第027話

「誰かと思えば、無能な泡スキルを持ったアウセルじゃないか! ん……? そのリング……まさかお前、冒険者になったのか? ははははっ! こいつは傑作だな!」


 腹を抱えて笑うブルート。

 誰のせいで僕が学園を辞めることになったのか、さっぱり忘れているのか、まるで罪悪感がないらしい。

 ブルートは僕の顔をポンと叩いて……。


「そうだよなぁ〜、【泡】なんて最弱のスキルを獲得したら、自暴自棄になるのも無理はない」


「自暴自棄……?」


「魔物相手に泡なんて何の役にも立たないだろう。それでもこんなダンジョンに来るなんて、よほど現実逃避がしたかったと見える。せいぜい頑張れよ……? そう簡単に死んでしまったら面白くないからなぁ。ヒッヒッヒッ」


 僕のことを何にも知らないくせに……。

 僕はもう、あの頃とは違う。

 ブルートにだって絶対に負けない。

 何の努力もしないブルートに、僕がスキルの熟練度で負けるはずない。

 収入だって馬鹿にされるほど低くはない。

 ……落ち着け、僕。

 これは単なる挑発だ。

 二度も同じ手に引っ掛かってやる必要はない。


「アウセル君……」


 透き通る声を聞くと、反射的に冷気を感じた。

 ラフィーリアだ。

 どこで僕の居場所をつきとめたのか、せっかく自立するために一人で来たのに、結局はついて来てしまったらしい。

 ラフィーリアは真っ直ぐこちらに歩み寄り、人目も憚らず僕を抱きしめた。

 暖かさと冷たさを同時に感じて、体感温度は慌てた僕の心情のようにチグハグだ。


「ラ、ラフィーリアさん!?」


「よかった……無事で……」


「ラフィーリア様だ」


「誰……?」


寵愛の剣ソード・オブ・クラーディアの幹部よ! 国内最強の剣士といえば、ラフィーリア様しかいないでしょ!?」


 一般生徒はさておき、貴族の家系の生徒たちは、すぐに僕を抱きしめている女性がラフィーリアと気づいた。

 ま、まずい……。

 この状況は、なにかと誤解を招きそうだ。


「ラフィーリアさん、ぼ、僕は大丈夫ですから……」


「怪我はない?」


「はい」


「……そう」


 ラフィーリアは重たいため息を吐いて、肩の強張りを解いた。

 そんなに心配させてしまったのか……ラフィーリアさんのためとはいえ、やっぱり何も言わずに出てきたのは、よくなかったのかな。


「おお、ラフィーリアじゃないか! 久しぶりだな!」


 全く空気を読まないブルートの声が割り込んできた。

 それは旧友との再会を果たしたような挨拶だった。

 腐っても貴族。社交界か何かで、高名な人と会う機械も多いんだろう。

 ブルートとラフィーリアが知り合いでも不思議じゃない。


「……誰?」


 ラフィーリアの返答はブルートの友好的な態度とは対象的に、いきなり不審者にナンパされた女性みたいに引き気味だった。

 予想外の返事に、生徒の誰かが吹き出した。


「誰って……俺だよ、俺。レスノール家のブルートだ。晩餐会で何度か会ってるだろ?」


「レスノール……アーサーの親戚?。ごめんなさい。私、人を覚えるのは苦手だから」


「そ、そうなんだな……まぁそれはいい。ところで、ラフィーリアはそいつと知り合いなのか?」


「うん。アウセル君は私の弟子。アウセル君を冒険者ギルドに推薦したのは私だから」


「なっ!?」


「マジかよ!?」


 ブルートだけではなく、周りにいた生徒たちはもちろん、引率の教師まで目を丸くしていた。

 僕って、いつの間にかにラフィーリアの弟子になってたの?


「あ、あのアウセルが……最強剣士の弟子……? それはなんの冗談だ?」


「冗談を言ったつもりはないけど」


「ふ、ふざけるなよ……貧弱な【泡】スキルを持った無能なコイツを弟子にとるなんて、ありえないだろ……」


「無能……? アウセル君は凄い才能を持った人だよ。なにを見たら、そんな評価を下せるの? 君、センスないね」


「セ、セン……くっ! それはこっちのセリフだ! そんな雑魚を配下に加えるなど、程度が知れるというものだ! 剣の腕はあっても、将来を見据える頭脳は持ち合わせていないようだな!」


 悔しそうに顔を歪ませたブルートは、顔を真っ赤にしてそそくさと洞窟の奥へ歩いていった。


「……くふっ!」


「「 はっはっはっはっはっはっ! 」」


「見たかよ今の! めちゃめちゃダサかったな! いかにも自慢げに顔見知りっぽく挨拶してなのに、名前すら覚えられてなかったぞ」


「散々アミルのこと馬鹿にしてたくせに、ラフィーリア様の眼中になかったのはあっちの方だったな。まったく、いい気味だぜ」


 ブルートがいなくなると、生徒たちは一斉に笑い出した。

 一矢報いたというわけじゃないけど、正直に言って僕も爽快な気分だった。

 何もない僕じゃ、いや、たとえ有力な貴族であってもブルートの背後にある権威を無視する事はできない。

 でも、この国の神に仕える英雄の前では、権威も権力も通用しない。

 貴族よりも王よりも、地主神は上にあるからだ。


「そろそろ先に進みますよ。授業の一環である事を忘れないように」


「はーい」


「じゃあね、アクセル。絶対また会おうね」


「うん。洞窟の中は危ないから、注意してね」


 教師の軽い忠告もあって、生徒たちはダンジョン散策に戻っていった。

 列を作って移動していく、中等部へ上がったばかりの新一年生たちは、どちらかといえば緊張よりもワクワクの方が勝ってる感じ。

 遠足気分でなければいいけど……。


「ついて来ちゃったんですね……」


「どうして置いていったの? 私、結構心配した」


「ルーベンさんとレックスさんから聞いたんです。ラフィーリアさんがクランの活動に参加できてないって」


「気にしないでいいって言ったのに……」


「そうはいかないですよ。女神様を守る任務を邪魔して、遠征に付き合わせてるなんて皆んなが聞いたら、僕が怒られちゃいますよ」


「……ねぇ、アウセル君。もしよかったら……」


「ルーク!」


「……?」


「……!? アウセル!?」


 中等部の遠征なら必ずいると思って、期待して待っていた甲斐があった。

 ルークは最後尾にいた。

 どうやら実力のあるルークが後方に立って、生徒たちがはぐれないように見てあげていたようだった。

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