第004話

「――あなたが我が学園に進学したい理由を聞かせてください」


「僕には親がいません。物心ついたころからこの学園の孤児院に住んでいて、勉強ができること、食事ができることを当たり前のことのように思っていました。ですが、少しずつ成長していくなかで、不自由のない生活は、色々な人の助けがあって実現していることなのだと気づきました。僕は、僕を育ててくれた人たちに恩返しをするため、みんなの役に立てるような優秀な魔道士を目指すようになりました。進学を志願したのは……」


 堅苦しい会話を終え、僕は一礼して退室した。

 どっと疲れた体が、鉛のように重苦しい空気を吐き出す。


「では、次は筆記試験です。教室へ行きましょう」


 淡々とした声で言うケイトは、僕たちのクラスの担任。

 いつもは陽気な人だけど、今日に限っては厳格な態度を崩さない。

 

 指示に従って廊下を移動する僕とルークは、校舎で推薦試験を受けている真っ最中だった。


 僕たちが通っている「6ー1」の札が掛けられた教室に入る。

 広い室内にあるのは、2つの椅子と机だけ。

 そもそも国内最高学府であるウェモンズ魔道士学園は、貴族か富裕層か、生まれ持った才能を認められた人で定員が埋まってしまう。

 国からの支援金を当てにしているのは、孤児として特別に籍を置いている人しかいない。

 この試験の受験者は僕とルークの2人だけだった。


「では、これから基礎学力を検査します。試験中は私語を慎み、むやみに立ち歩かないようにしてください」


 時計を見つめるケイトが「始め」と言うと、僕とルークはチャイムと同時に問題用紙をめくった。


 試験は2日掛かりで行われ、内容は『技能』と『適正』に分かれる。

 『適正』は基礎能力値を測ったり、支援に相応しい人物がどうか本人の良識を検査する。


 面接式の質疑応答は、事前にミネルから“よくありそうな質問”をしてもらって、ある程度は答えも用意して挑んだ。

 進学理由を聞かれたときには「みんなに恩返しがしたいから……」なんて言ったけど、正直に言えば「夢も目標もないから、まだ孤児院でみんなと一緒にいたい」っていうのが本音だった。


 『適正』の試験は終わって、今は『技能』に移っている。

 『技能』は3種類。

 筆記による基礎学力の試験。

 保有スキルの理解力と応用力の試験。

 そして実戦による戦闘力試験。


 推薦を得るために、日頃から勉強はしてきた。

 僕とルークの学力は、一夜漬けの付け焼き刃なんかじゃない。

 国語、算数、理科、社会、魔法と全5教科のテストをこなしたけど、それなりに手応えがあった。


 ルークが無言で親指を立てている。

 向こうも自信がありそうだ。

 僕も親指を立てて応えた。


 次はスキルの理解力と応用力の試験。

 これは獲得した自分のスキルをどれほど理解しているか、またどれほど応用できるものなのかを示す試験。


 ルークが向かったのは、学園内にある森林。

 腕を前に出すと、ルークは射出させた剣で木を簡単に切り倒した。

 剣の射出はコントロールが難しいはずだけど、木に近い位置に立つことで、精度の甘さを上手い具合に隠せていた。


「俺の【剣】のスキルは伐採なんかで応用できる」


「よろしい」


 僕が向かったのは校舎内にある厨房。

 用意してもらったのは使い終わったあとの皿。

 僕は生み出した泡で皿を覆った。

 泡は皿にこびりついた汚れの隙間に入り込み、綺麗に洗い流すことができた。

 四苦八苦した挙げ句たどり着いた、泡の使い道。

 地味だけど、綺麗好きには重宝するだろうし、もっと特訓すれば色々な場所の掃除にも活用できるようになるだろう。

 ……と、評価してもらえたら嬉しいんだけど……。


「僕の【泡】は清掃などで応用ができます」


「よろしい。二人とも今日はおつかれさまでした。職員室では現在、筆記試験の採点中です。テストが合格点だった場合は、明日の戦闘力の試験を受けることになります。テストの合否を聞くためにも、明日は必ず遅刻せずに来てください」


 試験初日が終わったのは、夕暮れどきだった。

 孤児院に帰る道すがら聞こえてくる、他生徒たちの和気あいあいとした声。

 いいなぁ、みんな楽しそうだ。

 みんなは夏休みを満喫して青春を謳歌しているというのに、僕らは進退の迫った試験に没頭してるんだから、少しやるせない。


「筆記試験、どうだった?」


「結構できたと思う。そっちは?」


「国語がちょっと微妙だったけど、他は大丈夫だった」


 孤児院に戻って、食堂で夕食を食べる。

 頭の中は戦闘力試験のことで一杯で、味を感じる余裕がなかった。


「明日、大丈夫かな……」


「どんな結果であれ、一緒に乗り越えるって決めたろ? 試験とか抜きにして、今の自分の全力を出し切れればそれでいいんだよ」


 いつもなら子供たちと一緒に大浴場に向かうけど、ミネルが僕とルークに一番風呂を用意してくれた。

 長いこと孤児院にいるけど、貸し切り状態なのは初めてだ。

 お風呂って、こんなに広かったんだな。


「……僕が試験に受からなかったら、一緒に学園を辞めるって言ってたけど……あれ本気?」


「嘘でそんなこと言うわけないだろ」


「学位があれば孤児でも信用してもらえるし、ちゃんと学べば力もつけられる。学園にいれば、夢は叶いやすいと思うよ? せっかくいいスキルを手に入れたのに、自分から辞めちゃうのはもったいないよ。ルークには何か、叶えたい夢とかないの?」


「夢かぁ。あんまないな。夢っていうのが何なのかも、よくわかんねぇし」


「ルークもそうなんだ。僕もだよ」


「俺たちは生まれたときから、なにも持ってなかったからな。夢よりも先に現実の方を考えちゃうんだろ」


「僕たちにも、いつか見つかるかな? 本当に追いかけたい夢」


「……さぁな。でも、2人でならどんな夢だろうと叶えられるって俺は信じてるぜ」


 不安と期待が入り混じる夜。

 追いかけ回してくる焦燥に、夢の中にまで付き纏われないよう、僕は心の中でルークにもらった言葉を繰り返しつぶやいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る