第014話

 自室の机で、改めて研究し直した自分の固有スキルをノートに記していた。


「こんなところか……」


 『膨張』『収縮』『増殖』『張力』『破裂』。

 泡には色々な性質がある。

 これは特訓の時から気づいていたことだけど、すぐに割れてしまう、一重に「泡のもろさ」という一点において、性質は無いに等しいものでしかなかった。

 それが今回、泡が割れ難くなる『硬化』という性質が加わったことにより、他の性質が飛躍的に主張するようになった。


 例えば、硬化を微調整して物がギリギリ貫通する強度にすると、色々なものを泡の中に内包することができる。

 実験として小さな泡を作り、その横に本を何冊か積んでおく。

 泡を適度に硬化させてから膨張させると、泡は割れることなく、かといって反発することもなく、ぬるりと本を飲み込んでいく。

 ここからさらに、割れないよう硬化と張力を同時に強化させると、床に張り付いて半球状だった泡が完全な球体になる。

 透明なガラスのボールに、本が入ってる状態だ。

 そのまま抱えても、泡は割れない。


 きっと性質の組み合わせによって、他の応用の仕方も沢山あるはずだ。

 泡が割れ難くなるってだけで、こんなにも特性が活かせるようになるなんて思ってもみなかったな。


 これは……。


「いけるかもしれない……。いや、どこに行けるかはわからないけど、それでもきっと清掃だけじゃなくて、もっと色々なことができる気が……」


 ノートをそっと閉じると、ため息が出た。


「今になって新しい要素を手に入れてもなぁ……」


 もう仕事始めちゃってるし……1年はここ辞められないし……可能性を広めても今さら感が拭えない。


 『硬化』は泡の性質じゃない。

 本来、泡に硬くなる要素なんてないもんね。

 『硬化』はスキルの熟練度が上がったことで、魔力の結びつきが強くなった結果だと思う。

 単純に、泡を作り出す魔力の質が良くなったから頑丈になったと。

 この『硬化』で色々な可能性や応用の仕方を発見できていたら、推薦試験も楽に通過できてたのかなって少し思う。

 でも、覚醒の儀式から毎日スキルの練習をしても、ここまでの熟練度には間に合わなかったんだ。

 後悔する余地もないか。


「そろそろチェクアウトの時間だ。客室の掃除に行かないと」


 会館には冒険者が素泊まりするための客室が、200部屋ほどある。

 冒険者が引き払ったら、次のチェックインまでに清掃を終わらせなきゃならない。

 時間との勝負になる。

 他の清掃員の人たちがゴミを回収して、シーツを交換したら、部屋の中が一杯になるくらい泡を放出する。

 あとは泡が絡めとった汚れを、バケツの中の水に落とす。

 臭いの元となる微細な汚れも取れるので、部屋に入った時の空気が違うと、これもまた好評である。


 水場に行って、引き取ったシーツを泡で満たした大きめの桶の中に入れて、軽く揉み洗い。

 路地裏の物干し竿に掛けたら完了。

 

 僕は確かに、この『泡』に可能性を感じてる。

 でも今の僕には、この泡を清掃以外で使う理由がない。

 もっと色々と使えそうな気がするのに……。

 なにかないかな……僕にできること。

 掃除以外にも……なにか……。


「いやー、アウセル君がいると仕事が早く終わって本当に助かるわー。そんなにスキルの熟練度が高かったら、冒険者にもなれるんじゃない?」


「ははは、戦闘にはなんの役にも立たないですよ……きっと……」


 視界に入る冒険者たちの姿。

 幾多の死線を潜り抜けてきた屈強な戦士たちの顔つきは、どれも勇ましい。

 僕とは全く違う世界で生きてる人たち。

 大草原、大海原、大洞窟……。

 ルール無用の弱肉強食の現実。

 身分も学歴も関係ない。

 過酷で、残酷で……どこまでも自由な世界。

 誰にでも挑戦する資格がある。

 誰にでも新しい扉を開く、チャンスがある。

 それが、冒険者。


 ――僕は強く首を振った。


 いやいやいやいや、何を考えてるだ僕は。

 暇なせいだな。

 暇だから余計なことを考えちゃうんだよ。


「ラナックさん!!」


「は、はい。どうしたのかな?」


「館内の清掃は一段落したのですが、外壁の清掃もしていいでしょうか」


「外も掃除できるのですか? でも、アウセル君も慣れない環境で疲れたでしょう? 少しは休憩していても……」


「いえ! 全然疲れてません! むしろ暇すぎて退屈です! 仕事をください!」


「……じゃ、じゃあ外の清掃もお願いしましょうかね」


「了解です!」


 まだ働きはじめて一ヶ月も経ってないのに、冒険者になるなんて、そんな馬鹿みたいなこと考えてる場合じゃないだろ。

 自分の仕事に集中しろ。

 仕事は探せば、どこからでも湧いて出てくるはずだ。

 暇なら自分で仕事を見つけないと。


 広大なギルド会館を泡で覆い尽くし、浮き上がった汚れを下へ下へと落としていく。

 最後は雑巾で横一線に拭き取って、バケツの水で洗い落とすだけ。

 結局、外壁の清掃も一週間も経たずに終わってしまった。


「どうしよう……仕事がない……」


 泡が便利すぎて、仕事がすぐに終わってしまう。

 手持ち無沙汰だ。

 まだ汚れてない場所を掃除するのは、暇なのを誤魔化してるだけだし……みんなが働いてるのに自分だけサボってるみたいだ。


「……」


 どうして僕は、仕事がなくなるとロビーに来てしまうんだろう。

 冒険者たちを見ていると、遠くに行けない自分が、同じところをグルグルと回ってるだけなような気がして、少しだけ惨めに思えてくる。

 もっと強いスキルがあったら、僕も冒険者になれたのかなって……。

 嫉妬するくらいなら見なきゃいいのに……どうしてか見てしまう。


「こんなとこでなに突っ立ったんだぁ? サボってんのか?」


「違いますよ、レナードさん。今は休憩中です」


「……まさかお前。冒険者になりたいとか思ってんじゃないだろうな? やめとけ、やめとけ。冒険者なんて危険なだけで割に合わない仕事だぞ。それにお前のスキルは『泡』だろ? 遠征に行っても、なんの役にも立たないだろうよ」


「そう、ですよね……」


「ああ、悪いことは言わねぇよ。地味でも安全な場所で暮らせるなら、それに越したことはねぇだろうさ」


「……僕、ちょっと散歩に行ってきますね」


 見透かされたようでギクッとした。

 そんなに顔に出てたのかな。

 冒険者には向いてない。

 ハッキリ言われてちょっと落ち込んでるってことは、僕は本当に冒険者になるのに憧れてたんだな。

 あぶない、あぶない。


「えぇぇぇえん!!」


 気ままに散歩していると、女の子が一人で泣いていた。


「どうしたの?」


「お人形が……」


 目の前の井戸の中を覗いてみると、微かな光を反射する水面に、人形の影が見えた。


「ちょっと待っててね」


 意識を集中させ、水面に泡を作る。

 泡を、物を通さないくらいに硬化させ、膨張させる。

 泡は桶ごと人形を押し上げて、井戸の外に顔を出した。


 女の子の家は近かったので、人形は物干しロープに洗濯バサミで吊るしてあげた。


「しばらくすれば乾くから。家の人に取ってもらってね」


「ありがとう! お兄ちゃん!」


「どういたしまして」


 お兄ちゃんか……そう言われると、孤児院にいた頃を思い出す。

 今頃はもう学園は夏休みが終わって、みんな授業中かな。


「おお、アウセル君。こんな所にいたのかい。随分と探したよ」


「ラナックさん。どうかしましたか?」


「実は綺麗になった会館を見て、ぜひウチの館も掃除してほしいとお願いしに来たお客様がいてね。どうだろう。仕事が一段落してるなら、話だけでも聞いてみてくれないかい」


 清掃の技術が買われた。

 そう思っていいのかな?

 誰かに腕を買われるなんて、こんなことは初めてだ。


「行ってみようかな……。そのお客様の住所とお名前は?」


「お客様の名前はラフィーリア・エルシェルド。住所はカトル通り四番地。ライオンの像が目印だよ」

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