――愚者の嫉妬――

 俺の名はブルート・レスノール。

 レスノール公爵家の長男にして、王族の血を受け継ぐもの。

 先日の覚醒の儀式では【石】のスキルを手に入れた。

 周りの話じゃ、これは超がつくほどのレアスキルらしい。

 富、権力、才能、惚れ惚れするほどのルックスを見れば、俺の成功が約束されていることは明白だ。

 そう、俺は生まれながらにして大英雄になることを宿命づけられた、唯一無二の男なのだ。


 それなのに、最近ではこの俺様に逆らおうとする不届き者が一人、幅を利かせている。


 そいつの名はルーク。

 孤児で親もいなければ金も後ろ盾もない、本来ならば俺の視界に入ることすら許されないような乞食こじきが、【剣】という優秀なスキルを獲得したばかりに、生意気な態度をとっていた。


 俺は寛大な人間だ。

 生意気でも、身分が低かろうと、能力さえ高ければ評価することのできる器のデカイ人間なのだ。

 ヤツのことも、一度は配下に加えてやると誘ってやった。

 なのに……なのにあいつは……!!

 この俺様の慈悲を無下にしやがった!

 俺に向かって「ブタ野郎」と……。


 だから俺は奴を罠に嵌め、学園を退学させた。

 金も身寄りもないあいつは路頭に迷い、餓死寸前まで痩せ衰えて初めて、俺に命乞いをするんだ。

 そうして、二度と逆らえないよう奴隷契約の呪いを掛けてやるのが、俺の計画だった。

 そのはずだったのに……。


「なんで……お前がここに……」


 二学期が始まっても、ルークは学園にいた。

 

「なんでお前がここにいるんだ!? お前は退学したはずだろう!?」


 廊下で出くわしたルークは、突き刺すような目で睨みながら、俺の耳元で囁いた。


「覚えておけよブタ野郎……俺は絶対に、お前を許さない……」


 生まれて初めて、殺気を食らった。

 聞けば、退学したのは別の人間だったらしい。

 ルークと共に行動することが多かった、アウセルという孤児だ。


「どうしてルークがまだここにいて、あの無能なアウセルのほうが退学してるんだ……? まさか、父上が……?」


 情報が操作されていた。

 こんなことが出来るのは、父上しかいない。

 なぜ……。

 なぜ父上が、ルークの肩を持つ?

 ルークは俺を殴ったんだぞ?

 あんな孤児なんて、捨てても勝手に生えてくる雑草のような奴らだ。

 庇う理由なんてどこにも……。


「……まてよ? まさか父上も俺と同じ考えなのか?」


 奴は【剣】のレアスキルを手に入れた。

 使いようによっては、利用価値は十分にある。

 もしかすると、俺が奴を罠に嵌めたように、父上も自分の配下に加えるために、ルークをたらし込んだのかもしれない。

 退学を免除する代わりに、忠誠を誓わせたのだろうか。


「ルークって凄いよね。全教科で学年一位だって」


「夏休みが明けてから、なんか変わったよな雰囲気」


「話しかけても素っ気ないし、毎日訓練ばっかりしてるよな、アイツ」


 耳障りな称賛が、学園内に蔓延していた。

 数ヶ月が経つと、奴は飛躍的に成績を伸ばしていった。

 父上が奴の肩を持っているとすれば、この成績もどうせ情報操作で作られたものだろう。

 ムカつく。

 あんなクズが、俺より上の順位にいるなんて……。

 こんなものは嘘っぱちだ。俺は絶対に認めない。


 土砂降りの雨のなか、遠くから何度も金属音が鳴り響いていた。

 技量に長けた剣撃の音は、憎たらしいほどに澄み切っていて、美しい残響が琴線きんせんを揺らす。

 訓練場に近づくと人だかりができていて、俺の好奇心は止まらなくなった。


「なにをしている?」


「あ、ブルート様……」


 恐縮した生徒が頭を下げて、俺に道を譲る。

 見えたのは、戦闘の教科を受け持つ教師モルテスを相手に、泥まみれになりながら剣を振るう、ルークの姿だった。


「今日はこの辺でいいだろう」


「ま、まだだ……まだやれる……」


「もういい加減にしたらどうだ。少しは休め」


「俺は……あいつの分まで努力しなきゃなんねぇんだ……! じゃなきゃあいつは、すぐに俺の手の届かない所までいっちまう! 頼む、モルテス先生……俺に剣を教えてくれ!」


「あいつとは、アウセルのことか……? お前ほどの男がライバル視する相手ではないだろう……」


「はっ……! どいつもこいつも、アウセルのことをわかってなさすぎるぜ……。あいつは俺以上に努力できる人間なんだ。それは剣を交えたことのある先生なら、わかることだろ……?」


「……」


 努力など、愚か者のすること。

 権力さえあれば、成績なんていくらでも捏造できることを俺は知っている。

 これはだだの見せかけだ。

 努力しているフリをして、伸びすぎた成績を誤魔化そうとしているんだ。

 モルテスもグルだろう。

 全ては父上の指示に違いない。


 しかし、どうしても腑に落ちない。

 ルークを懐柔するためとはいえ、ここまで図に乗らせる必要がどこにある。

 奴を意のままに操るだけなら、俺の作戦でも十分成功していたんだ。

 そう、あいつをあのまま退学にさせておけば……!


 俺は辛抱堪らず、夕食の席で父上に直訴した。


「父上。なぜ、ルークの退学を取り下げたのですか?」


「彼には、自分を投げ売ってまで彼を守ろうとする友がいたからだよ」


「友……? それは、どういう意味ですか? 父上はルークを取り込むために、甘い蜜を吸わせているのではないのですか?」


「取り込む? 一体なんの話をしているんだい?」


「ルークの成績が不自然に伸びているのは、父上が裏で情報を操っているからなのでしょう!?」


「私は何もしていない。ルーク君の成績が優秀なのは、彼の努力の賜物だろう」


 ば、馬鹿な……。

 じゃあルークは本当に、自力であの成績を叩き出しているというのか?

 そんな……じゃあ俺は、純粋に力の差であいつより劣っているというのか?

 あんなクズ野郎に……!!


「父上! 今すぐにルークを学園から退学させてください!」


「何故だい?」


「孤児のあいつが成績で私の上にいたら、私の心証に傷がつくでしょう!? それは公爵家の名誉に関わる問題になりかねない!」


「彼の成績が優秀だというのなら、彼を追い越せるよう君が努力すればいいだけだろう」


「そういう問題じゃなくて……! じゃあ、裏で情報を操作してください! 私の成績が、あいつの上に行くように!!」


「はぁ……君はいつまで身分に守られながら生きていくつもりなんだい? あまり私を失望させないでほしいな」


「私がいつ身分に守られたと言うのですか!? もう結構です! あいつのことは、自分でどうにかしてみせます!」


 どいつもこいつも、何もわかっていない!

 生ぬるい父上に家督を任せていれば、いずれレスノール家は落ちぶれる。

 俺が……唯一無二である俺こそが、爵位を手に入れるべきなんだ。

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