第026話

 深夜3時。

 誰もいないことを確認しながら、コソコソとロビーに降りる。


「おはようございます。アウセル様。今朝は随分とお早い……」


「しーっ! 静かにしてください!」


「……?」


 いつもより早い時間に起きてきて、泥棒のように人目を気にしながら歩く僕は、不審者のそれ。

 ロゼは不思議そうに首を傾げた。


「今日は初めて一人でルフト洞窟に出かけようかと思ってるんです。あの、僕がどこに行ったかは、ラフィーリアさんには内緒にしておいてください」


「……は、はい。かしこまりました」


「ありがとう、ロゼさん。じゃあ、行ってきます」


「いってらっしゃいませ。ソロの遠征はなにかと危険ですから、どうかお気をつけて」


 一人で会館を抜け出したのは他でもない、ラフィーリアに気づかれないうちに出発するため。

 挨拶もなしにソロをスタートさせるのは失礼かもしれないけど、ここで一人でも大丈夫ってところを証明すれば、きっとラフィーリアも本業の方に集中できるようになるはずだ。


 ちょっと荒っぽいけど、そろそろ親離れの時期。

 一人で出来るようにならなきゃ、本物の冒険者にはなれない。


「なんか、一人って新鮮だな……。いざとなったら助けてくれる人がいないってだけで、緊張感が違う」


 心細い……だけどこれこそが本当の冒険って感じがして、ワクワクする。


「おっしゃぁ!! やるぞぉおお!!」


 ルフト洞窟をひたすら歩いて、デスラッドを倒し続けた。

 問題ない。一人でもやることは変わらないし、集中力が下がるということもない。

 これなら胸を張って帰れそうだな。


 体感では5時間くらいたった感じだけど、実際は8時間くらい経ったのかもしれない。

 今は8時から10時くらいかな。

 洞窟の中にいると何時かわからなくなるけど、大体そのくらいだと思う。

 持ってきておいたリンゴを食べながら少し休憩していると、異様な気配を察知した。

 気配を探るのに慣れてない僕でも気づけたのは、気配の数が多かったからだ。


 魔物の群れかとも思ったけど、気配は整然としていて、魔物特有の狂った動きが感じとれない。

 となると、これは人だろうな。

 どこかの大型クランが集団攻略しに来たのかな。

 でも、ルフト洞窟に大規模攻略を仕掛けても、あまりメリットはないような気がする。

 それともBランク指定の第二階層に向かうのかな。


 気配はさらに奥へと進んできて、いよいよ対面した。


「……あ」


「え……」


 姿を現したのは軽装の装備の上に、見覚えのある制服を着た人たちだった。


「ア、アウセル……? お前、アウセルじゃないか!?」


 青い刺繍が施されたローブ。

 それはウェモンズ魔道士学園の中等部の先輩たちが着ていた制服。

 そして、いま目の前でそれを着ているのは、かつての同級生たちだった。


「やっぱり! アウセルだ! おい、みんな! アウセルがいるぞ!」


「え!? なんで!? なんでアウセルがこんなとこにいるの!?」


「みんなこそ……どうしてこんなとこに?」


「俺達は授業で来てんだよ。魔物を相手にした初めての本格的な戦闘訓練だ」


 引率の教師と思われる男性を追い抜かして、生徒たちは僕を取り囲む。

 そうか……みんな進学して、もう中等部の授業が始まってるんだなぁ。


「お前、その格好……しかもその腕輪、もしかして冒険者になったのか!?」


「う、うん……そうだよ……」


「えぇ!? アウセルが冒険者に!?」


 面白おかしく僕の装備を見る生徒たち。

 なんだかバツが悪い。

 みんなからしてみれば、貴族を殴って退学になった僕は、働き口を探して危険な冒険者の道に進んだ、惨めな出稼ぎ労働者に見えるだろう。

 被害妄想かもしれないけど、少なくとも、僕の目からは制服を着ているみんなが青春のオーラを身に纏っているように見えて、直視するには眩しすぎる。


「すげぇじゃん! 頑張ったんだな、アウセル!」


「昔からアウセル君は凄い努力家だったものね!」


「冒険者リングかぁ。へぇ、カッコイイなぁ!」


「冒険者で大成したら、サインとかくれよな!」


 ……あれ?

 みんなの僕を見る目が、かなり純粋で好意的だ。

 見下している要素が1つもない。

 昔教室で和気あいあいと喋っていたころが、一気に脳裏に蘇ってくるくらい、変わらない態度だった。


「気にするなよ、アウセル。事情は知ってるからよ」


「え……」


「ブルートが卑怯なことして、お前を退学に追いやったんだろ? ルークがそのことで怒ってたぜ」


「アウセル君がそんなことをする人じゃないって、みんな知ってるから」


 みんな、僕のことを信じてくれていた。

 僕が頑張っていることも……本心で認めてくれていた。

 気づいたら涙が零れてきて、僕は慌てて腕で拭った。


「気が向いたら、また学園に遊びに来いよ」


「生徒と一緒なら学園の図書館にも入れるぜ? 食堂にも入れるぞ」


「うん……ありがとう……」


「おい、そこで何をしている。後続が渋滞してるんだ。さっさと前に……」


 嫌味な声を聞いた瞬間に、感動の涙は引っ込んだ。

 僕が退学になった元凶が現れたからだ。


「ははははは! 誰かと思えば! クズ野郎じゃないか!?」


 ブルートは面白いおもちゃでも発見したみたいに、下卑た笑みを浮かべていた。



 その頃、ギルド会館ではロゼに詰め寄るラフィーリアの姿があった。


「アウセル君、どこに行ったか知らない?」


「さ、さぁ……今日は休日ですから、お友達と一緒にどこかお出かけに行ってらっしゃるのでは?」


 冒険者に癒やしを与えるロゼの笑みにも、ラフィーリアの表情はまんじりとも動かない。

 ただじっと、ロゼを見つめている。


「あ、あの……ラフィーリア様……? 私、このような体ですので、寒さには弱くて……ラフィーリア様!? 受付が凍りはじめています!」


 会館の玄関扉から白い冷気が漏れ出す。

 魔力コンロの火がつかなくなってしまったせいで、厨房は仕事にならなかった。

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