる。

 寝ている間にとてつもない大罪を犯してないか……? 僕……。

 神殿に不法侵入なんて、退学なんかじゃ済まされないぞ。


「い、今すぐ出たほうがいいんじゃ……」


「大丈夫だよ。私が許可してるから」


「そ、そうなん……ですか?」


「うん。だから寛いでいていいよ。私の部屋なら、自由に使っていいし」


「僕のいた部屋って、ラフィーリアさんの部屋なんですか?」


「うん」


 ベッドしか置いてない部屋。

 なるほど、ラフィーリアの部屋だ。


「……いや。せっかく来てくれたんだし、中を一緒に見て回ろう。うん、そうしよう」


 珍しく声を明るくさせるラフィーリアには、なにか別に魂胆があるような感じがした。

 広大な神殿を、ラフィーリアと一緒に歩く。

 神殿は吹き抜けの中庭を囲うように建てられていて、1つ階段を下りると、左右の窓から陽の光が差し込む廊下になる。

 10分くらいあるいて神殿の正面にくると、十字路に出る。

 左手には中庭が続き、右手には玄関の大きな門がある。


 緑豊かな中庭には苔の生えた石畳の道が1本、蔦の絡まる石造りの建物まで続いている。


「ごめんなさい……」


「ん……? どうして、謝るんですか?」


「君が第二階層に落ちたとき、私は助けに向かうことができなかった……」


「ああ。そんなことなら大丈夫ですよ。自分から第二階層に飛び込んだんですし、僕だって冒険者です、自分で選んだ選択は自分で責任を持たないとダメですよ」


「……」


 ラフィーリアの表情は晴れない。

 新人が冒険者を語るなんて、ちょっと偉そうだったかな。

 でも、「なんで助けてくれなかったんだ」とか、「便りにならない」なんて図々しいことは、本当に微塵も思ってないし、僕をここまで成長さえてくれたラフィーリアには感謝の気持しかない。

 今後、未来永劫、何時如何いついかなるときだって、僕がラフィーリアに失望することなんてありえないのに。

 ラフィーリアの暗い表情を見ると、どうにも僕の気持ちが伝わっているようには思えない。

 言葉って難しいよね。

 肝心なことに限って、伝わってないことばかりだ。

 どうせ伝わらないなら、いっそのことハッキリ言おう。


「ラフィーリアさん。僕を冒険者にしてくれたのは、ラフィーリアさんなんですよ? ラフィーリアさんのおかげで僕はここまで強くなれた。今さらどんなことがあったって、僕がラフィーリアさんを尊敬しなくなるなんてことは、ありえないことなんですよ」


「……」


 視線が重たそうなラフィーリア。

 もしかして、体調でもわるいのかな……?


「あの……どうかされたんですか……?」


「この先の話をするためにも、君には話しておかないとね……。私は偉そうに君を指導してきたけど、本当は君なんかよりずっとスキルの熟練度が低いの」


「え……」


「元々のスキルが強力だから、熟練度がなくてもそれなりに戦えるけど、完璧にコントロールできているわけじゃないから、感情の起伏で暴発することがある」


 ラフィーリアが感情的になる場面なんてほとんどなかったけど、確かにヒンヤリとした冷気を感じるときは、珍しくラフィーリアの表情に変化があったように思える。


「まだ私が駆け出しの冒険者だったころ、私は大勢の仲間を氷漬けにしたことがある。クラーディア様の力で、みんな無事に蘇生できた。私がこのクランに入ったのは、そのときの恩返しがしたかったから……」


「……」


 僕はずっと、優秀なスキルを持つ人に対して、羨ましいとしか思ってこなかった。

 強力過ぎる力は、自分や周りの人の弊害になったりもするんだな。

 僕にはわからない苦労が、そこにはあるんだろう。


「私はあの頃から、何も成長できていない。不安になると勝手に冷気が出るから、アウセル君を助けに行くことも、看病するために側にいることも出来なかった……」


「……」


「私が君に興味を持ったのは、君がどうやってスキルの熟練度を手に入れたのか知りたかったから。……ごめんなさい。私は君を実験台みたいにして、利用しようとしていた」


「そ、そんな……全ッ然、大丈夫ですよ! ちょっとでもラフィーリアさんのお役に立てていたんなら、僕は嬉しいです!」


「……ありがとう。でも信じてほしい。今は本当に君と出会えたことを幸運だと感じてる。努力を怠らなかった君を。傷つくことを恐れずに、誰かを助けようとする勇敢な君を。私は心の底から尊敬してる。この気持ちに嘘はない。たぶん、これから先も絶対に変わらない」


 そこまでべた褒めされると、どうしていいかわからない。

 お世辞なんだろうか……。

 そう思っていたほうが、期待からは開放されて楽だけど……まっすぐに僕を見つめるラフィーリアは、はぐらかす隙きを与えてくれそうにない。


「アウセル君……もしよかったら……『寵愛の剣ソード・オブ・クラーディア』に加盟して、私の弟子になってくれないかな?」


 事前に説明してほしいと思っても、その願いが叶えられることはないのだろう。

 ラフィーリアの言動は、いつも突拍子がない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る