第021話

 一週間が過ぎて、また休暇の日がやってきた。

 この日をずっと待ってたよ。

 いよいよ、冒険者としての活動がスタートするんだ。

 ワクワクするなっていうほうが無理がある。

 時間は朝4時。

 今日という日を無駄にしたくない。

 顔を洗って歯を磨いて、服を着替えたら、もう出発しよう。


「いってきま……わぁあ!?」


 部屋の扉を開けると、向かいの部屋の扉にラフィーリアが寄りかかって立っていた。


「おはよう」


「おお、お、おはようございます……。どどど、どうしたんですか? こんなところで……」


 今は早朝。

 飛び跳ねた心臓をなんとか落ち着かせて、僕は小声で喋る。


「君が起きるのを待ってた。行くんでしょ? ダンジョン。君なら時間を無駄にしないと思ってた」


「僕のために、ついてきてくれるってことですか?」


「うん。君を冒険者に推薦したのは私だから。君が安全に戻ってこれるように見守る責任がある」


「あ……」


 僕が初日に死んだりしたら、ギルドに実力を保証したラフィーリアの信用に傷がつくってことか。

 軽はずみに推薦してもらっちゃったけど……これって結構、手間を掛けさせることだったんじゃないのか?


「……なんだかすみません、ご迷惑を掛けてしまって」


「うううん。迷惑とは思ってない。君がどういう戦い方を見つけるのか、私も楽しみにしてるから」


 僕は本当に、こんな凄い人に期待を寄せられるほど価値のある人間なんだろうか。

 というか「最強の剣士を廊下で待たせていた」って、ちょっと問題じゃないのか?

 急に寒気が襲ってきた。


「行こう」


「は、はい!」


 一階のロビーに移動する。

 冒険者としてこの場に立つと、また気分が違う。


「……おい、おい起きろ」


「んあ……? なんだよ、起こすんじゃねぇよ。せっかく気持ちよく寝てんだからよぉ」


「ラフィーリア様だ」


「!?」


「ラフィーリア様が新人冒険者を推薦したってのは、本当だったらしいな……」


 酒に酔いつぶれていたはずの冒険者たちが、その名前を聞いた瞬間に眠気をふっ飛ばしていた。

 ラフィーリアと一緒にいる限り、注目は避けて通れないのかもしれない。


「何者なんだ? あの子供は」


「ラフィーリア様が推薦したんだ。きっととんでもないバケモンなんだろうさ」


「聞くところによればあの子供、レスノール公爵の息子を殴って、ウェモンズを退学させられたらしい」


「貴族を殴ったのか!? なかなかやるじゃねぇか! しかもウェモンズにいたって……いよいよ本物って感じがするな」


「期待の新人ルーキー現る……か」


「いずれはこの国を代表する英雄になるんだろう」


「ラフィーリア様と会話できるなんて……羨ましいぜ、ちくしょう……。これがと持たない者の差か……自分が惨めに思えてきたな」


 生まれながらにして持つ者っていうのは、僕のことを言ってるんだろうか。

 なんだか、噂話に尾鰭がついてるような……。

 気になる……。


「おはようございます。アウセル様」


「お、おはようございます。ロゼさん」


「さっそく遠征に出発されるのですね? 何卒お気をつけて、生きてご帰還することを念頭に慎重な行動をお心がけください」


「はい。絶対に無理はしません。ありがとうございます」


 進もうとして上げた右足が、元の場所に戻る。

 僕は冒険者、それはいい。

 で、冒険者って具体的にはどこに行って何をすればいいんだ?


「……どうしたの?」


「……冒険者ってまず何をすればいいんでしょうか?」


 ロゼも食堂でこちらを覗いていた冒険者たちも、一斉にガクッとよろけた。


「ほ、本当にあれが期待のルーキーなのか?」


「全く覇気を感じねぇな。見た目はガキでも、強ぇ奴にはそれなりの迫力があるもんだがな」


 出だしから笑われてる。

 僕が笑われるだけならまだしも、この場合、ラフィーリアにまで恥をかかせてしまってる気がする。


「え、えっと……まずはどんな依頼があるか確認した方がいいんですよね?」


「アウセル君は依頼をこなすよりも、今は実戦経験を積んだほうがいいと思う。ランクを上げるのに時間がかかるけど、先に力をつけたほうが絶対に安全だから」


「そうなんですね。じゃあ、一番難易度の低い近くの森で魔物と戦ってみます」


 ラフィーリアは小さく首を振った。


「当分は前と同じ、ルフト洞窟に通ったほうがいい。君のスキルは壁や天井の多いところほど力を発揮する。洞窟は君にとって得意な場所になるはずだよ」


「なるほど……スキルの特性を活かせる遠征場所を選ぶのも大事なんですね」


「もう1つ、君にはまず最初に魔力の流れを『気配』で察知できるようになってほしい」


「気配、ですか……」


「薄暗い洞窟なら視覚を頼りにできない分、気配を感じ取りやすくなると思う。気配を掴む感覚が習得できたら、そう簡単には死ななくなるよ」


 聞けば聞くほど奥が深い。

 この修行の仕方を教えてもらっただけでも、普通の人の何倍も近道できているような気がする。


「じゃあ、行こう」


「はい! ……あ。そういえば僕、武器を買いたくて……」


「武器? ……多分、それは難しいと思う」


「え……どうしてですか? お給料が入ったので、前にラフィーリアさんから貰ったのも含めて5万ディエルはあるんですが。これじゃあ、武器は買えませんか?」


「お金の問題じゃなくて。今は朝だから……お店はどこも開いてないよ」


 中央街の市場は風の音だけが響く、無人の道となっていた。

 そりゃそうだよね……。

 人が歩いてないのに、お店が開くわけないよね……。


「や、やってしまったぁあああああ!!」


 膝からガックシと崩れ落ちる。

 武器を買うなら前日に済ませておかなくちゃいけなかったんじゃん。

 意気込んでいたのに……なんて僕は間抜けなんだ。


「まぁそんな日もあると思うよ。私の家に使わない武器があるからあげる。行こう」


「え……」


 遠慮する暇も与えてもらえないまま、ラフィーリアの館へと連れて行かれる。


「お邪魔しまーす……」


 一階の奥の部屋には、様々な武器や防具が散乱していた。

 ここ、どう見てもキッチンなんだけど……。

 武器を置くところじゃない。


「うーん。私の防具は少し大き過ぎるかな。武器はここにあるもので大丈夫だと思うけど」


 ラフィーリアは「ガシャガシャーン!!」とものすごい音を立てながら防具を押し倒し、納得いかない剣を適当に放り捨てていく。

 どれもキラキラに光っていて、高価そうなものばかりなのに……。


「……すごい武器の数ですね」


「色々な人から勝手に送られてくる。どれも付与効果をつけ過ぎた下品なものばかり」


「ちなみに、これはいくらくらいするんでしょうか」


「1億ディエルくらいだと思う。無駄に希少な鉱石を使ってるだけで、値段ほどの価値はないよ」


 い、1億の剣を放り投げてたのか……。


「はい。これなら軽いし、使えると思う」


 ラフィーリアに渡されたのは、黄金に輝く細身の剣だった。

 想像よりもずっと軽くて、持った瞬間に驚いた。

 魔法回路が刻み込まれてる。たぶん、軽量化とか色々な魔法効果が付与されてるんだろうな。


「これは、いくらくらいの……いや、やっぱりいいです。聞いたら使えなくなると思うので」


「……そう。準備は整ったね。それじゃあ、今度こそ行こう」


「はい!」

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