黒い福寿草・後編下

 放課後、小晴はヤイチを連れて職員室を訪れた。

 日誌を書いていた荻部が手を止めて、近くの椅子を引く。小晴は礼を言ってその椅子に座った。


「調査の結果報告と、推測、対処方法をお話に参りました」

「対処方法ですか? もう解決の糸口がつかめたんですね!」


 荻部が嬉しそうに小晴へ顔を寄せる。

 昼間の初子に関しての話はすでに荻部の耳にも届き、寮監を含めた緊急の職員会議も開かれたと聞いている。


 黒い福寿草が噂ではなくなった。受け取った寮生が隠していたからこそ噂に留まっていたものが、黒い福寿草が手元で消えたという証言が決定打になってしまった。

 これ以上大事になる前に学校側も対策しなくてはならない。しかも、責任者の校長は東京出張で汽車の上だ。


 職員室にいた教師たちがぞろぞろと集まってくる。小晴が呪療師であることはもう、職員に知らされているようだ。


「順を追って説明します。まず、黒い福寿草についてですが、あれは現れて消えるだけで何の効果もありません。誰かを不幸にするとか、逆に幸運をもたらすといった超常的な効果がありません」


 断言する小晴に、荻部を除く教師たちが驚いた顔を見合わせる。


「えっと、何の意味もないんですか?」

「困ったことに、意味ならあります。効果がないだけで、黒い福寿草は部屋の前に現れることそのものが意味を持っています」


 小晴は、教師の中にこの静柳女学院の卒業生がいるか質問する。荻部が首を横に振った。


「いえ、卒業生はいません」

「では、寮で花贈りという風習のようなものがあるのはご存じですか?」


 卒業生がいないという時点で想像はついていたが、やはり教師の誰も花贈りについては知らないと答えた。

 こっそりと好意を伝えるだけのおまじないのようなものだけに、教師が知る由もない。

 小晴は花贈りについて簡単に説明する。


「好意を伝える目的で、相手の寮の部屋の前に花を置くだけの風習です。これが黒い福寿草の起源だと考えられます」


 小晴の考えに納得する者、しない者、様々いるが、異論をはさむことはない。専門家である呪療師が言うのなら、ひとまず考えを受け入れて話を聞こうという姿勢らしい。

 小晴は説明を続ける。


「先ほど、黒い福寿草には現れることに意味があると話しました。贈り主が分かるように選んだ花を贈る元の風習とは違い、必ず黒い福寿草が現れます。つまり、贈り主と知られたくないのでしょう。木を隠すなら森の中です」


 小晴の見立てでは、黒い福寿草であることにすら意味がない。

 小晴は荻部たちを見回す。


「黒い福寿草を受け取った生徒は三名。いずれも生徒からの人望が厚く人気のある生徒ですが、黒い福寿草を受け取って以降は周囲から距離を置かれています。これは、私も昼間に目撃しました」


 初子の一件は一応の決着を見たものの、午後の授業以降の立場は微妙なものだった。

 小晴の意見もあって怯える生徒は少ないが、接し方を模索しているような状況だ。ただ、薫をはじめとした班員たちはほぼ普段通りになっている。先ほども食堂で小晴を加えた全員で夕食を囲んだほど。


「ですが、三人の生徒は黒い福寿草を受け取った後も変わらずそばにいる友人がいます。初子さんにとっての薫さんのように、必ず一人いるんです」


 これは、お昼に分かれたヤイチの調査でも判明している。黒い福寿草を受け取った噂が立った生徒のそばには必ず、仲のいい友人が存在する。


「さて、初子さんが黒い福寿草を受け取ったのは二回。一度目は新入生である私を案内していた時。次がおそらく、初子さんが私を昼食に誘った時です」


 小晴が指折り数えて教えると、ややあって荻部が気付いた。


「……もしかして、黒い福寿草で嫉妬か独占欲を伝えてるんですか?」


 初子の友人である薫の行動や表情を見ていないというのに、荻部は言い当てた。察しがいいのか、他の二人の受取人を観察していて気づいたのかもしれない。

 ほぼ正解ではあったものの、小晴は訂正する。


「伝えているというよりも、嫉妬や独占欲から生じた呪いが黒い福寿草を落とし、それが周囲を怯えさせて人を遠ざける。結果、嫉妬や独占欲が満たされるので、黒い福寿草の呪いが成就する。状況から推察できる範囲では、この流れでしょう。もっと条件を絞り込めるくらい事例を集められたなら、よかったんですけど」


 情報が少ないため、確証にまでは至っていない。小晴もできればもう少しは様子を見たかった。

 しかし、大事になってきた以上はのんびり構えてもいられない。


「最上級生で騒ぎが起きてしまったので、下級生にも大きく影響します。放置すると呪いが変質しかねません。怯えや恐怖のあまり、黒い福寿草の噂に尾ひれがついてしまうと、その尾ひれが影響して呪いが強化される場合があります」

「噓から出た実、みたいな話になるんですね」

「噂をすれば影、とも言います。類語がいくつもあるくらいには、よくあるんです」


 この呪いが黒い福寿草以外の花を落とすことで起きないのは、噂が成立している黒い福寿草でなければ人を遠ざける効果が薄れてしまうから。つまり、噂と呪いに相関関係がある。

 相関関係がある以上、噂に余計なものがくっつけば呪いにも影響する。

 とはいえ、この相関関係は逆手に取れる。


「対処法の話をしましょう」


 小晴は荻部を見る。


「嫉妬や独占欲がきっかけなら、黒い福寿草がこれらを満たせない状況を作ってしまうのがいいと思います」

「えっと、友人からの嫉妬が原因で黒い福寿草が発生すると校内に掲示して、同情を集めるんですか?」


 予想を口にしながらも、荻部は明らかに乗り気ではない。

 他の教師も渋い顔をした。


「そんなことをしたら、嫉妬した生徒への非難が集まってしまう。下手をすると孤立して、逆効果だよ」

「では、原因をぼかしましょうか?」

「いや、それでは説得力に欠ける。そもそも同情が集まらないし」


 職員が意見を出し合うのを眺めていると、ヤイチが呆れたように尻尾で小晴の頬をぺしぺしとはたいた。


「早く教えてやれ。らちが明かぬ」


 荻部達が自力で対処法を見つけ出してくれるなら、今後に同様の事例が発生しても対処できる。そう思って口を出さなかった小晴だが、ヤイチに急かされて口をはさんだ。


「私からの提案を聞いてください。皆さんの協力が必要なので、実現できるかどうかも含めて検討してほしいんです」


 小晴の言葉に、教師たちは議論を止めて小晴に注目する。


「要は、黒い福寿草が落ちたなら、その対象の生徒に人が集まるように仕向ければいいんです。というわけで、黒い福寿草は両親が寂しがっているため落ちている、としてください」


 静柳女学院は全寮制の学校だ。親元を離れているのだから、両親が心配するのは容易に想像がつく。理解も得られやすい。


「そのうえで、黒い福寿草を受け取った生徒を一時的に両親の元へ帰しましょう」

「あ、それなら嫉妬や独占欲が満たされることがないですね」


 黒い福寿草を受け取ってしまうと帰省して寮からいなくなる。

 帰省の前には友人も集まるだろう。遠方から来ている生徒なら、小さな送別会も開かれる。

 これでは独占するどころではなく、嫉妬しようも相手が寮からしばらくいなくなる。

 つまり、目的意識と黒い福寿草の相関関係が崩れ、逆効果となる。


「もっとも、この対処法はご両親の理解も必要です。効果が少し落ちますが、他の対処法もありますよ」

「あの、一ついいでしょうか?」


 他の対処法の説明に移る前に、荻部が質問する。


「呪い発生の動機が嫉妬や独占欲というのはあくまでも推測ですよね?」

「はい。何らかの感情が絡んでいることは間違いないので、他の動機であっても帰省させるのが一番効果的でしょう。言ってしまえば、感情を落ち着かせる期間を設けるんです」


 他の対処法は静柳女学院内で行うものであり、感情を落ち着かせる期間が存在しない。その分、効果が少し落ちると小晴は見ていた。

 荻部が他の教師と頷き合い、小晴に向き直る。


「帰省させる案でいきましょう。親元への周知はこちらで担当します」

「わかりました。では、私はもうしばらく一生徒として経過を見ますね」


 今回の呪療には時間がかかる。呪いの専門家である小晴が生徒にまぎれて経過観察できる利点は多い。

 善は急げと、荻部達が掲示物の準備や親元への連絡などの相談を始める。学校の事務に関して手伝えることがない小晴は荻部に断りを入れて職員室を出た。

 肩の上で、ヤイチが口を開く。


「一件落着であるな」

「おそらくはこれで終わりでしょうね。あとは学校生活を楽しみましょう。行燈袴も気に入りましたし」

「まぁ、似合っておるよ」

「ありがとう」


 校舎を出てまっすぐに寮へ帰る。寮監の部屋に帰宅報告と校舎での話をざっと伝えて、小晴は自室がある二階へ上がった。

 すでに就寝中の寮生も多い時間だけあり、建物の中は静かだ。小晴もできるだけ物音を立てないように静かに階段を上り、廊下へ入った。


「あら……」


 廊下の先、自室の扉の前に落ちているものを見て、小晴は思わずつぶやく。

 肩の上で、ヤイチが呆れたようにため息を吐いた。


「小晴よ、何をしたのだ?」


 小晴は照れ半分、困惑半分の曖昧な笑みで、扉の前に落ちているカスミソウを拾いあげ、自室に入った。


「怖いくらい充実した学生生活になりそうですね、とだけ」

「罪な娘よ」

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小晴の呪療旅 氷純 @hisumi

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