第025話

「アウセル君もスキルの熟練度が上がったみたいだし、今度の遠征は別の場所に挑戦してみようか」


「……」


「……どうしたの?」


「あ、いや……次からは一人で冒険に出てみようかなぁ、なーんて……」


「……ソロで遠征に出るのは、まだ早いと思うけど……。私が側にいるのは、邪魔……?」


「いやいや! 邪魔なんてとんでもないですよ!? ただ、ラフィーリアさんも日頃からお忙しいんじゃないかなぁって……クランのお仕事もあるでしょうし」


 僕がそう提案すると、ラフィーリアはしばらく押し黙った。


「……誰かに何か言われたの?」


「えっ!? い、いえ! 別に何も言われてないですよ!? 本当に!」


「……なにを言われたのか、わからないけど。気にしないでいいから」


 ラフィーリアはこちらの事情を察しているようだった。

 さすがはSランク冒険者、勘が鋭い。

 最近のこと。僕はギルド会館の特別会議室に呼び出された。

 特別会議室とは、端的にいってVIPルームである。

 使用には必ずSランクに認定された冒険者一名以上の承認が必要になる。

 使用できるのは、選ばれし者の中でも限られた人だけだ。

 そんな場所に呼び出された日には、全身の皮膚が溶けるんじゃないかと思うほど緊張した。

 学園の園長室に呼び出されて推薦を取り消されたのが、軽いトラウマになってるのかも。

 こういうときは、悪い予感しか湧いてこない。


 僕はもうその場で死ぬ覚悟で、扉をノックした。


「誰だ……」


「ア、アウセルです」


「……入れ」


 感情が軽薄な声にビクビクとしながら入室する。

 薄暗い部屋に長細い円形の机が置いてある。

 机の円の中には、大きな魔力石盤が置いてあり、空中にギルド会館に寄せられている様々な依頼情報が投影されている。 

 魔力石盤が投影する青い光だけが、2人の男性を淡く照らしていた。


「……!?」


 その顔を見て驚いた。

 何よりも、その顔に見覚えがある自分に驚いた。

 夏休み中の登校日に開かれた講演会。

 目の前の男性は、その舞台上にいたルーベンとレックスだった。


「聞いていた以上に子供だな……。俺は寵愛の剣ソード・オブ・クラーディアの幹部ルーベン。そっちはレックスだ」


 「存じ上げております」とは言えるはずもなかった。

 顔に刻まれた無数の傷。

 今にも人を抹殺しそうな鋭い眼光。

 客席から遠目で観ていたのとはまるで違う。

 迫力があり過ぎて、足が震えてきそうだ。


「ア、アウセルです……」


 僕が名乗ると、レックスは前のめりになりながらズカズカと歩いて、目の前で止まる。

 デ、デカイ……。

 1メートル90センチはあるレックスは、その高い目線から、急角度で僕を見下ろしていた。

 こっちの視線は鋭いというより、純度の高い怒りが込められていた。

 講演会ではムードメーカー的に和気あいあいとした感じだったのに……僕はなにか、この人を怒らせるようなことをしたんだろうか。


「君……ラフィーリア様とはどういう関係なの?」


「……?」


「まさか、つつつつ、付き合ってる訳じゃないよね?」


「は、はい……?」


「ねぇ、どうなの? ラフィーリア様は年下の、ちょっと可愛い感じの男の方が好きなわけ?」


「えっと、なんの話ですか?」


「とぼけないでよ。ラフィーリア様は何度も『弟子を取れ』って言われて、何千人、何万人の弟子志願者が来ても、全部断ってきたんだぞ。失礼だけど、特別な理由でもない限り、君なんかを冒険者に推薦するなんて有り得ないことなんだ」


「そ、そういわても……」


「実際問題、君たちどこまでいってるんだい? 手を繋いだことは? まさかキスをしたりとか!? 恋愛感情がないっていうなら、まさか君、ラフィーリア様を催眠術かなにかで操って……」


 顔を近づけてどんどん肉迫してくるレックスを、ルーベンが横から殴り飛ばした。

 壁を貫通したレックスは、上半身を廊下に突き出していた。

 そんな悲惨なレックスを無視して、ルーベンは話し始める。


「俺達のところのラフィーリアが、お前を冒険者として推薦したらしいな」


「は、はい……」


「お前のことを調べさせてもらった。ウェモンズに通っていたころ、お前は貴族の子供を殴って退学し、刑罰としてここの清掃員として働き出した。それがどういう経緯で、ラフィーリアと知り合ったんだ?」


「ラフィーリアさんの館の掃除を依頼されて……」


「館……ああ、あのごみ屋敷を綺麗にしたのはお前だったのか……それで?」


「『どうやったら冒険者になれますか?』って聞いたら……」


 ルーベンに僕が冒険者になった経緯を説明した。

 ラフィーリアの突拍子もない行動に心当たりがあるのか、ルーベンは疑うよりも先に深いため息をついた。


「あいつはお前を冒険者に推薦して以来、クランの活動に参加していない。わかるだろう? お前の遠征に付き合っているせいだ」


「え……」


「クラーディア様を護衛するというクランの最低限の仕事はしている。が、それはただ王都に留まっているというだけで、実際は本部にすら顔を出していない」


 遠征に出向くたびについて来てくれるの嬉しかったけど、まさかクランの仕事をサボっているとは思わなかった。

 ラフィーリアは滅多に表情を出さないし、普段から何を考えているのか察しにくい。

 

「す、すみません……僕、そうとは知らなくて……」


「いや、元はあいつの強引さが招いたことだ。お前のせいじゃない。ただ、あいつは俺たちが何かを言っても素直に聞くようなやつじゃなくてな。あいつに選ばれたお前なら、説得もできるかもしれない。冒険者としての活躍を邪魔するつもりはないが、クランの活動にも参加するよう、お前の方からもやつに何か言って欲しい」


「わ、わかりました! 僕の方からもお話ししてみます!」


「助かる」


 ルーベンは小さく頭を下げた。

 見た目は凶悪だし声色も渋いけど、僕に対しても頭を下げる真摯な姿勢は、なるほどSランク冒険者だなと思った。

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