第005話

 目が覚めると、真っ先に推薦試験二日目という現実プレッシャーがドッと押し寄せてきた。


「いよいよ今日か……今日ですべてが決まるのか……」


 ああ……動きたくない。

 ベッドが吸い付いてきて、僕の体を離そうとしない。

 二度寝したい。

 いま二度寝できたら、ものすごく気持ちよく寝られることが約束されてる。

 ……あ。

 そういえば、なんだか体が気怠い。

 熱かな。

 うん、熱だね。

 熱ならしょうがないよね。

 だって病気だもん。不可抗力だよ。

 しょうがない、しょうがない。

 よし、このまま寝てしまおう。

 寝て起きたら、なんか奇跡的に試験にも合格してるような気がする。


「おーにーいーちゃーん!!」


「ドブフッ!?」


「早く起きろ! 兄ちゃん!! 試験に行くんだろぉ!?」


 遠慮なく腹に肘打ちを入れられ、子供たちに叩き起こされた。

 子供たちの前で泣き言は言いたくない。

 潔く起きよう。


「はやく! はやく! お兄ちゃん!」


「時間はまだあるから、大丈夫だよ」


 上機嫌な子供たちに腕を引かれながら階段を降りていると、下からいい匂いが登ってくる。

 食堂ではルークが朝食をとっていた。

 野菜スープとベーコンエッグ、今朝焼いたばかりの香ばしいパン。

 最高の朝食セット。見てるだけで元気が出る。


「おはよう、ルーク」


「おはよう。ちゃんと寝れたか?」


「まぁ一応。寝覚めは最悪だったけどね」


「気合い入れてけよ、アウセル。泣いても笑っても、今日で決まるからな」


「わ、わかってるって」


 戦闘力試験では、武器と防具は持参になる。

 使用するものに制限はないらしいけど、お金がないから学園から支給される、訓練服と木製の剣と防具を使うしかない。

 ロッカー室で着替える。

 改めて見ると剣も防具も傷だらけだ。


「ボロボロだな、俺たちの装備」


「ほとんどはルークに打ち込まれた傷だよ」


「それを言うなら俺の方だって」


「……ちゃんと頑張ったよね。僕たち」


「ああ、ちゃんと頑張った。やるべきことは全部やった。だからアウセル、自信持っていけよ。お前ならやれる。絶対に合格できるんだからな」


「……うん」


 準備を整え、試合場へ向かう。

 入り口の前には担任のケイトと、戦闘教科の教師であるモルテスが立っていた。

 長い髪を後ろへ流した渋い顔立ちは、歴戦の戦士のよう。

 優秀な学生が多いこの学園で戦い方を教えているのだから、並の人間であるはずはない。

 

「おはようございます。では、ここまでのテストの結果をまず発表します。アウセル、ルーク、ともに合格です」


 手応えはあったけど、改めて言われると流石にほっとする。

 ここでダメだったら、話にならないからね。


「これから戦闘力試験を行います。が、ルーク……あなたはする必要はありません」


「え……」


「昨日のスキルの応用と筆記試験の結果で、あなたには有望性のあることが認められています。よって戦闘力試験を免除し、推薦試験は合格とします」


 あっさりと進学が決定したルーク。

 これが優秀なスキルを獲得した人と、そうじゃない人との差か。

 訓練服も着てきたのに、ルークは肩透かしを食らったようにぼんやりとしていた。

 言葉が見つからず、しばらく見つめ合う僕とルーク。

 とりあえず言うべきことは決まってる。


「おめでとう、ルーク」


「あ、ああ……」


「アウセル、先へ進みましょう」


 感動の空気もないまま、モルテスと対峙するよう試合場に立つ。


「これより就学支援推薦試験における戦闘力審査を開始します。モルテス先生を相手に模擬戦闘を行います。使用武器や使用スキル、魔法に制限はありません。自分の持てる力を駆使し、戦闘力を証明してください」


「は、はい」


「では、始め!」


 モルテスは木の剣を構えている。

 武器に制限はないはずだけど、モルテス先生は相手がどんな武器で来ようとも木の剣で戦うつもりだったのかな。


 向こうから攻めてくる様子はない。

 力量を見定めるための試験だから、僕の用意が整うまで待ってくれているみたいだ。


「ふぅ……」


 軽く息を吐いて、強張った体を柔らかくする。

 勝ったら推薦が貰える、進学できる、孤児院にいられる、みんなと一緒にいられる。

 でも、負ければ……それとは逆のことが起こる。

 第一にこの試験で有望性がないと判断されること自体が、人生に影を落とすことになる。


 僕は強く首を振って、また軽く息を吐いた。


 今はとにかく、目の前のことに集中しよう。

 特訓してきたことを無駄にしちゃいけない。

 結果がどうであれ、せめて最後は自分が納得できるように……。


 覚悟が決まった瞬間、体の中に一本の芯ができたみたいに、姿勢のブレが極端になくなった。


 体の中を巡る魔力を全身の筋肉に流し込み、基礎体力を強化させる。

 その状態で踏み込むと、10メートルあった間合いはすぐに埋まる。


 モルテスは体を傾けながら僕の斬撃を受け流す。

 二撃、三撃目と連続で剣を振るが、せせらぎのように滑らかに、力に逆らうことのないモルテスの剣は、ことごとく僕の剣をいなしていく。


 限界ギリギリまで踏み込んで、精一杯に剣を振っても弾かれる。

 僕は魔力でちゃんと体軸を支えている。

 この状態だと、相当な力が生み出せているはずなのに、モルテスは微動だにしない。

 木製の剣同士が当たっているとは思えない音が響いているけど、力がモルテスの方へ伝わっているという手応えがなく、むしろ反動の方が大きく感じる。

 一人で壁に向かって剣を振ってるみたいだ。

 この人、本当に人間か!?


「心意気よし……勇気よし……気迫よし……練度よし……」

 

「……?」


「次はこちらからいくぞ」


「!?」


 一瞬にしてこちらの間合いに移動してくるモルテス。

 音すら置き去りにするほどの速さだ。

 辛うじて目で追えたモルテスの剣を、ギリギリのところで受け止めた。

 浮き上がった僕の体が、体重が無くなったのかと思うほど軽々と7、8メートルは飛んだ。

 空中で体をひねり、しっかりと足から着地する。

 手が痺れてる。たった一撃でこの衝撃。

 力を溜めている様子もなく、助走なしでこの威力。

 格が違う。

 1つや2つじゃなく、僕が思う以上に数段は格上だ。

 先生とは初めて剣を交えたけど、やっぱり優秀な人間じゃなきゃこの学園の教師なんて務まらないよね。


 モルテスは何かの遊びみたいに、僕を右へ左へ弾き飛ばす。

 いつでもトドメを刺せるのに、必ず僕が身構えるのを待ってから打ち込んでくる。


「反射速度よし……打たれ強さよし……冷静さよし……」


 僕のことを舐めていて、隙きがあるかと言えばそうじゃない。

 僕の力量を見極めようとする目は、慢心も敵意もなく、冷淡なほどに無心だった。


 真っ当に戦って勝てる相手じゃない。

 どこかで隙を突かないと勝機がないけど、このままじゃモルテス先生が気を緩めてくれるとは思えないな。


「限界が来たならそう言え。試験はそこで終了する」


 こちらが弱っているように見せかけて、相手の油断を誘う。

 粘って粘って粘り続けよう。

 時間が経てば経つほど、僕の劣勢を相手も感じ取るはずだ。

 そして僕の疲弊しきった様子を見て油断した、その一瞬の隙きを突く。

 少し卑怯かもだけど、勝つためにはそれしかない。


 5分、10分、15分、僕はひたすらモルテスの剣を受け止め続けた。

 ただでさえ重い一撃を100回、300回と受けていると、流石に体がおかしくなってくる。

 手の皮は剥けて血が滴るし、三半規管は狂いはじめて、吹っ飛ばされた時に上手く受け身を取れなくなってくる。

 こうなってくると、木の防具は邪魔だな。外してしまおう。


「……まだ続けるつもりなのか? お前ほどの負けず嫌いな生徒は初めて見たな」


 モルテスの口角が柔らかく上がる。

 初めて見せた気の緩み。

 僕が勝てる可能性は、この一瞬にしかない。


 僕は精一杯の魔力を足の筋力に注ぎ込み、全力で踏み込んだ。

 バランスを保つ余裕もなく、爆風に吹き飛ばされた人形みたいに、不格好のまま近づいていく。

 素早さだけで出し抜けるはずもなく、モルテスはもう身構えている。

 でも、ほんの一瞬、僅か0,01秒でも動作が出遅れているのなら、全力を賭ける価値は十分にあった。


 ――ブクブクブクブクブクブクブクブクブク!!


「!?」


 半径5メートル以内に大量の泡を生み出した。

 生み出される泡のスピードは爆発的で、一瞬にして泡の塔が現れる。

 視界は真っ白に染まった。

 シュワシュワと破裂する泡の音で、聴覚も鈍る。


 こんな小細工、二度も通用する相手じゃない。

 ここで仕留め切らなきゃ勝てない。


 モルテスの残像を頼りに回り込み、僕は全力で剣を振った。


 ――タンッ!!


 泡の中で、剣と剣のぶつかる音がした。

 無慈悲な音だった。

 ふわりと割れた泡から、モルテスの鋭い目が露わになる。

 隙きを突いた。視界を塞いだ。全身全霊で剣を振った。

 それでも完璧に防がれた。

 何をどうやって察知したら泡だらけのなかで僕の動きが読めるのか……まったく理解できない。


 モルテスはこれまでにないほどの力で剣を振る。

 僕の剣は遠くまで飛ばされ、風圧で泡はなんの抵抗もなく吹き飛んだ。

 モルテスが僕の首元に剣を近づけ、勝負あり。

 試合は決着した。

 

 ……終わった。なにもかも……。

 ……だけど、不思議と後悔はない。

 やるべきことはやった。

 ずっと特訓してきて、それでも泡の特性を活かしきれなかったんだ。

 これはもう仕方のないことだと思う。

 自分でもビックリするくらい清々しい気持ちだ。

 一緒に特訓に付き合ってくれたルークには感謝しかないな。


「――合格だ。アウセルを有望ある生徒として認める」


「………………………………え?」


「お前を有望ある生徒として認める。合格だと言ったんだ」


「……お、おっしゃぁあああああああ!! やったなぁ! アウセルー!! お前はやっぱすげぇやつだよ!!」


 駆け寄ってきたルークは、自分のことのように喜んでいる。

 疲れ切って頭が真っ白な僕は、しばらくしても先生の言っている意味がわからなかった。

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