第003話

 僕たちが住んでいる孤児院は、学園内にある小さな森林の中にある。

 臭いものに蓋をするように、辺鄙な場所に隠されている気がするけど、それは考え過ぎかな。

 人気のない静かな孤児院が、僕は好きだけどね。


「お兄ちゃん! おかえり!」


「ねぇねぇ! スキルどうだった!? どんなスキルだったの!?」


 外で冒険者ごっこをしていた子供たちが、僕たちに気づくなり駆け寄ってくる。

 子供たちも今日がどういう日なのかを知っている。

 自分の将来を微塵も疑わない、キラキラとした目が痛い。


「僕は【泡】だったよ」


「泡ぁ? 泡って、お皿洗いするときにモワモワぁって出てくるやつ?」


「見せて見せてぇ!」


「……」


 気乗りしないけど、出し渋ってるあいだに変に期待されるのも嫌だな。

 僕は素直に魔力を放出した。

 手の平から泡が落ちていくの見ると、さっきまで賑やかだった子供たちが静まり返る。


「えぇ〜? なんかショボいなぁ〜」


「しっ! 本当のこと言ったらアウセルお兄ちゃんが可哀想でしょ」


 フォローがフォローになってない。

 まぁそうだよね……そういう反応になるよね……。

 無垢な子供の言葉は、純粋で残忍だ。

 よほど鋭利な刃物より切れ味がある。


 近くに先輩もいる。

 同じく孤児で一つ年上のロイックと、二つ年上のリタだ。

 僕は不安になって、2人に吐露した。


「推薦試験……大丈夫かなぁ……」


「大丈夫、大丈夫! お前の成績なら通るって! スキルだけで評価してるわけじゃないっぽいしな」


「アウセルはちゃんと努力してるっていうのが、側から見ててもわかるくらいだから、心配ないと思うよ」


 子供たちが僕をお兄ちゃんと呼ぶように、僕にとっては彼らが兄であり、姉になる。

 推薦を貰うには試験に合格する必要がある。

 中等部に進学して今も孤児院にいる兄たちは、無事に推薦試験に合格して、支援を継続させた人たちだ。

 そんな人たちから「大丈夫だ」と言ってもらえると、かなり安心する。


「ま、去年は3人中2人がこの孤児院から消えていったけどな」


「……」


「こ、こら! なに空気読めないこと言ってんのよ! あいつらは勉強も訓練もろくにしてなかったから不合格になったの。アウセルとは違うからね。もう! なにアウセルを不安にさせてんのよ!」


「あいたっ!? 殴ることないだろ!?」


 なんか、さっきより不安になってきたな……。


「ルークお兄ちゃんは? どんなスキルだったの?」


「俺は【剣】のスキルだ」


「剣!? 見せて見せて!」


「よーし! 見とけ!」


 ルークが腕を突き出しながら、魔力を放出させる。

 さっきみたいに手の中で剣を生み出すつもりだったんだろうけど、今回はそうはならなかった。

 どこからともなく現れた三本の剣が、腕を突き出した方向に回転しながら飛んでいく。

 剣は地面を切り裂きながら、近くにあった木を切り倒した。

 人に当たったら間違いなく、どこだろうと骨ごと切断される威力。

 僕も子供たちも、ルーク本人でさえしばらく黙ってしまった。


「何をしているのですか!?」


「……」


 騒ぎを聞きつけ、ミネルが表に出てくる。

 ミネルは60代で孤児院の院長。

 物心つく前からここにいる僕たちにとって、ミネルはお母さんのような存在。いつも優しいミネルが、切り倒された木を見たあとは険しい顔になっていた。


「――いいですか? 力あるものには、責任がついて回るものです。力を獲得したあなた方は、もう半分、大人の仲間入りを果たしているのですよ。今までは子供だからと許されてきたことが、許されなくなるのです。すべきことか否か思慮深く考え、分別ある行動を心がけなければなりません」


「「 は、はい…… 」」


(なんで僕まで怒られてるんだろう……)


(……すまん)


(それを言うなら、俺たちだって……)


 院長室に呼び出され、ミネルの説教を聞く。

 後輩のスキルの暴発を防げなかった責任を取らされ、ロイックとリタも道連れになった。

 その間にも窓の向こうでは、切り倒された木を見て興奮してる子供たちの楽しげな声が聞こえてくる。

 子供たちが「見せて」とせがむから、ルークはやって見せたのに、怒られるのは僕らだけ。

 1枚の窓が子供と大人の境界線のようで、なんだか寂しくなった。


「……なにはともあれ。スキル覚醒、おめでとうございます。どんなスキルを獲得したのか、報告してください」


「僕は【泡】だったよ」


「俺は【剣】だった」


「剣……Sランク冒険者のルーベン様と同じスキルですか。誉れあるスキルを獲得したようですね、ルーク」


「えへ……えへへへ……」


「力の強いスキルだからこそ、注意深く使用しなくてはいけないのですよ?」


「は、はい……」


 少し照れたルークだが、ミネルの視線が鋭くなると、すぐに首を引っ込めた。


「アウセルのスキルは少し不安ですね。【泡】というスキルは、私も聞いたことがありません。推薦試験に通るかどうか……」


「大丈夫だよ、ミネル。アウセルはずっと努力してきたんだ。必ず推薦をゲットして、進学するに決まってる」


「……そうですね。アウセルの努力できる才能は、私も認めるところです。学園の先生がたも、公正な評価をしてくれるでしょう」


「俺たち明日から特訓するつもりなんだ! ちょっと帰りが遅くなるけど、いいよな!?」


「日が落ちる前には、帰ってくるのですよ?」


 僕とルークは頷き合った。


 ◇


 8月。

 夏真っ盛りのうだるような暑さのなか、訓練場で汗だくになって修行する物好きは2人しかいなかった。

 スキルを獲得してから3ヶ月が経った。

 あの日から僕とルークは毎日訓練場に通い、特訓している。


 ルークは自分のスキルの大方を把握したようで、今は主に射出する剣の精度を高める訓練をしている。

 これがまた難しいらしく、回転する剣は空気の抵抗によって様々な軌道に変化してしまうらしい。また、回転しないように剣を射出できないかと思案を巡らすが、一度も成功していない。

 同時に生み出せる剣は3本まで。

 それが限界というわけではなく、一応は半透明で不安定ながら4本目も作り出すことができている。

 【剣】のスキルには実例が少なからずあり、Sランク冒険者のルーベン・ハークスの戦歴によれば10本、20本の剣を同時に操ることができるらしい。

 スキルの熟練度さえ高めれば、ルークもそのうち同じ領域に達するはずだ。


 勇気があって、努力ができて、才能があって、運にも恵まれてる。

 いずれルークは僕なんかじゃ手の届かない、遠い存在になっちゃうんだろうな。

 今のうちに、サインでも貰っておこうかな。


 ――ブクブクブクブクブクブク……。


 それに比べて僕は……。


「……ちょっと泡の量が増えたな」


 励ますことに長けたポジティブおばけのルークですら、言葉が見つからないほどの進歩である。

 どんなに訓練しても泡は泡。

 量が増えても泡は泡。

 触れば全てが弾け飛び、なかったことにされてしまう泡には、貧弱という言葉がよく似合う。


 手の平だけじゃなく、半径5メートル以内であればどこからでも泡を生み出せるようになったのが唯一の変化。

 あとは生み出すスピードが増したとか、量がちょっと増えたぐらいだ。


 試験までもう時間がないのに、【泡】の有望性が見つからない。

 泡なんて……一体なんの役に立つっていうんだ……。


「終わった……完全に終わった……」

 

「アウセル……?」


「終わったぁぁあああああ! もう完全に間に合わない! 絶望的だぁあああ! 進学できないぃいい! 就職しなくちゃいけなくなるぅううう!」


「努力してる限り、可能性は消えないもんだろ。諦めずに最後まで頑張ろうぜ」


「だって……だってだって! 本人ですら失望してるのに、認めてもらえるわけないよ! こんなの!」


「お前より努力してるやつを俺は他に知らない。すくなくとも、俺はお前を認めてるぞ」


「……ルークはいいよな。凄いスキルを手にいれてさ。もう合格してるようなものだもんな。だからそんなに余裕でいられるんだ」


「……わかった。じゃあお前が不合格だったら、俺も学園を辞める」


「!?」


 のたうち回る僕を尻目に、ルークは平然と応えてみせた。


「俺はお前がいなかったら、ここまで努力できなかった。お前がいたから、なんでも楽しくできたんだ。学園じゃなくたって、2人一緒ならなんだってできるだろ?」


 手を差し伸べるルークに、後光が差していた。


「……ルークって、実は神様だったりする?」


「人間に決まってるだろ」


 ルークの手を引いて起き上がる。

 少しだけ、試験も進学も小さな問題のように思えてきた。


「やろうぜ、アウセル。やれるだけのことをやって、あとは開き直ればいいんだ」


 僕には親友と呼べる人がいる。

 どんな進路に進んでも、その事実だけは変わらない。

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