住みやすい場所に

14 手狭

 


 アンジェとミシャが一緒に住むことになった日の翌日。

 昨日、2人が家に着いてから同じ境遇ということもあってレナとあっさり打ち解けていたので、これからの生活は問題なさそうだ。


 レナはどちらかといえば年の近いミシャの方が話しやすそうにしているが、同じ獣人であるアンジェのことも気になる様子。

 しかし、今まで知らなかったが、どうにもレナは純粋な獣人ではなく、母親が人間のハーフだそうだ。道理で見た目が人間寄りなわけだ。


 だが、ミシャが自分のことをデミエルフといったのだが、レナは自分のことをハーフと言っていた。この違いが少し気になったが、ミシャのこれまでの経緯を思い返すとデミという言葉はあまりいいものではない可能性が高い。

 今のところ、一度もそう呼んだことはないが、今後は意識して呼ばないようにした方がいいだろう。いや、それよりもなるべく種族の話はあまりしない方がいいのかもしれない。


 さて、話題の振り方に気を付けた方がいいとして、3人に関しては問題なさそうなので、差し当たって一番の問題を解決しなければならない。


 今住んでいる家はレナと二人で住んでいても少々手狭な空間だった。そこにアンジェとミシャが加わったことで手狭どころか、新しくベッドを置いただけで他には何も置けないくらいにぎゅうぎゅうな空間になってしまった。


 さすがにこのまま住むのは無理なので、家の拡張をする必要がある。

 家を建てる場所については最初の段階で結構な範囲を更地にしているので、場所を増やす必要はないだろう。下手に増やしすぎても森の中に入ってきた無関係な存在に見つかりやすくなるし、森の環境をさらに破壊しかねない。

 

 といっても、さらに家を拡張するためにはまだまだ木材が必要なのは間違いない。なので、なるべく家のある場所から離れつつ、間引いてもよさそうな樹をちょこちょこ持ってくるのがベストだろうか。


 あとは水の確保だな。今は一々近くの水源やそこから流れている小川から汲んできているのだが、4人分の水となれば今の回数では補いきれなくなるだろう。組んでくる頻度を増やせばどうにかなるだろうが、それにかける時間が増えてしまうのはよくない。なので、近くまで水を運んでくる水路的なものを作る必要がある。


 一番近い場所で500メートルほどだろうか。そこから水を引っ張ってくるとなると結構な距離の水路を作らなければならない。しかし、高低差はそれほどなく、水流の強さも水源に近いこともあって緩やかだ。

 この状況なら水路ではなく、人工的に小川を作り出して家の近くに通す方が楽かもしれないな。


 そのあたりの作業はミシャに手伝ってもらえればそこまで難しくはないはずだ。

 洞穴を一気に埋められるほどの魔法が使えるのなら問題なくできると思うが、魔法について俺は全く詳しくないので、本人に聞いてから詳しい計画を練った方がいいな。


 できれば俺も魔法が使えればいいのだが、どうやって使うかもわからないんだよな。できるかどうかもわからないし。

 俺に魔法が使えるかどうかはともかく、一度でいいからレナとミシャに魔法の使い方を教えてもらうのもありかもな。



 必要なだけ森の中から木材を調達してきたところで休憩に入る。

 正確な時間はわからないが、日の位置が真上付近なので昼くらいだろうか。


 帰ってくる途中に仕留めた鳥を昼食用に捌いていく。ここに来てからそれなりの数を捌いてきているので手間取ることなく処理を終える。

 精肉状態になった鳥肉をレナに任せ、俺は前もって採ってきていた野草を俺が適当に作った木製の皿の上にのせる。ここにはドレッシングみたいな味をつけるものはないが、この野草は風味がよくて結構うまい。


 4人分の野草をさらに乗せたところで、レナに任せていた鳥肉が切り終わったので、それを焼き落ちないようにやや太めに作った串にさして焼いていく。

 形としては焼き鳥だが、味をつける調味料が一切ないので素焼きだ。まあ、この鳥は元の味が濃い目なので味付けしなくても十分食べられる、ありがたい存在だ。

 最初のことに捕まえた鳥なんかは味がほとんどせず、正直ほかに食材があれば進んで食べたいとは思えない味だったからな。


「あなたって料理できるのね」


「まあ、こういうことはよくやらされていたからな」


 火加減を見ながら鳥を焼いていると、作業の合間を見計らってかアンジェが様子を見に来た。


「私も料理はできないわけじゃないけど、この焼き方をしたらたぶん失敗するわね。というか鳥を最初から捌く何てやったことがないわよ」


 俺が何事もなく鳥を捌けるのは、あちらの世界でも実際にやったことがあったからだ。あちらの世界で鳥を一から捌くなんて普通ならすることはないが、何を血迷ったのか、俺の母が生きた鶏をどこかから持ってきて、新鮮な鶏肉が食べたいとか言い出したのだ。

 しかも、炭火で焼けとか、材料一式持ってきたと思ったら、後は丸投げされるしで、あの時は本気でこいつの頭がとうとう本格的にいかれたのかと思ったものだ。


 あの母親は本当に何もしない人だった。俺が台所に立てるようになったら家事すべてを俺に押し付けて使用人みたいに使い始めるし、何か失敗するとすぐに手を出してくるようなクズ親だった。


 あの母親に無理やりいろいろやらされたことが皮肉なことにここでの生活に役立ってはいるが、感謝をしたいとは一切思えない。


 ここに来てからあっという間だった気がしているのに、前の世界の記憶は結構昔のことのように感じる。

 そう感じるのはここに来てから濃厚な生活を送っていたということなのだろうが、思い返しても家を建てて獲物を狩っていただけ。とても濃厚な日々を送っていたという自覚はない。

 しかし、生活環境が一変しているので、それでこちらに来てからの体感時間が伸びているのかもしれない。


 焼いた鳥肉を串から取り外し、4等分にして盛り付ける。今日の昼はこんな感じだな。まあ、他に食材があるわけではないから、夕飯も似たような感じになると思うが。



 昼食ができたので4人一緒に昼食をとることにした。


「あのソクサさん。この野草なのですが、もしかして……ルリグラスですか?」


 俺を含めて3人が食べ始める中で、皿に盛りつけられた野草をじっと見つめていたミシャが少し困惑したような表情で聞いてきた。


「ごめん。そのあたりは俺にはよくわからない。とりあえず味見をして食べられるものを持ってきているだけだから、品種とか詳しいところはちょっと」


「この野草ルリグラスっていうのね。風味がよくて結構おいしいわね」


「確かにこの葉っぱおいしいです」


 この野草、ルリグラスというもののようだが、おおむね2人には好評のようで止まることなくパクパクと食べている。そんな様子をやや困惑した表情でミシャが見ていた。


「もしかして、食べられない食材だったか?」


「あ、いえ、そういうわけではないです」


 なかなか食べないミシャにもしかしたら、毒があるとか、体に合わない可能性があったことに思い至りそう聞いてみたが、そういうわけではないらしい。


「あの、これ、高級食材でして、下手な装飾品より高値がついたりするものなんです」


「そうなのか?」


「はい。私も数えられるくらいしか食べ――いえ、何でもないです」


 過去に食べたことがあることをポロリと漏らしかけたミシャはすぐに口をつぐんで、複雑な表情をしながら自分のさらに盛られたルリグラスをゆっくり味わうように食べ始めた。


 最初からなんとなく察してはいたが、ミシャは結構いいところの生まれだったんだろうな。所作とかが俺らと違ってきれいだし、あからさまに育ちの良さが見て取れる、ミシャ自身がそれを隠そうとしているからわざわざ指摘したりはしないが。


 しかし、この野草高級食材だったのか。確かにほかの野草に比べても格段にうまいが、あの泉の近くには結構な数が生えていたんだけどな。



―――――

次話は2日後、29日の更新になります。

 

 

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