――絶対零度――

 仲間を襲われたことが悔しくて……私は無我夢中で目の前の魔物に剣を振るった。

 両断された魔物は氷爆のように凍りつき、立ったまま絶命した。


「はぁ……はぁ……」


 口から出る空気が白いことに気づいた時には、辺りは霧に包まれていた。

 魔物の気配も、仲間たちの気配も消えていた。


「レナード……? みんな……?」


 濃い霧の中を進むと、一人二人、人影が見えた。

 凍りついた地面を踏みつける度に「ザクッ、ザクッ」と音を立てて、私の心を焦らせる。

 透明な氷の中に、瞬きをしないみんなが閉じ込められていた。


「ラフィーリアさん……」


「……!?」


「酷いですよ……どうして僕たちを……殺したんですか?」


「アウセル君!?」


 アウセル君の体が、どんどん氷漬けにされていく。

 私が焦れば焦るほど、凍りつくスピードは増していった。


「待って……! 待って、お願い!!」


「人殺し……お前なんて死んじゃえばいいのに……」


 ◇


「はっ……! はぁ……はぁ……はぁ……」


 飛び起きると私はソファの上にいて、床は、私から出た冷気で白い煙に埋まっていた。

 ここは自分の住む館。

 そうわかっていても、締めつけられた心臓はなかなか機嫌を取り戻してくれない。


「アウセル君に偉そうに教えてるくせに……私は、何も成長できてない……」


 気持ちが昂ぶると、不安や焦燥に駆られると、私のスキルは暴走する。

 心が不安定になれば魔力は乱れる。

 体力を消耗するように、魔力が体の外へ流れ出る。

 魔力の放出が不安定になれば、誰だって少なからず、スキルを発動できなくなるか、逆に抑制が利かなくなる。

 私の場合、授かったスキルが強力過ぎて、微細な魔力の放出でも、辺り一面を氷結させてしまう。

 駆け出しだった頃から、成長する魔力の量に対して、スキルの制御が追いついていない。


 師匠づらしてアウセル君を指導してるくせに……今はもう、アウセル君のスキル熟練度の方が高い気がする。

 あれだけの泡を一度に制御できているなんて、本当にアウセル君は凄い……。

 早く会いたいなぁ……。アウセル君に……。


「4時だ。行こう」


 ◇


 朝5時。

 いつもならとうに起きているはずのアウセル君が、部屋から出てこない。


「……寝坊かな? お仕事、忙しいみたいだし……起こすのも悪いかな……」


 6時、7時になってもアウセル君は起きてこなかった。

 受付のロゼに話してみよう。


「おはようございます。ラフィーリア様」


「おはよう、ロゼ。アウセル君が全然起きてこないんだけど……昨日は夜遅くまで働いていたの?」


「え、えっとぉ……アウセル様は昨日の夜にお出かけになってから、まだお帰りになっておりません」


「え……」


「きっとお友達の家でお泊りパーティでもしているのではないでしょう……か……」


 ロゼが最後まで言い切るまえに、私は街中を走り出した。

 アウセル君に限って、無謀なことはしない。

 そうわかっていても、どうしても不安が拭えなかった。

 今朝の夢が、瞼の裏から消えてくれない。


 雪や雹を街中で降らせてしまったみたいだけど、そんなこともお構いなしに2,3時間は走り回った。

 どこを探しても、アウセル君の気配は見つけられなかった。

 私はロゼを問いただした。


「アウセル君、どこに行ったか知らない?」


「さ、さぁ……今日は休日ですから、お友達と一緒にどこかお出かけに行ってらっしゃるのでは?」


 街中を探しても気配を察知できなかった。

 ロゼの言葉は嘘にしか聞こえなかった。


「あ、あの……ラフィーリア様……? 私、このような体ですので、寒さには弱くて……ラフィーリア様!? 受付が凍りはじめています!」


 体から冷気が零れ始めた。

 感情を抑えられないからこうなる。

 情けない。

 いつもの、何も考えない私に戻ろう。


 ◇


 ロゼはアウセル君の居場所を教えてくれた。

 ルフト洞窟へ全速力で向かう。

 ウェモンズの生徒たちが遠征に来ていて、気配が探し難かったけど、なんとか見つけ出すことができた。

 元気そうなアウセル君を見たらホッとして、思わず抱きしめてしまった。


 アウセル君は、ウェモンズに通っていたころの同級生たちと再会できたみたい。

 ルークという親友も、紹介してもらえた。

 ずっと一緒に孤児院で暮らしてきたって言っていたし、アウセル君にとって家族のような存在なんだろうね。

 ルークと話すときのアウセル君は、私と話すときとは違って、柔らかい表情をしていた。


 ――しばらく歩いていると、悲鳴が聞こえてきた。

 煙幕が洞窟の奥から流れ込んでくる。

 スモッグの煙幕で、生徒たちが混乱していた。

 みんな秩序を忘れて、出口の方へ走っていく。

 こういうときは、その場に留まって視界が晴れるのを待つのがセオリーなんだけど……学園じゃそのことを教えてないのかな。


 と、その時、アウセル君までが慌てふためく生徒たちと一緒に、走り始めてしまった。


「アウセル君!?」


「なんだよ! 俺には動くなって言ったくせに!」

 

 煙に視界が遮られ、すぐに見失ってしまった。

 生徒たちの気配に混じっていて、アウセル君の居場所がつかめない。


 煙の中を追いかけると、生徒たちが横道に逃げ込んで気配の数が少なくなる。


「うわぁあああああ!!」


「!?」


 アウセル君の気配を微かに感じると同時に、違和感のある悲鳴が聞こえてきた。

 下へ下へと消えていく声を聞いたとき、アウセル君の目的をようやく理解する。

 第二階層に通じる大穴に落ちた生徒がいる。

 アウセル君はそれを防ぎたくてに走り出したんだ。


「アウセル君!?」


 煙の隙間から見えたのは、アウセル君の背中が天井を向いている姿だった。

 再び煙が視界を遮ると、気配が地下の奥深くに沈んでいった。

 信じられなかった。

 自分の命の心配をする様子は、どこにも見受けられない。

 まるで躊躇ためらいもせず、それが当然のことであるかのように、アウセル君は穴へ落ちていった。

 もう遠くまで行ってしまった生徒たちの気配を追いかけて。


 焦りが湧いてくると、周りの温度が急速に下がっていき、足元が凍りついた。

 また生徒たちが煙の中を通って、大穴に落ちようとしている。

 私は暴走しそうな魔力を発散させるように、崖の縁3分の1に氷の壁を作った。


 アウセル君を追いかけないと。

 すぐに思いついた。

 だけど……焦りのせいで周りの気温が今もなお下がり続けていて、それがまた焦りを生んで、私の心を空回りさせ続ける。

 悪夢を思い出した。

 このままここにいたら、洞窟内にいる全員を殺してしまうかも知れない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 走れ……一刻も早く、この場から離れないと……。

 アウセル君なら、きっと大丈夫……。

 きっと……きっと……きっと……。


 逃げることしかできない自分が情けなくて、私は私を殺したくなった。

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