第006話

「合格……? 負けたら不合格なんじゃ……」


「本気で俺に勝つつもりだったのか? 舐められたのものだな」


「これは君の戦闘力を調べるための試験だから、別に勝つ必要はないんだよ」


「……ええええええええ!?」


「しかし勝つつもりで挑んだからこそ、君も自分の実力をしっかりと出し切ることができたんじゃないかな?」


 開いた口が塞がらない。

 一人だけお門違いな戦いをしていたような気がする。


「先生! 合格ってことは俺もアウセルも進学できるってことだよな!?」


 ケイトは笑顔で頷いた。


「よっしゃああああああああ!! やったぞ、アウセル!」


「う、うん……」


 ルークは僕の手をとって、引っ張り起こしてくれた。

 だけど起き上がった勢いを止める力すら、もう僕には残ってなくて、倒れていく最中で意識が遠のいていった。



 ……なんか体が暖かい。

 そんな感覚に気づくと、自然と目を開けたくなった。

 木組みの傾斜が掛かった天井。

 毎晩、毎朝ここにいるんだから見間違えるはずもない。孤児院の寝室だ。

 薄暗い部屋。締め切ったカーテンの隙間から、光が漏れ出ている。

 えっと……たぶん、あのまま気絶して運ばれてきたって感じか……。


 横にいたミネルは僕が目覚めたのに気づくと、光っていた手を隠すように引っ込めた。


(……あれ? 体が軽い……)


 起き上がると感じる、体の軽快さ。

 重りをつけてトレーニングしたあとに重りを外すと、体が軽くなったような感覚になるけど、それに近い。

 魔力で体力を補強すると、筋肉は無意識に限界を超えた動きをするようになる。

 気絶するまで酷使したら、今頃は全身がボロボロになってるはずなのに……。

 もしかして、ミネルが回復させてくれたのか?


 僕はミネルが何のスキルを持っているのか知らない。

 僕だけじゃなく、孤児院にいる誰も知らないと思う。

 みんな、ミネルが何のスキルを持っているのか知りたがるけど、「私の子供の頃は、誰しもが覚醒の儀式に参加できる時代じゃなかったのですよ……」とはぐらかされる。


「ミネル?」


「その様子だと、もう大丈夫そうですね」


「……僕はどれくらい寝ていたの?」


「2日ほどです。まったく、無茶なことをしましたね。進学のためとはいえ、倒れるほどの魔力を使うなんて……みんながどれほど心配したか、わかりますか?」


「ご、ごめんなさい……」


「……はぁ。合格おめでとうございます。よく頑張りましたね」


「う、うん!」


 ミネルと一緒に一階へ下りる。

 食堂で朝食を食べていたみんなが、僕のことに気づくと席を立ち上がって集まってきた。


「アウセル!? 起きたのか!?」


「アウセルお兄ちゃん! 試験に合格したんだよね!? おめでとう!」


「おめでとう、お兄ちゃん!」


「ありがとう、みんな」


「な? だから大丈夫って言っただろ?」


「なんでアンタが偉そうに言うのよ」


「ねぇねぇ! じゃあこれからは一緒に遊んだりできるの?」


「そうだね。当分は特訓もしなくていいし」


「やったぁ〜!」


 自分の事のように喜んでくれるみんなを見て、やっと現実味が湧いてきた。

 合格したんだ……これで進学できる……もう少しだけ、みんなとこうやって一緒にいられるんだ……。


「あれ……? みんな、なんで制服なの? も、もしかして、僕が寝てる間に夏休み終わっちゃとか!?」


「今日は夏休み中の登校日だよ、お兄ちゃん」


「登校日……ああ、そうか登校日か。じゃあ僕も早く着替えてこないと……」


「アウセル、あなたは学校に行く必要はありませんよ。病み上がりなのですから、しばらくは安静にしていなさい」


「え……」


 普段だったら学校を休めるってちょっと嬉しいんだけど、どうしてか今日に限っては、みんなと学校に行きたいって思ってる。

 進学が決まってやっと伸び伸びできるのに、留守番なんて嫌だ。


「……僕、学校に行くよ」


「アウセル……」


「進学が決まって、当分は特訓しなくてもよくなったんだ。やっと夏休みを満喫できるかもしれないのに、家でじっとなんてしてられないよ」


「ミネル、頼むよ。俺たち結構頑張ったし、少しくらいわがまま言ったっていいだろ?」


「……はぁ。仕方ありませんね。無理な運動はしてはいけませんよ?」


「ありがとう、ミネル! じゃあ、着替えてくる!」


 久しぶりにみんなで登校する。

 なんだか周りの景色が、いつもより明るく見える。

 ここってこんなに綺麗な場所だったっけ。

 浮かれてるなぁ、僕。

 でも、こればっかりはしょうがない。

 中等部に進学したら3年間、孤児院にいられる。

 追い出される心配をしなくていいって、それだけで幸せだ。


 教室では「久しぶり」という言葉が行き交う。

 半月と会わないうちに、みんな少しだけ大人びたように見える。


「お、アウセル! おはよう」


「おはよう」


「聞いたぞ? お前、推薦試験でぶっ倒れたんだって?」


「モルテス先生と戦って本当なの?」


「というか、合格は決まったのか?」


「うん。合格した。ルークもね」


「そうか! そりゃ、よかった! これで来年も再来年も会えるってことだな!」


 推薦試験のことを何人かのクラスメイトが知っていて、色々と質問攻めにあった。

 みんなと一緒に進学でるんだなぁ。

 なんか今なら、空でも飛べそうな気がしてくる。


「はーい。みんな席についてー。……ん? アウセル君!?」


「ど、どうも……」


 先生が教室に来ると、蜘蛛の子を散らしたようにみんな席につく。

 ケイトは僕を発見するなり目を丸くしていた。


「もう体は大丈夫なのかい?」


「はい! もう元気いっぱいです! 全然平気です!」


「アウセル君は丈夫だなぁ。モルテス先生とあれだけの試合をしたのに」


「せんせーい! どんな試合だったのか教えてくださーい!」


「ああ、いいとも! アウセル君はねぇ、15分ものあいだモルテス先生の強烈な剣撃を……って、ダメだダメだ、そうじゃなかった。話したいのは山々だが、今は時間がないんだ。今日は夏休み中の登校ということで、特別なイベントが用意されてる。なんと、あの国内最強のクラン『恩寵の剣ソード・オブ・クラーディア』に所属する冒険者のみなさんが当学園に来てくれています!」


「「恩寵の剣ソード・オブ・クラーディア!?」」


 ざわめく教室。

 この国、オルドール王国が大国からの独立を宣言した際に、力を貸してくれた地主神、それが恩寵の女神クラーディア。

 幾度となく国家存亡の危機を救済してくれた恩寵の女神を、オルドール国民は強く信仰し、その信仰心がまた女神に力を与えている。

 『恩寵の剣ソード・オブ・クラーディア』は、この国の根幹たる女神を守るために結成された、武勇の権化である。

 加盟する冒険者は、1人で王宮近衛騎士30人分の力があると言われ、クランは王国の兵力に匹敵するほどの力を持つと言われている。


 女神様を守る英雄たち。

 一体どんな人たちなんだろう。

 誰しもがワクワクしながら会議場へ向かう頃には、当事者の僕とルークですら、推薦試験のことなんて忘れてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る