第002話

 儀式が終わって、生徒たちは解散していく。

 夢を追いかけていた多くの生徒たちの人生が、この数時間で決着してしまった。

 勝ち組スキルとそうでないスキルを獲得した人で、みんなの明暗が背筋にハッキリと現れている。

 至福と悲惨のコントラストがえげつない。

 社会の縮図を想像させるこの光景が、大人になるための教材だというのなら、随分と重たい授業料だと思う。

 

「人生って、思うようにはいかないよなぁ……」


 ここで冴えない学生生活を、逆転させたかった人も多かったろうに……。

 気持ちはわかるよ……いや、本当に……僕もその一人だったからさ。

 そうだよ。僕だって他人事じゃないんだ。


 魔力を込めると、手の平から透明な泡が1つ、ニュッと出てきた。


「……なにこれ」


 【泡】って明らかに弱いスキルだよな。

 これは……マズいぞ……。

 もしかしたら僕の人生も、もう終わってるかもしれない……。


「よっ。おつかれ」


 ポンと肩を叩いたのはルーク。

 ルークも孤児で僕と同い年。

 来年に初等部の卒業を控え、一緒に覚醒の儀式に参加していた。

 ルークが覚醒させたスキルは……。


「よかったね。【剣】のスキルなんて、凄いじゃん」


「一応、レアスキルってことらしいな。有名な冒険者にも【剣】のスキルを持ってる人がいるらしい」


「はぁ……僕は泡だよ泡……なに泡って……」


「そう落ち込むなって。先生も珍しいスキルだって言ってたし、実際に使ってみなきゃわかんないだろ」


「……まぁ、そうだね」


「どんなスキルにせよ、特訓すれば推薦は必ず取れる。お前がそのために準備してきたことは、俺が一番よく知ってる。今回だって、二人でなら乗り越えられるさ」


「……うぐっ……ルークぅ〜」


「ばーか。なに泣いてんだよ。訓練場に行こう。そこでスキルを使ってみようぜ」


 ◇


「わぁ、すげぇ人の数……」


 訓練場はスキルの覚醒を終えた同級生たちでごった返していた。

 考えることは一緒らしく、みんな自分の獲得したスキルを確かめたくて集まってるみたいだ。

 訓練場の壁は自動で修復するから、みんなそこに向かってスキルの試し打ちをしている。

 過密な状態だったけど、訓練場の中央まで行くと空いている場所がまだあった。


「んじゃ、さっそくやってみるか」


 目を閉じて息を整えるルークが腕を前に出すと、魔力で剣が形成されていくのがよく見えた。


「す、すごい! 剣だ!」


「見た目は鉄の剣だけど、これスゲェ軽いぞ」


「実態は魔力の塊だろうからね。たぶん集中力を切らしたら、魔力に戻ると思うよ」


 ルークが少し脱力すると、剣は光の粒になって空気に溶けていった。


「剣を自由に生み出せるスキルかぁ……羨ましい……めちゃめちゃかっこいいなぁ……」


「ほ、ほら。次はお前の番だぞ。やってみろよ」


「うん」


 ——ブクブクブクブク……。


 腕を前に出して魔力を放出させると、スキルの恩恵で魔力が勝手に泡に変換されていく。

 手のひらから生み出された泡が、ゆっくりと地面に落ちて割れていく。

 一つだけフワフワと遠くへ飛んでいった泡は、他の生徒が自慢げに放った火に触れて、あっけなく消えた。


 ……泡だ。

 ……本当に、ただの泡だ。


「ルークぅ……やっぱりもう……ダメかもしれない……」


「あ、諦めんなって! まだ始まったばっかりだろ!? もっと魔力を込めてみろ!」


 ——ブクブクブクブクブクブクブクブクブクブクブク……。


 精一杯に魔力を込めると、地面に落ちるより早く大量に生み出されていくから、泡が泡のクッションになってどんどん足元に溜まっていく。

 溜まった泡は僕の背丈まで積み重なって、お辞儀でもするみたいにヘナッとよれた。


「……」


「な、なんかこう……使い方さえ考えれば泡だって役に立つはずだ! そう、使い方次第で……!」


 耐え難い沈黙に、ルークは果敢に割り込もうとするが、それが一生懸命であればあるほど、惨めな気持ちになっていくのはなんでだろう。


「才能がないとわかったのなら、すぐに諦めた方が身のためだと思うぞ? アウセル」


 嘲笑する取り巻きを従えて現れたのはブルート・レスノール。

 レスノール公爵家の長男であり、王族の血を受け継ぐ、由緒正しい貴族。

 努力だけが財産のルークや僕たちとは正反対。

 生まれながらにして富と地位と権力を持っているブルートは、授業もよくサボるような怠惰な人間だった。

 性格を物語るように体は肥え太っていて、一般の緑の制服とは違う、貴族を示す赤い制服は、今にもボタンが弾けそうなくらいパッツパツだ。


「幸せな人生を送れる良い方法を教えてやるよ。それは、無駄なことをしないことだ。努力なんて愚か者のすることさ」


 ブルートは勝ち誇った笑みを浮かべながら、僕に狙いを定めて言う。


「親もいない、金もない、才能も運もないお前は、生まれながらにして底辺を這いつくばることを宿命づけられた、敗北者なんだろう」


「なんだと……?」


「話は最後まで聞けよルーク。敗北者にも幸せになれる方法はある。それは身の程を弁えて、慎ましやかに生きることだ。貧弱なスキルだった時点でアウセルそいつの運は尽きている。このまま学園で学んでいても仕方ないだろう。だったら潔く学園を出て、仕事をする場所でも探していた方が有意義だと思うぞ」


「お前……何勝手なこと言ってんだよ!?」


「お前とはなんだ、お前とは!? ブルート様に失礼だろう!?」


「孤児如きが調子に乗るんじゃない!」


「お前らは黙ってろ!!」


「「ヒィイイ!?」」


 王族という身分にも全く動じることなく、ルークは取り巻きを一喝した。

 人がいま一番言われたくことを躊躇ためらいなく、むしろ楽しみながら言えるこの人は、人の心を踏みにじることに慣れているんだろう。

 なにもそこまで言わなくていいのに……。

 僕たちの欲しいもの全部持ってるんだから、せめてこんな時くらい、そっとしておいてほしいよね……。

 雨が降ってきたと思って、貴族様の気紛れは通り過ぎるのを待つしかない。


「ルーク、俺はお前のためにも言っているだぞ?」


「あぁ?」


「言っただろう。良い人生を送りたければ、無駄なことはするべきじゃないと。アウセルそいつの運命はもう決まってる。どうしようもない奴と交友を深めても、貴重な時間を浪費していくだけだぞ? 幸い、お前は親もいなければ金も無いが、才能と運だけはある。お前が俺への忠誠を誓うなら、将来的に召し抱えてやらないこともないぞ? どうだ? 孤児が王族の配下に加われるなんて、こんな名誉なこともないだろ?」


「ふっざけんな!! 誰がお前の言うことなんか聞くかよ! 用がないなら、さっさとあっちに行け! ブタ野郎!」


「ブ、ブタ……? この俺のせっかくの誘いを断るというのか? 後で後悔しても遅いからな……ルーク」


 意味深な言葉を残して、ブルートは去っていった。


「あんな奴の言うことなんか聞くんじゃないぞ、アウセル」


「う、うん……」


 僕だって、本心はまだ諦めたくないと思ってる。

 けど……推薦がもらえる根拠が、今のところ見当たらない。

 僕の目の前で、無力な泡がシュワシュワと音を立てて小さくなっていった。

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