第三章 『期待のルーキー』

第024話

 学園を退学になって、半年が経った。

 今日も今日とて、僕はラフィーリアとともにルフト洞窟に出かけている。


 身動きしやすい斜めがけのバック。

 丈夫な戦闘服。軽装の防具と、鉄の剣。

 我ながら随分と冒険者らしくなったと思う。


 見た目だけじゃなく、戦闘もかなり向上した。

 以前はいちいち大袈裟なジェスチャーが必要だったけど、熟練度を上げた今では、手の動きで泡を操作することが出来る。


 握った拳を広げれば『膨張バルーン』。

 指を曲げれば『収縮ディケイ』。

 強く拳を握り込めば『硬化ロック』。

 指を回せば『増殖ゲイン』。

 指を鳴らせば『破裂バースト』。


硬化ロック増殖ゲイン……」


 拳を強く握ったあと、指を回す。

 体内で発生した少し硬めの泡によって、デスラッドが窒息した。

 ちょっと前までは『膨張バルーン』の泡で閉じ込めてたから窒息させていたけど、泡の発生地点が正確になってからは、動いているデスラッドが相手でも、そのまま窒息させられるようになった。

 掛け声をつけるとより精度が増すけど、手の動きだけでも十分に練度の高い泡が作れる。

 出会って3秒で倒されるデスラッド。

 力の差があり過ぎて、ちょっと同情したくなるくらいだ。


「アウセル君、こっちにきて」


「はい」


 ラフィーリアに誘われて、いつもとは違う道を歩く。

 『初級者、入るべからず』、『この先、難易度ランクB』などという注意書きされた看板の先には、直径40メートルはあろうかという巨大な穴があった。

 下から拭き上げてくる風が、地鳴りのように響いてる。

 かなりの深さだ。ずっと奥の方まで真っ暗。底が見えない。


「ここが第二階層の入り口。一応、教えておく」


「ここって、結構入り口から近くないですか?」


「うん。だから興味本位で挑戦しようとする初心者冒険者があとを絶たない」


「ラフィーリアさんは行ったことありますか?」


「一度だけ。私のスキルはこういう垂直な道を通るのには適さない。行くのも帰るのも面倒になるから、あまり好きなダンジョンじゃない。それに、下はランプが設置されてないから真っ暗なの。今のアウセル君なら、明かりを灯してくれる人と一緒ならいけるかも知れないけど、訓練の場所としてはあまりオススメはしない」


「やっぱり、スキルが環境に適さないと攻略できなかったりするんでしょうか」


「うん。私の場合は溶岩地帯。熱波のある場所だと、私は氷を生み出せない。でもアウセル君のスキルは、結構オールマイティかも。苦手といえば平地だろうけど、スキルが発動できないわけじゃいし……アウセル君次第だと思う」


 ギルド会館に戻り、手に入れたものを換金する。

 丸一日ダンジョンに潜って、デスラッドを185匹倒した。

 鑑定料を引いても魔石だけで314,500ディエル。

 『デスラッドの牙』は185匹倒して9つ出たから、20匹倒して1つ出るか出ないかの希少な素材。

 依頼で注文が入りやすく、1つ20,000ディエルで売れる。

 全部合わせると494,500ディエルになった。


 凄い大金だけど、もう慣れちゃったのか、積まれた金貨を見てもあんまり感情が動かない。

 というより、回を重ねるほど無事に生きて帰れたことの方が重要だと気づいてきて、報酬は二の次になってる感じだ。

 ラフィーリアに出会った頃は、そのお金の無頓着さに驚かされっぱなしだったけど、今ならなんとなく、その理由がわかるような気がする。


 貰ったお金を持って、そのままロゼのいる受付に置いた。


「送金、お願いします」


「はい。では、こちらの用紙にご記入ください」


 稼ぎ過ぎたお金はミネルへ送るようにしてる。

 孤児院の家財や生活用品、勉強道具は兄たちのお古だったり、年季が入っていたりして見窄らしいものだった。

 せっかくなら新品のものに買い替えて欲しい。

 それと子供たちの学費にも充てて欲しいと手紙で伝えてある。


 推薦試験に合格すれば学費は免除されるけど、誰もが優秀なスキルを獲得できるわけじゃない。

 スキルの有無でふるいに掛けられても、学費や生活費さえあれば自力で進学することだってできる。

 送るのは、そのための資金だ。

 子供たちには、進学できるかどうかの不安のなかで、学園生活を送ってほしくない。

 もっと自由な時間を楽しんで欲しい。

 夢を見つけて欲しい。


「またお金を送ったの?」


「はい」


「……君はもう少し、自分のためにお金を使った方がいいと思う。安全に遠征に出かけるためにも、もっと性能のいい装備を買うとか……」


「ははは……僕もそう思います。でも、こればっかりは放ってはおけないんです」


 もうすぐ覚醒の儀式が始まる。

 あの日から一年。

 今はこうやって色んな人に支えられて、毎日楽しく暮らせているから後悔は全くないけど……それでも進学したくなかったといえば嘘になる。

 僕はあのとき僕がして貰いたかったことを、子供たちにしてあげたかった。


「私が寄付しようか?」


「……ちなみに、いくら寄付するつもりでした?」


「100億……」


「絶対にダメです」


「10億……」


「ダメったらダメです。これは僕がやるべきことですから。ラフィーリアさんがお金を出す必要はどこにもないですよ」


 ラフィーリアは視線を落として拗ねていた。

 この人は本当に小銭感覚で数千万を渡してくる人だから、気を抜いたらすぐにでも大金を持ってきそうでヒヤヒヤする。

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