第030話

「僕はアウセル。スキルは【泡】。君の名前は?」


「ルーナです……」


「よし。みんな、ルーナのところに集まって」


 僕は気絶したまま倒れている生徒を気配を頼りに手探りで見つけ、背負ってルーナの所へ戻った。

 光量は少なく、足元から半径3メートルが辛うじて見えるくらい。

 壁際まで光は届かず、周りが暗いことには変わらない。


「2人の名前とスキルは?」


「ス、スコット。スキルは【聴覚】」


「ロビン。スキルは【水】」


 不幸中の幸いとはこのことか。

 優秀なスキルが集まってる。

 同級生だけど、顔見知りといえるほど会話したことはない人たちだ。

 信頼できる関係じゃないけど、ここにいるのはウェモンズの生徒たち。

 即席でも協力し合えるくらいには、優秀に立ち回れる人たちだろう。


「みんなにお願いがある。もしもパニックになっても、遠くに逃げようとしないでほしい。恐怖心があると冷静な判断はできなくなるし、スキルの発動も難しくなる。何もできなかったとしても、それは構わない。近くにいてくれたら必ず僕が守るから、側を離れないでほしい」


「わ、わかった……」


「君は一体、何者なんだい?」


「僕は冒険者。ルフト洞窟にはもう何回も通ってる。……第二階層に来たのは初めてだけど」


 僕は左手首についた冒険者リングを見せた。

 これで実力が証明されるわけじゃないけど、ないよりはあった方がいいくらいには、信用できるものだと思う。

 僕がいることで安心感を少しでも持ってくれたら、こちらとしても心強い。


「おーい。まだ近くにいるかい?」


 魔物を起こさないよう、暗闇に向かって小さな声で問いかける。

 ……返答は、なかった。


 本当ならこの場所を一歩も動きたくない。

 だけど、走っていってしまった生徒を探さないといけない。

 気配を探ろうとした瞬間、膨大な情報量が僕の心を責め立てる。

 気配の数が千や二千で収まるような数じゃない。

 そこらじゅうをウジャウジャと動き回ってる。

 生徒一人の気配をこの中から見つけ出すのは至難の業だ。

 いよいよ、僕がパニックになりそうで怖い。


 落ち着け。

 ここで僕がパニックになったら、誰が事態を収拾させる。

 不安は不安を呼ぶ。

 煙の中でパニックになった生徒たちがまさにそう。

 一番最悪のパターンだ。

 嘘でも僕は気丈に振る舞おう。

 歴戦の冒険者のようなフリをしよう。


「スコット。君のスキルでさっき走っていった人がどこいるか、探知できないかな」


「や、やってみる」


 瞼を閉じて集中し始めたスコットだったが、すぐに目を丸くさせた。

 呼吸が浅くなり、冷や汗が吹き出す。


「魔物が、数えきれないほどいる……」


「落ち着いて。その中から、生徒を探し出してほしい」


「そんな無茶な」


「難しいのはわかってる。でも、今は君の力に頼るしかないんだ。頑張ってみてほしい」


「べつに無理して探す必要ないんじゃないの? 動かない方が安全だよ」


 ロビンは冷徹なことを言う。

 誰だって自分の身が大切だ。

 とくに【水】なんて億万長者スキルを持っていたら、危ない橋は渡りたくないだろう。


「確かにここにいた方が安全だけど、見捨てるわけにはいかないよ。人の命がかかってる」


「英雄気取りのつもりかい? ここで動いて僕らまで死んだら、二次被害もいいところだよ」


「……なら君はここにいてくれて構わない。僕が欲しいのは道を照らしてくれる光だ。ルーナ、一緒に来てくれないか?」


「……うん。いいよ」


「俺もいく。どうせ助けるなら、すぐに行って戻って来た方がいい。悩むだけ時間の無駄だ。走っていったやつなら、もう見つけたぞ」


「ありがとう。じゃあ、生徒のいる方向に進もう。なるべく音を立てないように、ゆっくりとね」


「……わかったよ、行けばいいんだろ? 行けば」


 ルーナが歩き始めると、明かりがなくなった場所はまた暗闇になる。

 こんな状況で真っ暗なところを一人で立っていられる人はそういない。

 ロビンは結局、あとからついて来た。


 ルーナから離れないよう、スコットの誘導に従って前に進む。


「な、何の音?」


 後ろから、「ビシャ」という水のようなものが地面に落ちた音がした。


「僕だよ。帰り道がわかりやすいように水を落としてる。こんなところで迷子になるのはゴメンだからね」


「それは助かるけどよ。もっと低い位置から水を落としてくれ。スキルを使ってると、その音は心臓に悪い」


「はぁ。わかったよ。僕はみんなの命令に従う奴隷さ」


 ロビンは皮肉を言いながら、引き続き地面を水で濡らした。

 湿った地面は色が濃くなっていて、わかりやすい道しるべになってる。

 冷淡な感じだけど、考えていることは流石に優秀。

 初めてのダンジョンとは思えないくらい冷静だ。


「だ、誰だ!? に、人間か!? 助けに来るのが遅過ぎるぞ! この無能め!」


「しー! 大きな声を出さないで!」


「俺に命令するんじゃない! 俺を誰だと思っている!? 俺はレスノール公爵家の嫡男、ブルート・レスノール……」


 僕の顔を確認すると、声は途切れた。

 まさか、落下した生徒のなかにブルートがいたとは。

 こんなことは思っちゃいけないことだけど、これのために命がけで暗闇を歩いてきたのかと思うと少しガッカリする。


「お、お前……どうしてこんなところに」


「今は話をしている暇はありません。早くここから脱出しましょう。一緒に来てください」


「……断る」


「はい?」


「お前に助けられるくらいなら、死んだほうがマシだ」


 本当にこの人は、口を開けば開くほど助けたくなくなる人だ。

 平民に助けられたら貴族としての名誉や誇りに傷がつくとでも言いたいんだろうか。

 家名のために少しでも努力している人が言うならまだしも、怠惰なブルートの頑固な態度をとっても、ただの見栄としか思えない。


「我儘も大概にしてください」


「なに?」


「今はブルート様お一人の問題じゃないんです。他の生徒たちが無事に帰れるように、協力してください」


孤児みなしごの平民風情が、俺に指図するな! ラフィーリアに少し気に入られたくらいで、調子に乗るんじゃない! 俺が父上に頼めば、ラフィーリアだってこの国から追放することができるんだぞ!? 俺を舐めるな! 俺を見下すな!!」


 嫌な予感が全身を駆け巡る。

 ブルートの虚勢なんて、どうでもよかった。

 そんなことよりも、周りに嫌というほど感じる魔物の気配が変ったことのほうが、よっぽど怖かった。

 ブルートの大声のせいで、こちらの存在を探知された。

 獲物を認識した魔物たちの挙動が、次第に大きくなっていく。 


「お、おい……マズイぞ……」


 スコットの表情が青ざめる。

 遠くの音を鋭敏に感知するスコットは、最悪な事態を誰よりも早く、正確に把握してしまう。


「魔物が……押し寄せてくる……」


「みんな、もと来た道を戻るんだ!」


 もはやコソコソとしている意味がない。

 背後から迫る魔物の足音が次第に大きくなって、地面を揺らす。

 四の五の言っている場合ではないことに気づいたのか、僕らが走ると、ブルートも慌てて追いかけてきた。

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