第023話

「そろそろ地上に戻ろうか」


「はい!」


「君、すごい体力だね。疲れてないの?」


「全然大丈夫です! 冒険に出かけられるのが楽しくて、あっという間の時間でした!」


 洞窟の外に出ると、外は夕暮れ時。

 まる一日、11時間くらい潜ってた。

 学園で訓練してたときは、この程度の疲労じゃルークは帰らせてくれなかったからね。

 こんなに楽しい時間なら、尚のこと疲れなんて感じない。

 ……と、思ってたらお腹が鳴った。

 さすがに朝からリンゴしか食べてないと、お腹も減る。


「そういえばラフィーリアさんも、朝からなにも食べないんじゃ……」


「うん」


「す、すみません! 付き合わせてしまったせいで……!」


「大丈夫。私、あまりお腹が減らないタイプだから。……結構な量、集まったね」


 ラフィーリアは、パンパンに膨らんだ僕のズボンのポケットを見て言った。

 中身はデスラッドが落とした魔石と、たまに消えずに残る牙で一杯だった。


「今度来るときは、鞄とかも用意しないとダメですね」


「そうだね。それと、お弁当も。私はいいけど、君はちゃんと食べないと、大きくなれないからね」


 ギルド会館に無事に帰還した。

 命がけの旅から帰ってくると、いつものロビーがどこか特別な空間に感じる。


「おかえりなさいませ。アウセル様」


「た、ただいま戻りました! ロゼさん!」


 ロゼがお辞儀をしながら、優しい笑顔で出迎えてくれる。

 一気に安心する。

 きっと冒険者の人たち全員が、同じようにロゼに癒やされているはずだ。


「えっと、換金所は……」


 受付を通り過ぎた、通路の手前のところにある扉を開ける。

 中は一人ひとりが入れるくらいの広さで、目の前の壁に正四角形の溝が掘られている。

 独房なんて入ったことないけど、それを想像させるような殺風景な部屋だ。


「換金したいものがあるなら、早くお出しよ」


「あ、は、はい! す、すみません! 今すぐ!」


 ぼーっと立ってると、奥から枯れた女性の声が聞こえてきた。

 急いでボケットから魔石と素材を取り出して、昨日とった魔石と一緒に溝のなかに入れた。

 「バンッッッ!!」と腕を切断させるような勢いでシャッターが降ろされる。

 向こう側で品物を査定している。


(いくらくらいになるんだろう……丸一日働いたから、1万ディエルは欲しいんだけどなぁ)


 しばらく時間が経つとシャッターが開く。

 ギョッとした。

 金貨10枚と銀貨5枚、銅貨が4枚もある。

 硬貨の上には一枚の紙が置いてあり、換金の内訳が書かれていた。


―――――――――――――――――――――

□ グリーン魔石(小)

 1800 × 62 = 111600


 鑑定料    

 ー100 × 62 = ー6200

 合計  =  105400ディエル

―――――――――――――――――――――


「『デスラッドの牙』は依頼で引き渡したほうが高く売れるよ」


 硬貨の横には、そのままの姿で戻ってきたデスラッドの牙が2つ置いてある。


「どうする? 不服なら買い取るよ?」


「あ、いえ! あ、ありがとうございます! 失礼します!」


 デスラッドの牙をポケットに戻し、部屋を出る。

 たった一日で、10万ディエルも稼いでしまった。

 しかも、安全を考慮しつつ今日は控えめなくらいで帰ってきたのに……。

 頑張ればこれの倍以上は確実に稼げる。

 もし毎日遠征に行ったら……余裕で年収6000万超える!?

 やばい……やばすぎる……!?


「ラフィーリアさん! ラフィーリアさん! 大変です! 10万ディエルも貰っちゃいましたよ!?」


「おめでとう」


「これも全部ラフィーリアさんのおかげです! ありがとうございます!」


「危ない場面もなかったし、それはアウセル君の実力だよ。私は何もしてない」


「いやいやいやいやいや! ラフィーリアさんがいてくれたから、安心して魔物を倒すことに専念できたんですよ! 僕一人じゃ、絶対に無理でしたよ! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうござ……!」


 僕が何度も腰を曲げて感謝すると、ラフィーリアに頭を鷲掴みにされた。


「しつこい……」


「ご、ごめんなさい……」


「あなたを見守るのは推薦した私の義務だから、それは感謝しなくていい」


「で、でも……」


 手を緩めたラフィーリアは、そのまま僕の頭を撫でた。


「私にとっても気分転換になってるから、おあいこだよ」


「……」


 撫でられながらそう言われてしまうと、返す言葉がなくなってしまった。

 食堂の方からグツグツと何かが煮えたぎるような、熱い視線を感じるけど、たぶん気のせいだろう。


「そのお金で、まずは防具を買おう。胸当てと小手くらいなら買えると思う。お金が余ったら、鞄も買おう」


「あ、あの……! やっぱり最初は剣を買いたいと思うんですけど……」


「……? 私のあげた剣は、気に入らなかった?」


「い、いえ、そうじゃなくて……やっぱり自分の身の丈にあった剣のほうがいいんじゃないかなぁと思いまして……この剣はお返ししたいんです。それでその……お願いがあるんですが……」


 左右の人差し指を合わせモジモジしていると、ラフィーリアは首を傾けた。


「どんな剣が良いのかわからないので、アドバイスを頂けたらなと……」


 ラフィーリアは目元を緩ませながら微笑む。


「いいよ。一緒に行こう」


 中央街の市場は、今朝の静けさが嘘のように人通りを多くしていた。

 男女問わず、通り過ぎると全員がラフィーリアに目を奪われ、振り向いていた。


「このお店がいいと思う。地味な武器ばかりだけど、質が良さそうなものしか並んでない」


「おい! 誰が地味な武器だってぇ!? ……って、あんたは!?」


 出てきた店主は相手がラフィーリアだと知ると、威勢を挫かれた。


「ララララ……ラフィーリア様!? わ、私の店にはラフィーリア様がお求めになるような剣はないかと思いますが……」


「私じゃなくて、この子に見合う剣を探してる」


「そ、そうなんですね! どうぞ、ごゆっくりぃ〜」


 店内にずらりと並ぶ、ピカピカに磨き上げられた武器たち。

 槍やハンマー、鎌やナイフなんかも置いてあるけど、一番多いのはやっぱり剣だ。


 刃渡りの長い短い、幅の太いもの細いもの、多種多様なニーズに合わせて品揃えされている。


 ふと視界に入った剣に釘付けになった。

 刃の掘られた溝が白く強弱しながら光っている。

 綺麗でカッコイイ剣だ。

 ルークが持っていたら、凄く似合いそう。


「いい剣だね」


 僕が興味を持っていることに気づいて、ラフィーリアは隣に立った。


「これは多分、防御陣の付与かな。シンプルで無駄な装飾がないから、あとで追加の強化もできそう」


「防御陣……?」

 

「さすがはラフィーリア様、お目が高い。おっしゃる通り、こちらの剣には防御陣の付与が施されていて、消費魔力0,5%を誇ります」


「この剣に魔力を込めると、自動で魔力結界を発動してくれるの。一瞬だけど、大概の攻撃は防いでくれる。消費魔力が低いほどいいけど、低すぎると結界の信頼性も落ちるし、0,5%なら丁度いいくらいだと思う」


「なるほど……」


 やたらと前に突っ走ってしまいそうなルークには、こういう身を守ってくれる剣がピッタリかもしれない。

 中等部に上がったら実戦の授業も増えるし、プレゼントできたらいいんだけど……。

 そう思って値札を見たら絶句した。

 1の後に0が7つ並んでる。

 1000万ディエル……これは流石に手が届かないなぁ……。

 

「アウセル君は自分のスキルで身を守れるから、この剣は必要ないと思う。あっちにある軽量化の付与なら、手頃なのがあるよ」


「そ、そうですよね。今の僕には普通の剣で十分だと思います」


 僕はラフィーリアに選んでもらった10万ディエルの鉄の剣を買って、その場で借りていた金の剣を返した。

 ラフィーリアは本気で、1億ディエルは下らないであろう剣をタダで譲るつもりだったようで、「返さなくていいのに……」と冗談抜きで残念そうな顔をしていた。

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