第018話

 しばらく歩くと、ラフィーリアが立ち止まる。


「来たよ」


 壁際に吊るされたランタンがずっと先まで続いていて、薄暗いけど先は見える。

 だけど目視できるのは洞窟がうねっているところまで。

 そして、僕の目にはまだ魔物のまの字も見えていない。


「どうしてわかるんですか?」


「人にも動物にも『気配』がある。もちろん、魔物にも。視覚とか聴覚なんかよりも、よっぽど危険を教えてくれる」


「気配……ですか……」


 「テトテトテトテト……」という小さな足音が聞こえてくる。

 洞窟のうねった場所からデスラッドが姿を現した。

 ラフィーリアは隅に寄り、僕に道を開けた。


 今度は自分で倒す。

 深く呼吸をして、僕は剣に意識を集中させた。

 失態を繰り返すつもりはない。

 ちゃんと戦ってみせる。


「シャァアアアア!!」


 赤い眼光が獲物を捉えた瞬間、デスラッドは猪突猛進にこちらに向かってくる。

 デスラッドが跳んだ瞬間に半歩だけ左に移動して、真横を通り過ぎようとする無防備なデスラッドの腹を切り裂いた。

 地面に転がったデスラッドは灰になって、一欠片の魔石を残した。


「魔石は会館で換金できるよ。そのくらいの大きさなら1800ディエルかな」


 さっきとは比べ物にならないくらいに冷静な自分がいる。

 心が落ち着いていると、デスラッドの単調さがわかりやすい。

 そう、マルテス先生やルークの剣撃に比べれば、この程度の攻撃は大したことない。

 ビビる必要なんて、どこにもなかった。


「君って本当に清掃員なの?」


「え……あ、はい。そうですけど」


「……剣の使い方、上手だね。なにかやっていたの?」


「学生時代に剣はよく練習していました」


「どこの学校に通ってたの?」


「ウェモンズです」


「ウェモンズ……私と一緒だ」


 同じ学園の先輩だったのか。

 まぁこれに関してはそこまで驚かない。

 こんなに凄い人が国内最高学府に通っていたとしても、それは至極普通なことだと思うから。


「君はもとから、優秀な人だったんだね」


「いえ。僕には親がいなくて……孤児だったから国の支援で特別に学園に住まわせてもらっていたんです」


「……君って12歳だよね? どうして中等部に進学しなかったの?」


「色々とありまして……」


 ダンジョンのど真ん中でブルートとの面倒事を説明するのは気が滅入る。

 僕は苦笑いで誤魔化した。


「スキルの覚醒もしてないし、初等部じゃ実戦は教わらないよね。だから、そんなに剣が上手なのに魔物に慣れてないんだ」


「は、はい」


「じゃあ、どんどん魔物を倒して慣れていこう。アウセル君、次は君のスキルを応用してみて」


「僕のスキル……役に立ちますかね……」


「それはやってみないとわからない。君の泡はどんな性質があるの? ……あ、教えたくないなら、別に無理して言わなくてもいいけど」


「いえ、そんなことは……」


 長所となるスキルの性質は、短所にもなりえる。

 実力を問われる職業なら、安易に人には教えないのが常識だ。

 でも、ことラフィーリアに限っては、隠していても仕方がない。

 僕は今知る限りの泡の性質を、ラフィーリアに説明した。


「『硬化』はアウセル君の魔力操作で強度を上げてるの? それなら盾として使えるかもしれない」


「盾ですか……ちょっと、やってみます」


 奇声をあげながら、次のデスラッドが突進してくる。

 僕は1つの泡を通路を塞ぐように膨張させ、できる限り硬化させた。

 しかし、デスラッドの牙が触れると泡はガラスが割れるみたいに「バリンッ!」と弾けてしまった。

 泡で止められると油断していたから、突破されて焦った心が体を硬直させた。


 「やばい! 間に合わない……!」、負傷を覚悟した瞬間、背後から飛んできた氷の刃がデスラッドを貫き、そのまま壁に串刺しにした。

 今のは本当に危なかった……。

 ラフィーリアが助けてくれなかったら、僕の顔面は抉り取られていたはずだ。


「あ、ありがとうございます……」


「……今の泡、もう一度出してみて」


「……は、はい」


 言われた通りに通路を塞き止める泡を作ると、ラフィーリアは氷のナイフを生み出して、泡を切り裂く。


「これじゃあ、防げない。もう一度……今度はもっと意識を集中させて」


 通路を塞ぐ泡を作ると、またナイフで切り裂いた。


「だめ。もう一度」


 三度目も同じように切り裂かれ、ラフィーリアは小さく首を振った。


「君くらいスキルを使いこなせているなら

、もっと強化できるはずだけど……そういえば、性質に名前はないの?」


「名前……?」


「名前はその存在を確立させる。イメージしやすい名前を性質につければ、それに対する集中力も増す。頭の中で唱えてもいいけど、最初は口に出した方が集中できるよ」


 名前か……何にしよう。

 硬化、硬くなる、硬いものといえば石。

 膨張、膨れる、膨れるといえば風船かな。

 じゃあ硬化の特性を「ロック」、膨張の特性を「バルーン」と名付けよう。


「……膨張バルーン!……|硬化ロック!」


 手応えをもって挑んだけど、ラフィーリアはあっさりと切り裂いてしまう。


「もう少しかな。次はなにか動作を交えてやってみて」


「動作……」


「イメージの付きやすい動作があれば、もっと集中できる」


 膨張をイメージした動作……。

 両手両足を広げるようにして――


膨張バルーン!!」


 硬化をイメージした動作……。

 腰を落として、ガードするように両手を胸にギュッと引き寄せて――


硬化ロック!!」


 なんだか恥ずかしい……。

 だけどさっきよりもグッと集中できた感触がある。

 この体からフッっと力が抜けるのは、集中してスキルの質が高まった分、消費する魔力も多くなってるせいだ。

 とくに『硬化』は、僕の魔力の結びつきによって強度をあげるものだからね。より魔力を使う。


 だけど、ラフィーリアはそんな渾身の僕の泡を、軽々と切り裂いてしまう。

 結構全力だったのに……ガックリだ……。

 これじゃあ盾には使えないだろうな。


「うん。これなら、いけそうだね」


「え……」


「今の感じ、デスラッドに試してみて」


 次のデスラッドが突進してくる。

 簡単に切られてたけど……本当にいけるのか?


膨張バルーン!、硬化ロック!」


「デチェアッ! シャァアアアア!!」


 デスラッドが激突しても、今度の泡は割れなかった。

 怒り狂ったデスラッドが、爪で引っ掻いたり、何度も牙を突き立てている。

 ガラスについた傷みたいに、透明な膜に白い線が無数に作られるけど、やっぱり割れる様子はない。

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