第019話

 怒り狂ったデスラッドは、獲物である僕だけを狙って、泡に突進し続けている。

 泡を手で叩いてみる。

 「ゴンゴンゴン……」という重そうな音が響いた。

 想像以上に硬い泡になってる気がする。


「うん。いけるね。防御できる強度があるなら、攻撃にも使えるはずだよ」


「こ、攻撃……泡で攻撃……」


 泡が貧弱すぎて、これで攻撃しようなんて考えたこともなかった。


「君のスキルみたいなタイプは、圧死させるといいかもね」


「圧死……なるほど……やってみます」


 通路を塞いでいる泡の向こう側に、もう1つ泡を発生させる。

 大きく手足を広げた後、キュッと体を小さくする――


膨張バルーン! 硬化ロック!」


 いちいちジェスチャーしなきゃいけないの、凄い恥ずかしい……。

 それをまた少し後ろで控えているラフィーリアが、教官のようにじっと見つめているから尚さら恥ずかしい。

 でも、今はこのくらい大袈裟にしないと集中力が高まらないから仕方がない。


 手前と奥で泡の壁が2つ。

 これでデスラッドを閉じ込めることができた。

 デスラッド自身は僕のことしか眼中になくて、自分が捕まっていることに全く気づいていない。


 今度は内側に泡を発生させる。

 上手くいけば、行き場を失った泡がデスラッドを押し潰すはずだ。

 膨張の余力を残した状態で硬化させる。

 強化の度合いを調整するのが難しそうだけど、やってみよう。


硬化ロック膨張バルーン硬化ロック硬化ロック膨張バルーン、ロッッッッック! バルゥゥゥゥゥゥゥゥン!」


 手足を広げたり引っ込めたり、広げたり引っ込めたり……傍から見たら「何をしているんだろう」と思われそうなポーズを取りながら、徐々に泡を大きくしていく。

 ここぞと言うところで、全力で体を大きく伸ばした。

 およそ生存が不可能な体積まで空間が埋まると、デスラッドの体は灰になって消えた。


「できたね。剣だけじゃなくて、スキルの使い方も上手。たくさん練習したんだね」


 他人の努力を理解できるのは、それ以上に努力してきた人にしかわからない。

 ラフィーリアには推薦試験のために努力していた特訓の日々が、手に取るようにわかるみたいだ。

 何もかもお見通しって感じがして、これもまた少し恥ずかしい。


「でも……こんなに時間かかってちゃダメですよね」


「回数を重ねれば不必要な動作も省略できるだろうし、次第に速くなるよ。そのうち、頭の中だけで発動できるようにもなる。それにきっと、君のスキルにはもっと色々な使い方がある。効率のいい方法だって必ずあると思うよ」


 色々な方法か……たしかに、泡の性質は他にもある。

 応用すれば攻撃の種類も増やせるしれない。

 いや、『かも』じゃなくて、絶対的に増やせると言い切れる。

 色々と試してみたい。


 なんか、勝手にワクワクしちゃってるけど……。

 なんか、次回も来るような流れになってるけど……。

 なんか、上手い具合に話に乗せられちゃってるけど……。

 いやいや、そもそも僕って本当に冒険者になれるのか?

 信じられない気持ちが半分、【泡】スキルの可能性にドキドキする気持ちが半分。

 落ち着こう。

 調子に乗って選択肢を謝ったら、命取りになるような岐路だ。

 冒険者は危険な職業。それは間違いない。

 一歩間違えれば殉職する。

 自分の腕に自信がないのなら、その夢は追わないほうがいい。

 かといってこの【泡】の力を見た後じゃ、自分の才能を全否定することもできない。


 僕は自分の命の価値を問うように、ラフィーリアに質問した。


「僕……本当に冒険者になれますか……?」


「なれるよ。君ならきっと、Sランク冒険者にだってなれる」


 お世辞だとわかっていても聞きたくなる。


「Sランク……ほ、本当にですか?」


「君の【泡】は操作系のスキルだよね。物を操る操作系のスキルは、一つ一つの質よりも物量が評価されるものだよ。私の家を掃除していたときにも思ったけど、君の操作してる泡の数は異常だよ。普通は不安定になって形を保てない。泡のように崩れやすいものなら、尚のこと」


「……」


 ボーッとしている人だと思ったのに、説明が理路整然としていて面を食らった。

 本当に僕に才能を感じてくてれていたから、ここまで連れてきたのか……。

 お世辞にしては話が具体的で、簡単に鵜呑みにしたくなる。

 ましてや国内最強の剣士と謳われるラフィーリアの言葉だ。つい心が浮つく。

 信じていいんだろうか……。

 僕がSランク冒険者になれるなんて、そんな夢物語を……。


「帰ろう。冒険者登録は会館ですぐにできるよ」


「はい……」


 王都へ戻る。

 冒険者ギルド会館に入ると、入り口の横の壁にもたれかかっていたレナードに声を掛けられる。


「おう。今日はどこ行ってたんだ? ちゃんと休暇はとれたか……ってラフィーリア!? なんでお前が……!?」


 僕の次に入ってきたラフィーリアを見て、レナードは言葉をつまらせた。


 冒険者登録なら受付に行くべきだけど……本当に……本当にいいのか?

 僕が冒険者になるなんて言ったら、みんなに笑われるんじゃないか……?

 【泡】のスキルで何ができるんだと、バカにされるんじゃないか……?


「大丈夫。君なら問題はないよ」


 ラフィーリアは僕の背中にそっと触れた。

 もうなんだかよくわからないけど……こんな凄い人に背中を押されて止まれる人なんていない。

 なるようになれ。

 僕は一歩踏み出した。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。おや? アウセル様でしたか。お疲れ様でございます……なにかご要件がお有りでしょうか?」


 受付に立っていたロゼは、丁寧なお辞儀を済ませるとようやく客が僕だと気づく。

 僕が次の言葉にまごついていると、ロゼは首を傾げた。


「あ、あの……! 冒険者登録したいんですけど……」


 人生最大の恥を覚悟して啖呵を切ろうとした僕の言葉は、自分でもビックリするくらい尻窄みに小さくなっていった。


「お、おい……あのガキ、いま冒険者登録って言ったか?」


「……ブフッ!」


「「 ギャハハハハハハハハ!! 」」


「やめとけよ、ボウズ! 冒険者ってのは遊びじゃねぇんだ! 下手したら初日で棺桶行きだぞ!?」


「さすがに若すぎる! もうちっと年取ってから出直してきな!」


「というか、あの子供ってここの清掃員じゃなかったのか? スキルだって確か【泡】だろ?」


「【泡】? そりゃさすがに無謀すぎるな。戦闘向きのスキルじゃないだろう」


 ロビーで暇を持て余す冒険者が笑い出すと、奥の食堂にまで嘲笑は伝染する。

 夢見がちな子供が過剰な理想を語って大人に笑われるみたいに、今の僕は世間知らずな幼児そのものなんだろう。

 僕も無理だって、心のどこかでわかってる気がする。

 笑われても仕方がない。


「え、ええっと……アウセル様は冒険者にご興味がお有りだったのですね」


 ロゼは気まずそうな笑顔を作る。

 今になってドッと後悔が押し寄せてきた。


「基本的に12歳以上であれば、どなたでも冒険者になれますが……申請にはBランク以上の冒険者による推薦が必要になります」


「え……」


 そんな話は初耳だったけど、改めて考えると当たり前の条件だとわかる。

 思いつきで冒険者になった人で犠牲者が増えたら、冒険者ギルドの不信につながる、不況にもなる。

 経営や安全を考慮する上でも、実力を保証する人は必要だ。


 今ならまだ間に合う。

 「冗談」で片付けてしまえば、笑って誤魔化せるかもしれない。


「す、すみません……そ、そうですよねぇ……僕なんかが冒険者になれるわけ……」


「私が推薦する」


 後ろに立つラフィーリアが、僕の肩に手を置きながら言う。


「この子はいずれ強くなる。今から冒険者になっても、問題ない」


 さっきまで賑わっていた嘲笑が、切り捨てられたかのように静まり返った。


「ラ、ラフィーリア様が……推薦した……?」


「う、嘘だろ……」


「ラフィーリア様がご推薦されるのなら、問題はございません。ではこちらの申請書にご記入ください」


 ロゼはまるで偏見もなく笑顔で申請書と筆ペンを出してくれた。

 小さな声を背中に感じながら記入する。


 名前、生年月日、保有するスキル、スキルの詳細。

 それを書き終えたところでラフィーリアが割り込んできて、推薦保証人の欄に自分の名前を記入した。


「少々お待ちください」


 ロゼは受付の横に設けられた魔力石盤の上に、記入された申請書を置き、その上に銀色の腕輪を置いた。

 石盤と腕輪に挟まれた申請書が青く燃え上がると、その光を吸収するように、腕輪に刻まれた魔術回路が七色に光る。


「こちらがアウセル様の『冒険者リング』になります。ご装着ください」


 もらった腕輪を左手首につけると、腕輪は僕の細腕にもピッタリになるように小さくなった。


「動作確認のため、『オープン』と唱えてください」


「……オープン」


 腕輪が光る。

 空中に投影された文字には、僕の名前や冒険者ランク、進行中のクエストなどの情報が映し出されていた。


「以上で作業は終了となります。冒険者登録おめでとうございます、アウセル様。あなたに寵愛の女神のご加護があらんことを」


 本当に、あっけなく冒険者登録が終わってしまった。

 今朝はラフィーリアの家を掃除していたはずなのに……。


「おめでとう」


 呆然とする僕は「ありがとう」の言葉も出せない。

 僕の心のざわめきも、周りの動揺も、滅多に見せないラフィーリアの微笑みには通用しないようだった。

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